第6話 大迷宮
大迷宮は全部で5層。ここは大まかに分類すると3つになる。
まずは1層と2層。今まで遭遇した陸上型モンスター……動物をモンスター化させたようなものではなく、スケルトンなどが出現する。だが今まで戦ってきたモンスターと比較しても然程変わらないため大した問題はない。
問題は3層から。
3層にいるのは、所謂リビングアーマーのようなものだ。中身のない甲冑が武器や盾を持ち襲ってくる。鎧は然程硬くなく、それなりの装備を整えていれば貫くことができる。だがその代わり思いのほか素早い。言歩たちですら囲まれたら危険だと判断したくらいだ。
そして4層も同じ。3層さえ攻略できれば、難なく──というほどではないが、大差なく進める。
そして最後、5層。ここは格別と言っていい場所だ。完全に頭の中を切り替えねばどうにもならない。
「チッ、もったいぶってねぇでとっとと言えよ」
「多分ボス部屋じゃないかな」
烈斗の答えに言歩が頷く。
「ボスかー。攻略法とかねーの?」
「ないわけではない。だが我々の戦法は異質だからな。他所ができるとは思えん」
言歩たちは全員剣も魔法も使える魔法剣士と剣闘魔術師の混成チームだ。それぞれの役割が決まっている他チームとは根本から異なる。
それでもボスの特徴や攻撃方法など、攻略に役立つ話は聞くことができた。
あとはこの後彼らが向かう先も判明。ニーゲ山だ。
「フローとしては、この城下町に滞在している王と会ってから大迷宮。5層のボスを倒したら王に報告。そしてニーゲ山へ向かうってことだね」
烈斗の確認に言歩は無言で頷く。
『ふむ、丁度今、ボス部屋で戦闘が行われている。2組いるな。1つは我々と共に大迷宮へ入った火水たち。もうひとつは……世茂木だ』
「組長かー!」
追い抜いたチームが全滅したことを知った火水らはかなり慎重になり、次に来るチームを待っていたようだ。それに火水チームは前衛が火水ひとりしかいないらしく、囲まれる危険が高い3層以降を自チームだけで進むのは危険と判断したからだろう。
『ほう、流石に2チームいれば容易いようだ』
ボス部屋といってもボス単体しかいないわけではなく、所謂眷属的な存在として周囲に雑魚モンスターが数体現れる。そして雑魚モンスターは倒してもリポップするうえ、無視できないほどに強い。つまり全員でボスを叩くことはほぼないだろう。
今回の2チームはボス戦闘と雑魚掃討で役割を分けて戦っているため、かなり効率よくダメージを与えられている。
『ふん、実に呆気ない。……っと、入れ替わりで3チーム入ってきたな』
「マジかよー。やっべーじゃん! 俺らも急がねーと!」
頑張は若干焦った口調になる。あまりのんびりしていると、他チームはどんどん先へ行ってしまい、自チームだけでボスと戦わねばならなくなる。言歩チームは全員が前衛も後衛もできるため、臨機応変に役割を変更し戦えたから倒せたのだ。それができないのならば数に頼るしかない。
『できたよー』
恋初がまた悲しげな顔をしている美由紀を連れて出てきた。そして運ばれてきたのは75センチ四方の正方形、厚さ10センチほどの黒い塊だ。それを見た全員──注文した刻要ですら渋い顔をする。あれは一体なんなのだと。
「と……とりあえず使い方を教えてもらおうか。外のほうがいいな」
刻要は美由紀を連れ、町の外へ向かった。
「……何故全員ついてくる」
「いーじゃねーかよー。気になんじゃねーか」
どうやら全員いるようだ。言歩たちもなんだかんだで興味津々な様子である。
「見世物ではないのだが、まあいい。では始めるぞ」
刻要は美由紀に言われた通り、一か所だけ赤いラインの引いてある角を上へ向けた状態でハーネスを取り付け背負う。そして左の腰に固定してあるグリップを左手で握る。右手には刀の鍔と柄だけの代物が持たされていた。
「……これでどうしろと」
「うぅ、腰のグリップに右手のやつを一度繋げてから抜くんだよぅ」
刻要は困った感じで、言われた通り腰のグリップへ刀を納めるように柄を接続させ、実際に刃があるかのように抜いてみる。
「──ぬ?」
抜いた瞬間、背中の板から刀の鞘が排出され、アームによりグリップの後ろへがちゃりと接続された。
「これで準備完了だよぅ」
「……ほう」
ようやくイメージが掴めたのか、刻要はにやりと笑う。
再びグリップへ柄を接続し、少し溜めた後、居合のイメージで一気に引き抜く。すると先ほどとは違い柄の先からは水晶のような刃が現れ、剣撃を10メートルほど飛ばす。刃は振り切ったところで粉々に砕け、キラキラと輝きだけを残していた。
あとグリップの後方に接続されていた鞘は後ろ上方へ跳ね飛び、板から新たな鞘がグリップ後方へ接続される。
「……くくっ」
刻要から含みきれない笑いが漏れる。そしてまた柄をグリップへ戻し、居合の連射を行う。
砕けた刃の輝きが周囲へ漂い、鞘はマシンガンの薬莢のように飛び散る。そして10回ほど斬りつけたとき弾切れ……ではなく鞘切れを起こし、板の後方からルーバーが開き水蒸気がぶしゃあと噴出した。
それを羨ましそうな顔で見る言歩たちと頑張。欲しいのだろうか。
「素晴らしい。素晴らしいぞブラックスミス!」
刻要は歓喜の叫びを上げる。想像していたものと形状は異なっていたが、大体の部分で自らの想定を上回る出来だったのだ。
ちなみに彼の案は船の操舵輪のようなものを背にするものであったが、鞘の配置を対にすると直径140センチほどになってしまうため却下した。
「うえぇ、無駄だらけで気持ち悪いよぅ」
「い、いや。これはだな、制限が厳しい代わりに絶大な威力を……」
「そんな設定ないよぅ」
美由紀の言う通り、全てのギミックが無駄である。100%だ。つまり無駄の塊でしかない。鞘も刃が入っているわけではなく、水晶のような刃はMPを消費して発生させている。鞘もMP消費だ。飛翔している斬撃は魔法攻撃なため当然MPを消費している。
余計なことをしなくても同等……いや、不要なMP消費を抑えられ、無駄なデータの容量を使わなくていい分、もっと高性能なものが作れる。彼らがトップでいられるのも長くはないかもしれない。
「くっ……ま、まあさておき、こいつの名は?」
「ううぅ。また却下されたよぅ」
「……参考までに聞いておこう」
「うぅ、アキルノシ」
「……でだ、正式名は?」
一瞬とんでもないほどに顔をしかめた刻要は、美由紀を無視して恋初へ向き直った。恋初は少し自信ありげに答える。
『これはね、ディスパーション・プリズムダストだよ』
恋初がググって30秒ほどで考えた名だ。中二さん向けにはいいかと思う。
しかし刻要は少しがっかりした面持ちでつぶやく。
「……和名のほうがよかったな……」
恋初、若干がっかりする。
横文字ばかりが中二ではないのだ。勉強不足である。
「まー、色々と有益だったなー」
言歩たちが去ったあと、烈斗たちは宿へ戻り話し合いをする。
『そうだねぇ』
これから行く予定の大迷宮の情報は、非常に有益であった。できれば他チームがまだいるうちに進みたい。今を逃すと後発組を待たねばならなくなり、かなりのロスになってしまう。
「ううぅ、頭のおかしなもの作らされただけでなんの実にもなってないよぅ」
「そーゆーなって九楼武ちゃん。なにごとも経験だろー」
「うぅ、ロクな経験してない人に言われたぁ」
「そそそんなことねーし! なっ、烈斗!」
「悪いけど頑張がどんな経験して生きてきたかわからない」
「幼馴染じゃねーかよー!」
幼馴染とはいえ四六時中一緒にいたわけではないし、別のクラスになっているときだと、どこでなにをしていたのか更に不明だ。しかも人生で最も変わりやすい時期のひとつでもある高校時代を共に過ごしていないのだ。
相変わらずの面もあるが、どうしてこうなったと言えることもある。その代表格が永知だ。
「それはともかく──」
「ともかくじゃねーよ! 俺の名誉はどーなんだよ!」
『えっ!? ガンバに名誉とかあったの!?』
本気で驚いたような恋初の声に、頑張は酷い形相で歯をぎしらせる。大変憤慨しているぞというアピールだ。ふてくされて歯ぎしりをしている頑張の状態を、烈斗たちはふてぎしらせていると呼んでいる。こういうときの頑張は放っておくに限る。
「じゃあちょっと城に行って来るよ。多分俺ひとりで行っても問題ないはずだし」
「はーい! お兄ちゃん行くならあたしも行くーっ」
茜が元気よく挙手する。
『んー、じゃあ3人で行こっか』
「あれ、恋初さんも来るの?」
『だってお城見たいし』
「うぅぅ、私もお城見たいよぅ」
夢見る乙女たちはお城に興味津々……というのとは少し違う。
茜はただ単に烈斗が行くところに行きたいだけの様子だし、恋初はなんとなく烈斗と茜だけでどこかへ行くのが嫌だなと思っているだけのようで、美由紀は美術的な観点から城を見たいという感じだろう。
「それじゃガンバ……はふてぎしらせてるか。永知はどうする?」
「チッ、城なんざ興味ねぇよ」
「そう? 昔は週刊お城を作ろうみたいなの買ってたのに」
「ばっ、そ、そんなのガキの頃ん話じゃねえか!」
永知は顔を赤くして今は違うと言いたげな発言をする。
そう、それは子供のころの話なのだ。今の彼は帆船模型というかなり玄人向けのものにはまっていたりする。ボトルシップに手は出していないが、かなりこだわって作っているようだ。
というわけで、永知と頑張は宿に残り、烈斗たちは城へ向かった。
「へぇーっ、思ってたのと違う!」
城門をくぐり場内へ入ったところ、茜がキョロキョロしながら叫ぶ。
「茜はどんな風なのを想像してたの?」
「えっとね、ゲスニーランドっぽい感じ!」
本来の城は観光地ではないのだから、あのようなショッピングモール的なものを引き合いに出されてもと、烈斗は苦笑する。とはいえ烈斗が想像していたものとも異なっていた。
城は基本的に戦略拠点であり住居ではない。だから攻めにくくするため、意外と狭かったりする。
それでも謁見の間はそれなりの広さがあった。これは入って来たものへ威厳を見せつけるためではなく、守衛を多く入れておくためと、謁見を求めたものと王に距離をもたせるためだろう。
高くなっている台の玉座には王。その左右を宰相と大臣らしき人物が控える。
「なんか体育館の舞台みたいだね」
茜がこっそりと小声で話す。
「そうだね。ちなみに裏の幕と舞台袖には兵士がいっぱい隠れてるから覗こうとしないようにね」
「うぇっ。気を付ける」
首を伸ばすように覗きこもうとしていた茜は、亀のように引っ込む。
『それで、ええっと……片膝をついて頭を下げるとイベント開始みたい』
「なるほどね」
ゲームというよりもほぼリアルなため、ロールプレイに気恥しさがある。烈斗は少し照れた感じで片膝をつき、茜と美由紀がそれに倣う。
「面を上げい」
大臣らしき男が声を出すと、烈斗は顔を上げる。茜は間違い立ち上がってしまい、慌てて戻ったが、NPCは全く気にした様子がなく話を続ける。
大迷宮は言うなれば巨大な監獄で、強大な魔物を封じるため作られたらしい。だが時間の経過によりその封印が弱まり、解放されてしまった。それを再度封印するため強者を求めているという、とても王道的な内容だった。
「それって倒しちゃっても──」
「おっと」
烈斗は慌てて茜の口をふさぐ。ゲームなのだから決まったパターンなのはわかっているが、こんなところで変なフラグを立てないほうがいい。茜は烈斗に口を手でふさがれているのになぜかニコニコしている。
そして話は続き、報酬を告げられる。小遣い程度の小金のほか、鉱石が5つ。つまり武器1つだ。
この報酬が見合っているかはさておき、言歩の見立てだとこれはメインクエストだ。やらねば先へ進めない可能性がある。ならば報酬はおまけとして見たほうがいい。
烈斗たちは宿へ戻り、今日はもう早めに休んで明日早朝から向かうことにした。
急ぐからといって休まず動くわけにはいかない。特に迷宮は攻略まで数日かかるという話で、なら今休まねばその先が辛くなることは火を見るよりも明らかだ。
堪えるのも早期攻略の礎である。
「──オレぁさー、てっきり洞窟みたいなモンを想像してたぜー」
「チッ、迷宮っつってんだから人工物だろ。だがこれは……」
翌日早朝に町を出た烈斗たちの目の前にあるのは、ピラミッドに使われているような巨大な岩のブロックが積み上げられた建物だ。
といっても形はピラミッド状ではなく、垂直に伸びている。高さは50メートルくらいだろうか。幅は不明。見える限りでも1キロはあるだろうか。それ以上先は木に覆われていてよく見えない。
そして情報によると、出入り口は1ヶ所。壁から出ている岩の階段を登って入るしかないらしい。烈斗たちはとにかく一歩踏み出さねばと階段を登り始めた。
「うええぇぇっ、ふええぇぇっ」
「う、うるせえ! だ、だだ、黙ってついてこい!」
泣きながらついてくる美由紀と、ビビっているのを必死に隠そうとする永知。
高さ50メートルは、落ちたらリアルならほぼ確実に死ぬ。そして階段には手すりがなく、更に幅が30センチくらいしかない。ワイナピチュの階段を更にハードモードにしたようなものだ。
頑張もかなりビビリ気味になっている。余裕そうなのは茜と恋初だけだ。
『ほらー、みんなだらしないよ』
「おめーは飛んでんじゃねーかよ! しかも画面だろ!」
『どんまい。「バリッ、ガサガサ」』
「どんまいじゃねーよ! しかも今、なんかの袋開けただろ!」
『え? そんなことしてないよ「パリッ、ザクザクザク」』
「してんじゃねーか! それポテチだろ!」
恋初が箸・ド・ポテチに興じている間に、烈斗たちはなんとか登りきることができた。
「うぅぅ、もうやだよぅ」
最上部に着くなり、美由紀はへたり込んで泣き言を並べる。ゲームでこれではリアルだったらもっと酷いことになっているだろう。そもそもそんな場所へ行くことはないのだろうけど。
「全くだぜ。おーう、恋初。後で覚えてろー! 優雅にポテチサウンドなんか奏でやがって!」
『……あっ、思い出した。ガンバの生爪剥がさなくちゃ』
「すみませんなんーも聞いてないんでカンベンして」
『えー。折角生爪用ペンチ通販で買ったのに』
「なんだそれ! どこの組織の流れ物だよ!」
『メレンゲ博士御用達? みたいな』
「メンゲレ博士だろ! マジモンじゃねーか!」
頑張は焦った。もちろんそんなもの実際にはない。
みんながワイワイやっている中、烈斗は周囲の景色を見ていた。
高い場所なだけはあり、見晴らしはいい。近くに海があり、島らしきものも確認できる。そこに永知が気付き声をかける。
「なに見てやがんだ烈斗」
「ん? いやさ、海と島が見えるんだよね」
「あん? だったら逆側には山が見えんぞ。それがどうしたよ」
「ただちょっとね。こういうものってただの景色として作るものなのかなって」
「だったらなんだ……つまり後で行くかもしれねえってことか」
「そういうことだね。だから場所を覚えておいてもいいかなって」
「チッ、確かにあり得ねえ話じゃねえな」
恋初には広域マップがある。しかしそれも確実ではない。なんらかのイベントで恋初とはぐれてしまう可能性を視野に入れ、自分たちも地理を把握していたほうがいいと思い、烈斗と永知は周囲を見渡していた。
「んじゃそろそろ行こうか──っと、ごめん」
「おっ、こちらこそすまん」
入ろうとしたところ、出てきたチームとぶつかりそうになる。互いに頭を下げたあと、本題に入る。もちろん攻略法だ。彼らも現状を理解しているため、渋ることなく教えてくれる。
迷宮は迷宮であるがために、スプライツもマップ表示ができないようになっている。だから情報はフィールドよりも重要だ。
「盾持ちがいるなら時計回りだな。ただし壁伝いに行くと着かないから注意な」
「マップとかねーの?」
『一応は作ってあるけど僕はマッパーじゃないからかなり汚いよ』
今の時代、ネットで攻略法を検索すればいくらでも出てくる。だからマッピングなんてできる人はほとんどいない。しかもスクリーンショットを継ぎ接ぎするのではなく手書きでやらねばならないのだ。
『どこでどっちに曲がればいいかわかるだけで助かるよー』
『えっ!? あ、うん! 是非教えたいよ! じゃあ送るからネストナンバーを』
『全員展開でいいと思うよ?』
『そ……そうだね』
恋初を見て態度が急激に変わったが、ネストナンバーを教えてもらえないと知ると途端にがっかりした声になった。恋初はガードが固いのだ。そう安々と教えたりはしない。
中学までの彼女なら気軽に教えていたかもしれない。そこまではいつも周りに烈斗や頑張らがおり、他の男子生徒が近寄れる感じではなかった。
陰からこっそりついてくる男子などもいたが、烈斗が察知し頑張が動きを読み、あとはそいつを女子たちが追い詰めるといったことをしていた。
だがそれぞれ別の高校へ行くとこになり、話が全て変わった。
それを例えるならば、大気と磁場により守られていた人間が、初めて宇宙へ行ったようなものである。そこは様々な宇宙線が飛び交い、人を蝕む空間だ。
勝手に彼氏面する男、ストーカー、わざとぶつかってくる男や、執拗にからんでくる男。そのうえ女子からのいじめ。元々社交的であり、大体のことは上手に払ってきた恋初だが、とうとう心が潰され、学校へ行かず引き篭もりになってしまった。
それを知り心配した烈斗が訪れたころには、完全なネット廃人と化していた。
このままではいけないと、烈斗は土日などになるべく恋初を連れ出すことにした。それ以降、恋初は烈斗といれば以前の状態でいられるところまで回復した。
だがやはり人間不信は治らず、烈斗の手の届かない状態で万が一のことがあるかもしれないと考えたら、余計なことはなにもできないでいる。
『そんなわけでマップ届いたよー』
恋初からぴらぴらと紙の音がする。他にも先行し、マップを作っていたチームからも届く。恋初はそれらを統合し、自分なりにわかりやすくまとめた。
「んでどーよ?」
『うーん、時計回りでも行けるけど、逆から回ったほうが近いかな。いやらしい作りをしてるね』
盾持ちがいる場合、時計回り──つまり右へ曲がる方がいい。大抵の場合右利きで、盾は左に持つため常に盾が先へ行くからだ。ちなみに銃を持っている場合は逆に反時計回りのほうが有利になるのだが、生憎銃はここにない。
「それは仕方ないよ。他には?」
『注意事項で、会話でもいいからとにかく声を出して移動すること、だって』
角の向こうに気配を感じ、息を潜め近付き、こちらへ来たところを斬りかかり、あやうくPKをやりそうになったチームがあったという。こんなところでプレイヤー同士が殺し合いなんてしたら最悪だ。地球が滅んでしまう。
「じゃあどうすんよー。5人いるし久々に旅行ゲームやんねー?」
「チッ、そんなガキみたいなことしたかねぇよ」
『5人ってなにさ6人でしょ』
「だってお前、見えてねーとこでズルすっかもしれねーじゃん」
『しないけど疑われるのヤダしなぁ。じゃあ記録係でもする?』
「オレらの旅行ゲーム記録できるわきゃねーだろ」
「ねえこーちゃん。旅行ゲームってなに?」
そこに幼馴染みではない美由紀がピンときていない様子で恋初に訊ねた。
旅行ゲーム。それはゲームのふりをした記憶力勝負である。
まずカバンがあるイメージで、その中にはプレイヤー人数分しか品物を入れることができない。5人いたら5個までだ。
そこへ順に旅行の荷物を入れるのだが、1周したら入らなくなる。そこで他人の荷物をポイと捨て、自分の荷物をポンと入れるという動作が加わる。
負け判定は、自分が入れたことのある品を捨ててしまったとき、カバンの中にないものを捨ててしまったとき、中身が重複してしまったとき、そして自分が捨てた品と同じものを入れてしまったときだ。
「え……えーっと、入れたものを捨てて入れて……」
『一度見たほうがいいかもね。じゃあ永知君、やるよ』
「チッ、しゃあねえな」
4人プラス恋初は、体を揺らしながら手をたたきリズムを取る。
「じゅーんびじゅんび! りょこーのじゅんび!」
「シャツ」「靴下」『ポーチ』「ねまき」「歯ブラシ」「ねまきポイズボンをポン」「ポーチをポイスマホをポン」『靴下ポイる◯ぶをポン』「ズボンをポイ財布をポン」「シャツをポイ靴下ポン」「スマホをポイ歯ブラシポン」
「『アウト!』」
歯ブラシは既に入っているため、重複アウトとなる。
『こんな感じだよ』
「うえぇ、やってることは幼稚っぽいのに凄すぎて頭狂いそうだよぅ」
これは単純記憶ではない。記憶と変更、削除、知識と判断力が必要になる。見た目には子供が遊んでいるようであるが、やっていることはハイレベルだ。一般人にやらせてはいけない。
「まーしゃーねえか。オレらはガキんころからやってっ慣れてっからなー」
「うえぇ、キチガキ集団だよぅ」
美由紀が頭を抱える。感じ的には簡単そうであるため、自分にならできると思われがちだが、実際できるようなものではないことを理解できる辺り、美由紀もバカではない。
『うーん、でもこれはやめておいたほうがいいかもね。モンスター出るし』
「そうだね。これは頭を使いすぎる」
他のことに集中し、油断したら大変なことになりかねない。だが黙って進むのも危険だ。PKをするわけにもされるわけにもいかない。
「じゃーどーすっかー。怪談でもすっかー?」
「チッ、恋初が先行すりゃいいだろうが」
「あっ」
スプライツはモンスターに襲われることもないし、他チームからも見える。
これで急襲やPKの問題は解決した。
「──しっかし敵いねーな」
「多分さっきすれ違ったチームが倒したからだろうね」
簡易とはいえ作成したチームからもらったマップで進んでいるのだ。逆回りではあるが同じ通路を通っているのだからいなくても不思議はない。
その代わり他の通路が大変なことになっている可能性が高い。
『敵がいないのはいいことばかりじゃないからねぇ』
単純に進むだけならいない方がいい。しかしボス前にできるだけレベルを上げたいし、今までと異なるモンスターと戦い、戦闘のバリエーションも増やしたい。本当の意味での経験を積みたいのだ。
だが特になにもないまま2層への階段へ着く。そして偵察のため階段を降りた恋初はすぐ戻ってきた。
「どうしたの?」
『ん、1チーム登ってくるよ。実具って人のとこ』
「おーMIGかー! おーい!」
頑張が階段へ向かって声をかけると、下のほうから返事が返ってきた。
やがて姿を現した実具の肩を頑張が叩く。
「おうおーう、またすれ違いかー?」
「そりゃしゃあないだろ。早く追いつけよ」
実具は笑って返すが、かなり疲労しているようだ。ほとんど休めなかったのだから仕方がない。
あまり長く引き留めるのも悪いと思った烈斗たちは、簡単に攻略法を聞く。
とにかく、まず2層と3層の間の階段まで行くこと。階段はモンスターの入れない安全地帯になっているようだ。だからそこを起点としてレベル上げしつつ一泊。それから一気に5層までの階段へ行き、そこで4層のモンスター相手にレベル上げで一泊。全員のレベルの平均が45くらいになれば、1チームでもボスを倒せると思われる。帰りはそれなりにレベルも上がっているはずだから一気に帰る。行程としては2泊3日を目処にするといい。
「とりあえずレベル35だ。そこまで上げりゃ大量に囲まれない限り4層まではなんとかなる。実際俺たちもそんな感じだった」
「あー、だったら大丈夫だ。オレら40くらいあるから」
ほぼ茜が倒しているのだが、それでも全員上がっている。チームの恩恵だ。
実具は少し驚いた顔をしていたが、烈斗たちはレベルをしっかり上げてから攻略するタイプのチームだと認識し、健闘を祈りつつ戻って行った。
実具の言うとおり、3層まで降りてみたものの、確かにモンスターは強くなっていたが今のレベルであればなんとかなった。そのため通り過ぎ、5層の階段まで向かいそこでレベル上げをしようと4層を進んでいたとき、事件が起こった。
「なー、なんか鳴ってねー?」
「うん、なんだろう。地鳴りというか……」
頑張と烈斗がそんなことを話していたところ、奥の通路からこちらへ走ってくる集団がいた。
「お……げっ! あれシードライブだろー!?」
『えっとそれと前もいた
「チッ、またこのパターンかよ!」
「うえぇ、学習能力ゼロチームだよぉ!」
「げえぇっ!?」
中村もこちらに気付いたらしく、酷い声を上げる。
だがここで止まるわけにもいかず、そのまま一気に突っ込んできた。
「テメ、シードライブぅ! まぁーた同じことしやがって!」
「ち、違うんだ! まさか人がいるなんて思わず……」
「なんでいるかもしれねーのを前提に動けねーんだよ!」
そう、前提が間違っているのだ。
プレイヤーは続々とここへやってくるのだから、いると思って動くべきだ。
『え、えへへ……』
『ベルベットちゃん、後で説教ね! 茜ちゃん!』
「りょぅかい!」
狭い通路と輪獄の相性は恐ろしいものであった。逃げ場のない場所で投擲すると、届く範囲のモンスターは全て切り裂かれる。
そして手元に戻ってきたところで再び投擲。ほぼソロ狩りといってもいい。
ここは茜に任せていいだろうと判断した恋初は、説教モードに入った。
2度目のMPKだ。本人たちにその意図がなくとも、大量に引き連れて途中で切り離したらそこがモンスターハウスになってしまうから結果は変わらない。
自分たちが生き残れればいいというゲームではない。誰がやられてもペナルティーは一緒なのだ。
「終わったよお」
『ありゃ、早かったね』
茜は大量のモンスターを全部倒しきったようだった。
説教は佳境に入り、起承転結の転のところまできていた。しかし茜の作業が終わったため、こちらも打ち切り。なんとも言えない最後にベルベットはモヤモヤしたままであった。
『やー、でもほんともうやめてよね』
「すまなかった。こちらもボスを倒したところで早いこと帰りたかったものでつい」
『ん? 帰りだったんだ』
『う、うん。ほんとごめんなさい!』
中村チームと紺染チームはまた頭を下げる。みんなはもういいからとっとと帰れと言いたげに手でしっしと追い払う。
そしてまた鉱石を渡すのを忘れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます