第5話 主人公を求めるものたち
「お、おい! 核って確かオフラインでスタンドアローンじゃなかったのかよ!」
頑張の言う通り、核ミサイルは基本的にどことも繋がっていない。
だが設計したのはAIだし、データの作成もAI。その段階で仕込まれていたら別の話。外部からの特殊な情報を受けることにより操作できるようになっていたようだ。
『レーダーが改ざんされているせいでどこへ飛んだか不明……いや判明した! ニューヨークの北東だ!』
宇土が叫ぶ。
「なんでそんな場所に……」
『正確なデータが表示された。……マサチューセッツ州ボストン市。着弾まで……およそ2分』
迎撃などができないよう、情報を隠蔽していたようだ。今からではミサイルを対処するどころか逃げることすら無理だ。
「なんかわかんねーけど大都市ってわけじゃねーんだろ? なにがあるんだ?」
「チッ……あそこにゃハーバードやMIT、ボストン大学とか有名な大学が集中してやがんだよ。でもなんで……まさか!」
永知は嫌なことに気付いてしまったようで、歯を噛みしめる。VRのため汗はにじまないが、嫌な感じは変わらない。
「なんに気付いたんだ永知!」
「……たしかMITにゃ研究用にスタンドアローンの最新型クォンタムPCが置かれていたはずだ。それを狙ってる可能性がある」
今のAIに勝つのであれば、それよりも高性能なクォンタムPCを作りぶつけてしまうという手がある。それを阻止する意味もあったのだろう。
「だ、だったら次辺り東京も狙われるんじゃねーのか!?」
「東大とかだと確かにクォンタムPCはあるらしいが、まあ型落ちしかねえみたいだから大丈夫だ」
最新型ハイスペッククォンタムPCはかなりデリケートな代物であり、地震が多い関東には向かない。だからこの研究所も北海道の山奥、しかも地下にあるのだ。
それに効率を考えたら日本よりも優先される場所がたくさんある。
『臨時ニュースが来た。ボストン市及びその周辺の消失。そして……ケンブリッジ一帯が封鎖された』
AIは次に破壊する都市を発表し、そこからの移動を制限した。チーム全滅ペナルティの他、一気に大量の流出が確認されたと同時に攻撃するとも報告してくる。
あまりの出来ごとに、皆口を開くどころか動けないでいた。動くことへの恐怖とも言える。自分たちのミスがたくさんの人の死へ直結してしまうからだ。
一歩踏み出したところに罠があり、死んでしまったらどうしよう。いきなり町が襲われて全滅したらどうしよう。言葉を発することすら痺れてしまいそうだ。
実際のところこれはMMORPGであり、大抵の場合町などの安全地帯は文字通り安全なのだから杞憂である。ゲームによっては町中でモンスターを召喚できるアイテムにより惨事を巻き起こしたりもできたりするが、それは特殊な例だろう。
とはいえこのような状況でまともな判断はできない。皆なにかを言いかけては黙るということを繰り返している。
だがその沈黙もすぐ破られた。
「ようするに……トライ&エラーは許されないわけか」
「烈斗!」
今まで変わることのなかった烈斗が見せた表情は、とても悔しそうなものであった。これはゲームであっても遊びではないことを痛感させられたのだ。
「お兄ちゃん大丈夫なの?」
「ああ、ごめんな。心配かけて」
烈斗が手を出すと、茜はをれを掴み自らの頬へ寄せる。幼いころから茜は烈斗にこうされると安心できたのだ。今の恐怖は少しでも安心を貪りたくなるほどなため、人目を憚らず甘えてきた。
烈斗は茜の背をポンポンと軽く叩き、ゆっくり手を離させると頑張たちへ向いた。
「ったく、よーやくまともに動くつもりかよー。オレぁリーダーとかに向かねーの知ってんだろー?」
「そうか? 意外にやれてたと思うぞ」
頑張と互いに小突き合い、冗談っぽく交わす。
『烈斗君、もういいの?』
「色々迷惑かけてごめんな。前倒しになるが、多分いける」
「チッ、多分でやられんと困んのはこっちだぜ」
「ははっ、フォローしてくれよ」
烈斗と永知は互いに裏拳で軽く互いの胸を小突く。そして烈斗はひと伸びする。
「さぁて、サボってた分、取り返すか」
「やっぱサボってやがったかテメー!」
おちゃらけているようで、皆の目は笑っていないことに恋初は気付く。
こうでもしていないと皆の心は崩れてしまいそうなのだ。今までの状況から考えると、烈斗がまともに動けるようになるまであと数日かかると恋初は予想していた。それでもこのタイミングで戻ってきてくれたことにはとても助かる。
恋初はメンバーの精神的ストレスの緩和をなるべく行おうとしており、それが恋初自身のストレスとなっていた。しかし烈斗がいれば、その心配がほとんどなくなる。彼女の負担はそれだけでかなり減るだろう。それに今この状況で全員分を受け止めようとしたら、恋初のほうが壊れてしまう。先ほどまでニュースに恐怖し、密かにひとりで泣いていたくらいなのだから。
「んでー……おーい」
頑張は宇土に声をかける。すると宇土は我に返り、ぎこちなく飛翔した。
『あ、ああ。なんだ?』
「情報あんだろー? ワリィけど余裕なくなった。くれ」
先ほどの事件により、ほとんどのプレイヤーの意識が一気に変わった。必要以上に安全マージンを取りつつも、余計なものを削ぎ落とす方向へ。
そしてできる限りの情報の共有。全員が一丸となってクリアを目指さねばならない。
『情報来たよー』
恋初から紙がピラピラと音をさせているのが聞える。これは鉱石を手に入れるためのクエストを記したもので、他チームとはアドバンテージのある恋初は取捨選択をしていた。
『とりあえずこの町で受けられる4つは全部受けよう。1つ作れるし、残りはベルベットちゃんたちに返そうと思う』
MPKの罰としては少々やりすぎ感がある。このゲームの武器は現在判明しているところだと、店売りよりも鉱石からの製造のほうが圧倒的に上だ。これがなくてはこの先へ進めない可能性もあるのだ。
「なんでだよー折角手に入れたのに」
『私らだけで進むならアリかもしれないけど、今はそういう状況じゃないからね。戦力は多いほうがいいよ』
「まーそーだな。烈斗、オメーはどー思う?」
「んー、まあいいんじゃないか?」
「てきとーだなオイ。大丈夫かよリーダー」
「悪いな。まだ本調子じゃないんだ」
その言葉を聞いて、恋初は思い出したかのように烈斗のアクセスログを見て気付く。核投下以前と比べたら明らかに減っている。凡そ3分の1程度だろうか。
他のメンバーと比べればまだ多いが、気にしなくてもいいレベルで落ち着いている。
「まーそりゃしゃーないとして、んで、お前の本調子はどこにあんだ?」
「ちょっとまだわからないな」
烈斗もまだ自分がどこに着地するか見えていない。あるのは彼独自の理論で、その理論上では可能という曖昧なものだ。それが実証できなければ無意味である。
『それはおいおいでいいんじゃないかな。それよりとにかく手分けしようよ。
クエストは4つなんだし、ひとりずつでやればすぐだよね』
「だなー。よーっし、今日中に4つ集めよーぜ!」
……威勢よくいったものの、結局手に入った鉱石は1つ。酷いものであった。
「ダメじゃねーかよ! あんなんひとりでどーしろってんだ!」
「ううぅ、頭おかしいよぅ」
「チッ、誰だひとり1つ取るとか言ったのは!」
取得したのは烈斗と茜──いや、茜だけであった。
「とりあえず全部受け直そう。残りはなにがある?」
『えーっとね』
恋初が情報から簡単な順にランク付けをした。
まずは迷い猫を捕まえる。次が堀に落ちた指輪探し。最後が城の塔へ手紙を届けるというものだ。塔のクエストに関してはクリアできないと判断され、他のチームは早々に引き上げているから情報がほとんどない。
「チッ、俺がやったのが一番大変だったのかよ」
『ごめんごめん。でもドブさらによりいいでしょ』
「まぁな」
「おいおーい。オレがやったのをドブさらいとか言うなよな!」
堀に落とした指輪探しだから似たようなものだろう。
『今度は適材適所でいこっか。みゅーちゃん、猫は速かった?』
「う、うん。それに屋根とか登ったよぅ」
人差し指と小指を立て猫っぽいシルエットを作り、手首をうねうねさせながら美由紀は説明しているが、本人以外いまいちピンとこないようだ。
『んー、いまいちよくわからないけど茜ちゃんが適任かな。塔は?』
「チッ、ありゃ身軽じゃねえと無理だ」
『これも茜ちゃんかぁ。なんか悪いね』
「仕方ないですよ」
現在このVR世界を最も自由に動き回れるのが茜なのだ。他のチームの攻略法は人員と時間をかけたものであり、その時間を惜しむため、彼女に頼らざるを得ない。
『そんなわけで残りのみんなでドブさらいだー』
烈斗と茜以外から不満の声が上がる。しかし恋初はそれをスルー。
「……あっ、こーちゃん。私は武器のデザインするよぅ」
『そっか、もう5個あるもんね。烈斗君はどういう武器が欲しい?』
美由紀はうまい具合にドブさらいから抜け出せ、ほっとする。
「おーい、烈斗優先かよー」
『当然でしょ』
一応このチームは烈斗がメインなのだ。本来であれば茜よりも先に作られるはずだったのだが、あのときは仕方ない。
「うーん、そうだな。じゃあ薙刀みたいなものが欲しい」
『だって。頼んだよみゅーちゃん』
「まかせてっ」
烈斗は大体の感じを説明し、美由紀は頭の中で完成図を描いた。
「チッ、いい口実作りやがって」
「ううぅ、美術の才能のない人に妬まれたぁ」
「んだとテメェ!」
「ひいいぃぃっ」
ほんと余計なことを言う子である。実はわざと怒らせているのかもしれない。
それはさておき、茜は単独、美由紀と恋初は武器作り。残りの野郎3人は仲良くドブさらいとなった。
「──しっかし薙刀なー。面白いチョイスすんじゃねーか」
「今後の自分の戦闘スタイルを考えると、多分それが正解なんだ」
槍は突くことがメインの武器だ。刃は先端にしかないため、斬りかかるにはかなりの技術を必要とする。柄で殴ったりいなしたりもできるが、モンスター相手ではそれよりも殺傷能力が欲しい。つまり、薙刀は悪くない選択だろう。
それに烈斗が注文したのは短い薙刀。刃渡り80センチほどの刃に同じくらいの長さの柄。見ようによっては柄の長い刀と言ってもいいかもしれない。狭い場所でも取り回しに問題が出ないため、迷宮内でも使えるはずだ。
「おめぇら遊んでねぇでちゃんと探せ!」
「わりーわりー」
律儀というか真面目というか、永知はひとり黙々と探していた。膝くらいの高さの水面へ手を突っ込みながら嫌な顔をしている。
「それにしても……」
「んーだよ烈斗ぉ」
「ちょっとね。この3人だけってのはかなり久々だなぁって」
「チッ、そういやそうだな」
3人は懐かしそうに笑う。
小学生のころ、いつも7~8人のグループで一緒に遊んでいた。変動値には茜も含まれる。
3人プラス恋初。ときどき茜。これに今回来ていない3人が加わればいつものメンバーの完成だ。
「あのころのお前はガリ勉だったんになー」
「チッ、別にガリ勉なんかじゃねぇよ」
永知は小学校時代、1年から卒業まで成績は常にトップ。運動もそこそこでき、いわゆる優等生だった。
だからここへ来るメンバーを決める際、永知から声をかけてきたということもあったが、彼の頭脳を見込んで申し出を受けたのだ。まさかこんな状態になっていたとは思ってもみなかっただろう。
「……にしてもよー、ゲームだと大抵ヒントみたいなのあんじゃねーの?」
ゲームやアニメだと、川底になにかが光ってたりする。だが実際では水面が反射することはあっても、川底の金属がわかりやすく反射することはない。AIにお約束が通用しないというわけではなく、単にあの現象がおかしいと判断したのだろう。
だがなにかがあるはずだ。
「潜ってみるかな」
「やめとけよー。きったねーぜ」
「現実じゃないから大丈夫……っと」
烈斗は水中へ顔を潜らせた。そして思わず苦笑し、顔を上げた。
「あったよ。頑張の足元だ」
「マジかよー。なんでわかったんだ?」
「そりゃ……ちょっと顔を入れてみなよ」
烈斗のニヤついているともしかめているとも取れる微妙な表情に、頑張は複雑な気持ちを持ちつつも意を決して顔を水面へつけた。
……あった、指輪だ。頑張はそれを拾うと、先ほどの烈斗と同じような顔をした。
「うん、まあー……ゲームだわなー」
「だね」
「チッ、俺にもわかるよう説明しやがれ!」
どれほどリアルに作ろうが、これは仮想でありゲームだ。ゲームである以上、ゲームらしくあるべきだ。そこにゲーム性がなくなったら、それはゲーム空間ではなくただの仮想現実空間だ。であれば必ずどこかに現実とは異なる点を作る必要がある。
だからといって水底のものがキラリと光ることにAIは納得できなかったのだろう。そんなAIが導き出した落としどころがこれだ。
「……矢印があっただぁ?」
「ああ」
水に顔を入れると、指輪のある位置に赤く光る矢印が現れた。実にゲームらしい仕様と言える。
しかしリアルが故に、濁った水面へ顔を入れるものはいなかった。そのせいで無駄に難易度が上がっていたのだろう。
「ま、まーいいや。それより烈斗ぉ、こっちは終わらせとくから茜ちゃんとこ行ってやんなー」
「了解。後は任せるよ」
といっても広い町だ。どうやって茜を見つけようか考え──る必要はなかった。
茜は屋根から屋根へと派手に飛び回っていたのだ。目的はもちろん逃げ回る猫の捕獲だ。
「おーい、あか……おっと」
烈斗は慌てて視線を外す。膝辺りまである長めのスカートとはいえ、あれだけ飛び回っていれば中身が見えてしまう。現在スレは大熱狂中だ。
このままでは茜がスレで盛り上がっている連中の食いものにされてしまう。彼らに恵んでやる茜はいないとばかりに烈斗は建物の角に足をかけ真上へ飛び、更に壁を蹴って反対側にある建物の屋根へ飛び移った。
「ニャッ!?」
「おっと」
突然目の前に現れた烈斗に驚いた猫は、勢いのまま飛ぶ。それを烈斗は右手でキャッチし、猫へ飛びかかろうとしていた茜を左手で抱きとめた。
「ありがとうお兄ちゃんっ」
「ん、お疲れさん」
茜をそっと降ろし、暴れる猫を両手で制する。そしてふたり揃って屋根から飛び降りる。
「じゃあ残りは塔かな」
「そっちはもう終わったよ。ほら」
茜はそう言って鉱石を出した。もう済んでいたのかと驚きつつもそれを受け取る。
これで予定していたクエストは終わりだ。あとは明日レベル上げを行いつつ準備をし、明後日大迷宮というプランを立てた。変に焦って進もうとすると大変なことになる。そのため以前のようにスレで急げとせっつくものはいなくなった。
とはいえのんびりしているわけにもいかない。戦力に余裕を持たせつつも、ある程度先行したチームへ追い付くほうがいい。あの事件以降、全体的に進みが鈍ったという話だし、今ならトップチームと並ぶこともできるかもしれない。
誰が先にクリアしてもいいだろうが、ここにいるほとんどはゲーマーとして名を馳せた連中だ。今まで誰も触れたことすらないゲームを前にして、誰よりも先にクリアしたいと思っていなくて何故この場にいるのか。
烈斗も例外ではなく、できることなら一番にクリアしたいと思っている。そうであるからこそスタートダッシュを犠牲にしたのだ。
『あっ、帰ってきたね』
烈斗たちが宿へ戻ると、恋初が待ちかねていた。
「ただいま。待ち構えていたってことはできたのかな」
『うん! なかなかいいものができたよ!』
「こーちゃん。作ったの私……」
『監修は私なんだから私が作ったようなものだよ』
「うえぇ、手柄
どちらが作ったかはさておき、烈斗は早速完成したものを握り、軽く振ってみる。
柄には全くしなりがなく、振った分だけ剣先は動く。重心も柄寄りであり、烈斗が思い描いていた通りの仕様となっていた。
「……いいね。こいつの名は?」
『”
「煉覇か……」
烈斗は刃を満足そうに眺めている。
煉覇──れんは──
「──はぁー? もう出た?」
「みたいだね」
翌日、鉱石を渡そうとベルベットたちがいる宿へ訪れた烈斗たちは、彼女らがもう既に大迷宮へ向かったことを知り、唖然とした。
「あいつら大丈夫……つーかわかってんのか?」
「さあ……」
以前、レベルも足りていないのに無理して進もうとし、挙句逃げ回りMPKをするという前科があるのだ。彼女らが先へ進むことに難色を示すのは当然といえよう。
「ううぅ、尻拭いはゴメンだよぅ」
「チッ、また巻き込まれちゃたまんねえな」
皆同意見だった。
とにかく下手に後を追わず、今日は予定通りレベル上げや準備をする。もしこれでなにかしらの問題を起こしても、責められるのは彼らだ。烈斗たちは自分たちのペースを守るつもりだ。
「──てやぁーっ」
茜がモンスターへ斬りかかる。本日も茜無双だ。輪獄のギザギザの刃はどうやら1枚1枚に攻撃判定があるらしく、回転速度が上がると恐ろしいダメージになる。
『そうだ忘れてた。茜ちゃん、それ、投げても戻ってくるんだよね』
「えっ? 横に投げてもですか?」
『どこに投げても』
茜は輪獄を回しながら悩んだ。バトントワリングでは、バトンを上へ投げることがあっても横へ投げることはない。そのため投げ方に四苦八苦する。
あとはイメージだ。今まで培ってきた功から、最適な動作を脳内で作り上げる。
「ん……えーっと……こうだ!」
上手いことバトンを横回転させつつ横方向へ投げるフォームを編み出し、投げてみた。すると輪獄は高さを一定に保ったまま20メートルほど飛び、戻って来た。
「すごーい! 面白い!」
物理法則を無視した投擲に茜はご満悦の様子。今度は更に回転を加え、腕を大きく振る。
「ぬりゃあーっ」
高い速度の回転で、空を切る音を立てながら飛ぶ。だが茜は投げることに気取られていたせいで、こちらへ向かってくる人影に気付かなかった。
「危ねえ!」
頑張が叫ぶ。すると前方から来た集団の先頭を歩いていた黒マントの男が、大剣を抜き輪獄を弾こうとした。
「ぬぐおおぉぉ!」
電動のこぎりが鉄パイプを切るような音と、凄まじい火花が飛び散る。数秒堪えた後、輪獄は茜の手元へ戻って来た。
「あの! すみませんでした!」
茜はすぐさま駆け寄り、頭を深々と下げ謝罪した。黒マントの男──
そこへ烈斗たちも追い付く。そして相手を見た恋初は、思わず声が出そうになったのを堪える。
「おーっ、前会った主人公っぽい奴じゃーん!」
頑張が言ってしまい、恋初は額に手を当てた。
その言葉で我に返った言歩は、先ほどのことを無くそうと身を正した。
「う、うむ。まあ仕方あるまい。こちらも気を緩めていたようだしな」
「ごめんなさい!」
茜は更に謝った。すると主人公っぽい連中は少し話し合うと、元へ向き直った。
「先ほどの武器はなかなか面白いものだった。ふむ、少し見せてもらえないか?」
「えっ? あ、はい」
茜は輪獄を取り出し見せると、主人公っぽい連中はそれを囲って見始めた。
「うむ、なかなか凝ったデザインだ。それでいて攻撃に特化した、故にシンプルな美しさもある」
「ほう、バランスもいい。いい代物だ」
「これを……きみはどこで手に入れたのだ?」
口々に言う彼らの言葉に戸惑いながらも、茜は烈斗の方へ顔を向けた。言ってもいいのか判断を仰いでいるのだろう。烈斗は無言で頷く。
「え、えっと、美由紀さんに作ってもらって……」
そう言って茜は美由紀を見ると、主人公っぽい連中もそちらへ顔を向けた。一度に大量の男から顔を向けられたことで、美由紀は小さく悲鳴を上げ委縮する。
「ふむ。なかなか腕のいい鍛冶師と見た。でだ、ぶしつけで悪いのだが、俺の武器も頼めないか? なにせ今、武器を失ってしまったのでな」
言歩の言葉に茜は気まずそうな顔で美由紀を見る。
美由紀は余計な仕事増やしやがってと言いたげな目を茜に向け、ひとつため息をつくと男たちへ向いた。
「うぅ、わかりましたよぅ。茜ちゃんのお尻ならまだ拭えるし……」
「うむ、助かる」
だが作るならば安全な場所でやりたいと、一同は城下町の宿へ戻ることにした。
「うぅ、それで、どんな武器がいいんですか」
「うむ。背負える両刃剣で、刃渡りは130ほど。それと予備の武器を収納できる鞘も……」
美由紀が言歩から細かい注文を受けている最中、烈斗たちは別室にいた。
「んーで、じょーほくれよ、じょーほ」
頑張は情報を欲した。だが主人公っぽい連中は少し顔をしかめる。
「情報と言われてもな。我々は好き勝手に行動しているだけだが」
「まー、そーだとしてもよ、なんかあんだろー? どーせ武器ができるまで動けねーしよ、時間つぶしにもなんじゃね?」
「ふむ、一理あるな。だがタダで教えてもらおうというのも虫がいいのでは?」
今武器を作っているのは、あくまでも弁償だ。報酬にはならない。
あとは金? いや、向こうのほうが先を行っているのだから稼いでいるし、こちらは装備を新調したばかりで所持金は大してない。だからといって鉱石は渡せない。
「わーったよ。んじゃ武器をもいっこ作るってんでどーだ?」
「……ほう。であらば申し分ないな」
あちらは納得してくれたようだ。あとは頑張が美由紀に罵られるのを待つだけだ。
大迷宮は全部で5層。2層までは大したことないが、3層から質が変わる。例の全滅したチームも3層でやられていた。
「……だがま、実力のない奴が淘汰されただけの話だ。別段気にすることもあるまい」
「つめてーこったな」
「ここはそういう世界だ。甘い考えは早々に捨て去ることだな。とはいえあの事件では我々も未熟さを痛感させられたのだがな」
先行していた2チーム──言歩のチームと火水のチームは、3層から強力になったモンスターに危険を感じ、安全を確保するため2層と3層を行き来していた。そうしている間に後続の2チームが合流。そのうち1チームが、今ならトップになれると功を焦り3層深くまで突入。危険を察知した言歩たちはその後を追う。
なんとか手の届きそうなところまで来たとき、彼らのいる場所は所謂モンスターハウスであることが発覚。今の自分たちが加わった程度ではどうにもならず、見捨てて撤退するしかできなかったのだ。
「──お前はさっき、オレたちを主人公っぽいとか言っていたよな。そうじゃない、そうじゃないんだ……」
男は自嘲気味に笑う。自分たちは主人公のなりそこないだと言いたげに。
彼らの思う、理想の主人公。それらであればきっとあの状況を打破していた。助けられたであろうと。しかし最後の最期で退いてしまったのだ。このゲームの中で死ねば本体も死ぬのではという可能性に恐怖して。
「でもよー、口ではどうこう言ってるクセにちゃんと助けよーとしてたのはスゲーと思うぜ」
「そう思ってもらえるのはありがたい。が、世の中はそう思わない人間も多い。そいつらを黙らせる結果を出さないといけないんだ」
あのとき、彼らのスレは荒れに荒れた。失望しただの、口先だけだのと、言いたい放題。
事実として、あのときはよくやった、むしろあそこで退く英断ができたのは凄いと思っている人のほうが多い。無理して共倒れになっていたら最悪の事態になっていたかもしれないのだから。
だがそう思ってくれる人は、あまりスレを見たり書き込みをしたりをしない。結果、声だけでかい連中の意見がさも当たり前のように見えてしまったりする。
「でもおめーらってよ、好き勝手してるってースタンスだろー? そんなんいちいち気にすんなって。なっ」
「そうではない。好き勝手が許されるのは、それに見合う実力があるからだ。ただ単に遊びに来ましたなんて奴を誰が認めてくれる」
「チッ、さっきから聞いてりゃ世の中だの認めるだの、なに周りの目ばかり気にしてやがんだよ」
見た目チンピラの永知に言われ、思わず体をひく主人公っぽい連中。
しかし意を決したように体を戻し、睨み返し答えた。
「そこに信念があるからだ」
己の信じる主人公は強い。それを世間に認めさせることで、ようやく彼らも主人公の一員になれる。そう思って行動しているのだ。
「チッ、ならしゃあねえな。せいぜい振り回されねえこった」
「ああ」
少年たちは笑顔を交わす。男が信念を貫こうとしているのだ。それを馬鹿にするような人間がここにいるはずない。皆、それぞれ己の信念を持ってここへ来ているのだから。
『お取込み中悪いんだけどー』
男どもがニヤニヤしているところへ恋初がこっそりやって来て、皆慌てたように取り繕った。
「どどどーしたんだよ恋初」
『なんかキョドってるけど……まあいいや。できたよ、はい』
扉を開けて出てきたのは、少し困惑した感じの表情をした言歩だった。その両肩からは交差させた剣の柄が見えている。どちらも予備の剣であり、本命は頭で見えないが、縦になっている大剣だ。これを魚の背びれのように装着している。
『あっ、そうだ。名前勝手に付けちゃった。
3本の剣が交差するようになっているため、形としては確かにアスタリスクだ。
「あ……アスタ……
「ううぅ、また名前却下されたよぅ」
「ふむ……。名は作り手が決めるものだし、横から改変するのはどうかと思うが……。ちなみにどのような名前を付ける予定だったのだ?」
「うぅ、スギナミク」
リアルであったら言歩の背中から汗が吹き出していただろう。アスタリスクでよかったと。
気を取り直し、大剣の柄を握った言歩はそのまま固まり、少し困惑した顔をした。
『どうしたの?』
「む、いや。これはどのように抜くものなのだ?」
『ちょっと持ち上げると鍔と鞘口のロックが外れるよ。あと鞘にはスリットがあるから、そこから更に持ち上げればするりと。イメージとしては持ち上げてから振りかぶる感じかな』
「ほう、どれどれ……おお」
「おぅゎっぶねえなー!」
言われた通りにやってみると、容易く剣が前へ振れたため、危うく誰かを斬る……正しくは町中だからすり抜けるので危険はないのだが、それでも怖いものは怖いものだ。特に頑張は若干トラウマがあるのだから。
「すまん。……しかしこの剣は良さそうだ。柄の握り具合もいいし、なにより重量バランスが絶妙だ。そろそろ鉱石から武器を作りたかったところだったし、これは申し分ないな」
言歩は満足そうな顔で剣身を眺めている。これで彼らはまた一段と早く先へ進むことができるようになるだろう。
「よーっし、じゃあ次だ、次!」
「え……えええっ!?」
『なにそれ聞いてないんだけど』
頑張の言葉に美由紀と恋初が不満をぶつける。だが頑張はしれっとした態度で言葉を続ける。
「さっきのは弁償だろー? 次は情報料だ。もう聞いちまったからやってやれよー。んで次は誰んだ?」
「では俺のを頼む」
縁取りのある白い学ランの少年、
「しくしくしく……それで次はどんなもの作らされるんですかぁ」
「なんだか酷い言われような気がするのだが、そうだな……では……を……こうして……」
「うえぇ、意味わかんないよぅ」
美由紀は悲壮な声を残し、部屋を出た。
「んじゃ続けよーぜ。3層からはなにがある?」
「それはだな……」
言歩は言葉を続けた。
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