第4話 終末への序曲

「あーあ、間に合わなかったなー」

「チッ、仕方ねえだろ。こっちにゃ役立たずがいんだからよ」

「……そう、言うな、よ」

「じゃーどう言えってんだー? 今まで少しゃ役に立ったんかー?」

「私がお兄ちゃんの分までやってるよ!」

「あー、茜ちゃんがやる気になるだけの役にゃー立ってんのかこのごくつぶしめ」


 皆が狩りから戻ってきたら、もう新規のチームが続々やって来てしまったのだ。初期組がルートなどを作っていたため、かなり早くやって来れたようだ。

 新規組はチラチラとこちらを見ている。こいつらまだいるのかよと言われている気がして、とても気まずい。

 そんな中、頑張を見ながらショートヘアの少女姿をしたスプライツが近付いてきた。

『やあガンバ君だっけ? 見てたよー』

「おっ、マジで!? いやーテレんなー」

『女の子のスカートめくってたでしょ。死ねばよかったのに』


 ニコニコと笑いながらスプライツの少女──田中はえぐいことを言った。

「あ、あれは違うんだ! 信じてくれ! えーっと……田中……きぬちゃん?」

『あ、これキヌって読まないんだ……』

「え? 他になんて……あーわかった! DQNネームってやつだろー! んじゃシルクちゃんだなー!」

『わ、私の名前なんてどうでもいいじゃん! キミだってガンバじゃん!』

「いいじゃねーかよ。んで正解はなんだ?」


 そんなやりとりをしていたら、調べていたのか恋初からブフゥと酷い声がした。

「突然なんだよー恋初」

『田中……ベルベットちゃん……げほっごほっ』

 恋初はツボにはまったらしく、むせてしまったようだ。

「は? えっ?」

『う、うっさいわね! 悪い!?』

 ベルベットはむくれたような感じになった。スプライツは操作型キャラのため、感情がわかりづらい。恋初は慣れたものでエモーションを使いこなしているが、先ほど入ったばかりではまだそこまでできない。


「わりーつったら親がわりーよ。オレもその気持ちよくわかんわー」

『そ、そう言ってもらえると思ったよ。さすがガンバ君だねっ』

「おうよ……ってなんだよー恋初」

 頑張のことを恋初はつつき、耳元へ移動してささやいた。


『どうもあのチームは親から酷い名前を付けられたコミュのメンバーで集まってるらしいんだよね』

「まーベルベットの素材は絹じゃねーし、酷いっちゃ酷いわなー。他の奴らもそーなのかー?」


『えーっと、右の彼は……』

「鈴木……記? しるすとか……いや、鈴木ダイアリーだろ!」

『ううん。彼は鈴木アカシックレコードさんだよ』

「意味わかんねーよ! じゃあ左の奴は佐藤……いくさじゃねーだろーから、佐藤ファイターだな!」

『残念。彼の名前は佐藤バルキリーさんだよ』

「戦乙女じゃねーか! あいつ男だろ!」

『そんなの私に言われても……』

 恋初が付けたわけではないのだから文句を言われても困る。


「次こそは当ててやる。中村……主……しゅ……ぬし……いやここはヤハウェかジーザスだろ!」

『外れ。あの人がチームリーダーで、中村シードライブさん』

 その答えを聞いた途端、頑張は空を仰ぎ遠い目をさせた。

「……とーちゃん、かーちゃん。オレ、頑張がんばでよかったよ……ありがとうな……」


「あ、あいつ名前のことで親に礼を言ったぞ!」

「裏切りものめ!」

「あいつなら俺たちの気持ちわかってくれると思ったのに!」

「酷い……」

「うっせえな! ちゃんと読めるだけおめーらのバカ親とはちげーんだよ!」


 何故か非難された頑張は若干キレ気味に言い返す。すると肩口で切りそろえられたボブヘアの少女が怒った様子で前へ出た。

「確かにうちのパパはちょっとアレだけど、とてもやさしいんだよ! 知らない人にバカ呼ばわりされたくない!」

「わ、悪かったから落ち着いてくれ。山本……ホーリーさん?」

「山本アコライトだよ!」

「いや、やっぱあんたの親、バカだろ!」


 このような風に街中で周りに迷惑を撒き散らしていると、いい加減やめておけと烈斗が頑張の肩を掴む。

『おっ、彼は不動のリーダー羽賀根君だね』

「い、今はふつーに動いてんだろー。おい烈斗、もちっとキビキビ歩け……うごっ」

 頑張が烈斗へ軽く蹴りを入れた瞬間、後頭部を茜から、横っ面を恋初からマジ蹴りされる。2か所からの同時攻撃に、頑張は変なひねりを加えて吹き飛んだ。

 誰かが受け止めてくれたおかげでようやく止まった頑張の前に、茜は腰へ手を当て仁王立ちをした。


「次やったら許さないよ」

「……い、今ので許されたんか? オレ……」

「許すわけ──って、あれ? 高橋さんですよね?」

 頑張を受け止めていたのは見知った顔だったようだ。

「えっ!?」

 茜に話しかけられ、挙動不審になる高橋。そして茜のことを見たことがあったのを思い出し、気まずそうな顔をする。


『茜ちゃん知ってるの?』

「見かけたことはありますよ。ほら、私はバトントワリング部なんで、ブラバン部とはよく一緒にイベント出たりするんです。マーチングとかの」

『じゃあ彼はブラバンなんだ。同じ学校だったり?』

「ううん。ただ学区が近いんで、出場するイベントがかぶったりするんです。彼は有名なんですよ。トロンボーンの奏者で周りからキングオブキングスって呼ばれるほどなんです」

『……それ、単に彼の本名だよ』

「え? 違いますよ。『リ』ってなんか雑な感じの……」

『だからその一文字でキングオブキングスって読むらしいんだよ』

「……えー……」


 茜は残念な子を見る目を高橋に向ける。その異名から、今まで凄い技術を持った天才奏者みたいに思っていたのに。高橋は泣きそうである。


「……なんで『リ』でキングオブキングスなんですか?」

「う……ええっと、『班』って文字あるだろ? クラスで班決めとか、救護班とか」

「ありますね」

「それを分解すると?」

「王、リ、王、ですか?」

「そう。それで親父は思ったそうだ。左右に王を従えている『リ』こそが真の王なのではないだろうかと」

「ごめんなさい全然意味わからないです」

 茜の冷めた言葉に、高橋はやっぱりなと呟きつつがくりと地に膝を付ける。


 そもそも班の『リ』はりっとう、つまり『刀』であるし、『王』は『玉』の点を省略したものだ。勘違いも甚だしい。


「くっそぉ! お前らだけにはぜってー負けないからな!」

 項垂れている高橋に肩を貸し、中村は烈斗たちを睨むと吐き捨てるように言い去って行った。

 負けないと言われても、これは人間対AIの勝負であり、人同士が争う意味はないのだが……。


「なんか狩りよりも疲れちゃったね」

「あー。だけどこれで猶更うかうかできなくなったよなー。とにかく目標は明日の午後を目処に城下町へ向かうぞー!」




「……あー、厳しいなー」

「うえぇー」

 翌朝、狩場が大変なことになっていた。人だらけである。

 1チーム6人……スプライツを除けば5人。それが10組。つまり50人増えたのだ。初期組のみんなは先へ進んでしまったため、昨日まで独占できていた狩場が今はモンスターの奪い合いとなっている。


「チッ。こりゃ無理してでも先行くしかねえだろ」

「そーしたいのは山々だけどよー……おい烈斗、いけるかー?」

「ああ……なん、とかな」

 彼は昨日ずっと寄生していたが、まだレベル12だ。できれば15まで上げてから向かいたかった。


 しかし盾持ちガーダー回復士チャイムのレベルがそれなりにあるのだから、多少であれば強引に進むことができる。大抵のゲームの基本だ。

 それにアイテムはデータとして恋初スプライツが管理しているのだから、思い立ったときすぐ行動できる。


『今なら時間も早いし、烈斗君の足でも充分今日中に着けると思うよ』

「よっしゃー決まりだな! じゃー早速──」

『えっ、もう次行っちゃうの?』

 明後日の方角から突然声を掛けられ、そちらを向くと昨日会話をしたスプライツ、田中ベルベットがいた。


「なんだベルベットちゃんかー」

『その名で呼ばないでよ。それよりもう城下町行くの?』

「あー。随分遅れちまったし、そろそろ行かねーとな」

『ふーん。……じゃあさ、共闘しようよ! 私たちも行きたいからさ!』

「いや無理だろー。どー考えても足手まといだ」


 適性レベルを15だとして、こちらは茜と美由紀が21、頑張でも18だ。充分と言えるだろう。一番低い烈斗は12だが、彼は元々戦力外としているから関係無い。

 だが昨日今日来たばかりのベルベットたちは、現在いいとこ平均レベル5くらい。お荷物感が半端ない。


「そんなわけだからじゃーな!」

『うぅ、今に見てなさいよ! 必ず追い抜いてやるんだから!』

「へーへー」


 頑張は追いやるようにしっしと手を振り、ベルベットは恨めしそうな雰囲気で自分のチームへ戻っていった。


「うぅぅ、また余計な敵作ってるぅ」

「あっちが勝手に敵視してるだけだろ! それによけーな敵なんて作った覚えねーから!」

『女の敵』

「うぐっ。そ、それだってなー、これはゲームのキャラなんだからこまけーこと気にすんなってー話だろ!」

「セクハラで訴えてやるぅ」

「勘弁して下さい」


 頑張は土下座した。ゲームのキャラとはいえ3Dスキャンによって本人の外見情報をそのまま使っているのだ。ほぼ本人と言っていいだろう。そのためハラスメントにおける精神的苦痛に抵触する可能性が高い。しかも証人は山ほどいる。


「……それでよ恋初」

『おっと逃がさないよ』

 言い逃れをしようとする頑張へ回り込むように恋初が話を戻そうとする。だがそうではないと頑張は表情で必死に抗議する。

「話を挿げ替えよーってわけじゃねーよ。オレだってたまにゃマジメな話をすることだってあんだから聞いてくれよ!」

『聞いてから判断するよ』

「あー……それでいーや。んでよ、城下町にゃオレらの同期が全員いんのかね」

『大体いるかな。2チームがいないくらいだよ』


 恋初は広域マップで探ってみる。狭域であればモンスターや人が見れるが、広域だとチームリーダーしか表示されなくなる。だけどそれでもわかるくらいに2つのチームの点が離れた場所にあった。


「そいつらぁーどこいってんだ?」

『大迷宮ってとこみたい。他のチームもそこへ向けて準備してるって感じっぽいよ』

「大迷宮ねぇ。どんな感じのとこなんだー?」

『まだ全然情報が無いんだよ。入って間もないみたいだし、それに例の2チームなんだ』

「例の……? あー、あの主人公っぽい奴かー!」

『あとハーレム君だね。なんだかんだであの2チームは実力あるみたいだよ』


 開幕早々飛ばすのは、目立ちたいだけか余程実力があるかのどちらかである。先行逃げ切りというものもあるが、終わりがどこにあるか不明な状態で行うのはただの愚かものでしかない。


「なんとか探れないんかー?」

『前も言ったけどさ、あの2チームは非協力的なんだよね。配信見るしかないかな』

「そーいやめんどくせー感じらしいな」

『大迷宮は私も気になるから、ちょっと見てくるよ。用があったら呼んで』

「おげーい」


 恋初は烈斗の肩に座ると動かなくなった。

「んじゃ城下町行こーぜ。さーて、鬼が出るか蛇が出るか」

「チッ、どっちにしろロクなもんじゃねえってか」

「まーピクニックじゃねーからなー」

 恋初を上手くまくことに成功した頑張は、城下町へと歩を進めた。




 そして暫く歩いていたところ、頑張はふと気付いた。

「……なー。ひょっとしてオレってば、役に立ってねーんじゃね?」

「えっ」

「その『えっ』はなんに対してだよー」

「ううぅ、今ごろ気付いたんだってぇ」

「ほんと勘弁してくれよ九楼武ちゃん」

「で、でも事実だしぃ」

「できりゃー気ぃ使ってもらえると嬉しいんだけど!」

 悲痛に叫ぶ。


 大抵のモンスターは茜が飛び出し仕留めるか、永知が魔法で倒してしまう。特に茜は動きが素早く、発見次第向かっていく。元々の優れた身体能力を活かした攻撃もあり、特に危なげもなく倒していく。

 前方の敵は全て茜が倒し、他周辺は永知が魔法で遠距離のうちに倒す。接近されなければ頑張の出番は無い。


「それにしてもモンスター多いですね」

「チッ、足のおせぇのがいるから追い付かれてんだ」

「もぉっ。そういうこと言わないでくださいよ」

 勿論烈斗のことだ。時速で言えば2~3キロほど。一般人の半分くらいだろう。

 現実ではなくゲームのため、世界の作りはリアリティよりもゲーム的である。だから町の間隔はとても短い。とはいえ目指す城下町までは10キロ以上だ。烈斗を連れてだと5時間はかかると思われる。


「そうだ! なにもしていないんだからガンバさんがお兄ちゃん背負ってよ!」

「だからイヤだっつーの! なにが悲しくて何時間もヤローと密着しねぇといけねーんだ!」

「男だから嫌なの?」

「おーよ。茜ちゃんだったら背負うどころか腹負えるぞ」

「腹負うってなに?」

「別名駅弁だ」

「たまに百貨店の地下で売ってるやつ? それがどうしたの?」

「そりゃー……」

『はいアウトー! ガンバウトー! ペナルティ決定ー!』


 ふたりの会話に恋初が割り込んできた。手で×を作り頑張へ警告する。

「な、なんだよーペナルティってー」

『気にしなくていいよ。ただ元の体に戻ったとき爪が2~3枚無いなーって程度だから』

「ちょっ、待っ! 爪だけはマジ勘弁!」

『剥がすよー。ゆーっくり剥がすよー』

「すんませんでした! これからは奇欲爛きよくただしく生きます!」


『小学生のころガンバさ』

「な、なんだよ急に」

『謝ったふりしてさ、勝手に当て字の言葉作って嘘ついてないとか屁理屈こねてたよね』

「そそそそんなのガキんころの話だろー!」

『だよね。高校生にもなってそんな幼稚なことしないよね』

「ったりめーだろ! バカゆーなよ!」

『あはははは』

「はははは……くっそー……」


 先に釘を刺した恋初の勝ち。暫く会っていなくとも変わらぬものはある。成長していないとも言うが、気取らず昔のままの付き合いができる間柄だとも言える。


「おいテメェら! 遊んでねぇで周り見ろや!」

 永知の怒声が飛ぶ。

「わりーわりー……げっ」

 周りに目を向けた頑張は絶句する。かなりの量のモンスターに囲まれていることに気付いたからだ。


「茜ちゃんは!?」

「戦っちゃいるが削りきれねぇんだよ!」

「おめーはなにしてんだ!」

「MP切れに決まってんだろ! どんだけ撃ったと思ってやがる!」

「九楼武ちゃんは!」

「えぅぅ、私ヒールベルしか持ってないよぅ」


 頑張は頭をわしゃわしゃと掻き、烈斗の前へ立つ。

「くっそー、こうなったら烈斗、やんぞ!」

「……ああ」

 永知たちを木が密集しているところへ立たせ、背後から襲われぬようにしてから、守るようにふたりは前へ出る。

 頑張が盾でモンスターの動きを止め、その間に烈斗が槍で刺す。昨日よりだいぶマシになったとはいえ、構えてから突くまで2秒ほどかかる。それでもダメージはゲーム的なもので、動作によるボーナスは付かないものの最低値は与えられる。


「よーしなんとかなりそうだな」

『町の方から2組こっちに向かってるよ! ひょっとしたら手を貸してくれるかも!』

 広域マップで確認した恋初が皆に告げる。最悪でも見捨てることはないだろうという判断だ。

「期待してバカを見んのはごめんだぜ。助けてくれりゃラッキーくれーに思っとくわ」


 モンスターはどんどん湧いてくる。だが現在殲滅力のほうが若干上回っているため、耐え続ければなんとかなる。それでも手を貸してもらえればかなり楽になるはずだ。


『2組の速度が上がってるよ! こっち向かってる!』

「異変を感じてくれたってかー? ありがてー!」

 来るのにまだ時間がかかると思っていたのだが、走っているのだろう気付けばあと数十秒くらいで合流できそうだ。


『もうちょっと耐えて! そうすれば──』

「たぁーすけてくれえぇー!」

 烈斗たちのもとへ悲痛な叫びが響く。

 恋初は慌ててマップ表示を狭域にした。すると2組は大量のモンスターに追われて逃げていたことがわかった。


「テメェらなにしやがる!」

「た、助けてくれ!」

「オレらもいっぱいいっぱいだったんだよ!」

「うええぇぇ、終わりだよぅぅ」


 最悪だ。徐々に減らせていたのに大量のおかわりが来た。こちらの人数は増えたが、引き連れて来た数が半端ではない。

「てかベルベットちゃんのとこかよ!」

『ご、ごめんなさい!』

 ベルベットが謝罪する。しかしエモーションが未熟な彼女の表情は変わらない。恋初と違って咄嗟にはできないのだ。


「チッ、こりゃ全滅もありえるな」

「くっそー! とりあえず戦力を教えてくれ! 立て直すぞ!」

 盾でモンスターの群れを抑え込みながら頑張はなんとか聞き出そうとする。

「う、うちは剣士4人回復1だ!」

「どんだけ偏ってんだよシードライブぅ!」

『え、えへへ』

「ベルベットちゃんが戦犯かよ! とりあえず回復……アコライトちゃん!」

「えっ? 私剣士だよ」

「なんでだよ! アコたんだろ! んじゃ誰だよ!」

「た、高橋だ」

「キングオブキングスか! 名前は強そうなのに回復かよ! もうひとつのチームは!?」


『うちはそこの2人が回復、あとは魔楽が1と剣士2!』

「おうバランスいーじゃねーか! 前衛はみんなを囲え! 回復は均等に!」

 頑張は指示を出していく。2チームもそれに従い、剣士が回復士と魔楽を囲い守るように陣取る。


『サークルタイマー! 12時間!』

 全員が円になったところで、突然恋初が皆を囲うように1から12までの半透明なパネルを表示させた。

「おいおーい、12時間のタイマーなんて表示させてどーすんだよ!」

『位置把握のためだよ! これで指示出しやすいでしょ!』

「12時の方向とかだな! できりゃー1時間分も消えねーうちに終わらせてぇもんだ!」

 1時間もモンスターの大軍に攻められていたら確実に死人が出る。だがいつまで出続けるか不明なため絶望感が漂う。


『……あっ、あとそっちの鉱石出してよ!』

 思い出したように恋初が言う。

「おーおー恋初、こんなとこで恐喝かー?」

『少しでも勝率を上げるためだよ! ここで武器作る!』

『いや、でも……』

『負けたら全部失うかもしれないんだよ! 出し惜しみしないで!』


 ベルベットともうひとりのスプライツは渋々鉱石を出すと、恋初はそれを受け取り美由紀のもとへ向かった。

『よしよし、じゃあみゅーちゃん頼んだよ!』

「ま、任せて!」

 恋初はアプリケーションを展開させ、美由紀に3DCGの作成をさせる。美由紀の3DCG作成速度は異常に速いのだが、今回作るものはとてもシンプルなデザインのため、恐ろしいほどの短時間で作り上げられる。



「……くっ……やべぇ、耐えきれねーかも」

「こーちゃん、完成だよ!」

『おっけ! 顕現コマンド!』

 恋初が出現させたのは、直径70センチほどの丸ノコのような刃を持った輪だった。その輪の内側を1本の細い棒が縦断している。


「な、なんだこりゃ?」

『茜ちゃん専用の武器だよ! 使って!』

「えっ、私!? どうすればいいの!」

『付属の指輪を付けて、バトンみたいに回して使うんだよ』

 茜は無理だと言いたげな顔をする。バトン回しは棒状だからできるのであって、これでは刃が邪魔になってしまう。

 だが恋初だってそれくらいわかって作っている。それを踏まえたうえで、茜は指輪を装着し、恐る恐る輪を回し始める。


「えっ」

 思わず驚きの声を上げる。刃が腕に当たるかと思ったら、そのまま腕をすり抜けてしまったのだ。

『それは指輪を着けた人にだけ刃がすり抜ける武器だよ。これで戦ってみて!』

「うん! ぬああぁぁ!」


 茜は飛び交いつつ円状の刃を激しく回し、腕を横に大きく振る。すると目の前のモンスターはいとも容易く切り裂かれていった。

「おーすげー」

 頑張だけでなく皆が茜を目で追っていた。


 茜は素早く敵へ斬り込めるが、安価な短剣故に攻撃力が足りなかった。

 ならば良い武器を与えたらどうなるか。それも彼女が扱いやすいもので。

 結果はこれだ。



「──よ、よし! あと少しだ!」

「うえぇ、なんとかなったぁ」

「チッ、オメーは武器作ってベル鳴らしてただけだろ」

「ひぃっ、ごめんなさい!」

「……チッ、いいんだよそれで。あとは周りに任せてろ」

「う、うん……」


 茜は単独で8割ほどのモンスターを倒し、それどころか押し戻すように向かっている。これだけ倒せばあとは他の面子でもなんとかなるはずだ。


 そしてMPを回復させた永知が鳴らした銅鑼の音が遠距離のモンスターを倒し、一件が落着した。



「ふぃー、なんとかなったねぇ」

 奥へ行きモンスターを片付けていた茜が戻り、一息ついた。

『どう? “輪獄”の感じは』

「うえぇ、私の作品が変な名前付けられたぁ」

『じゃあなんて名前のつもりだったの?』

「うぅぅ、メグロク」

『却下』

「うえぇぇ」

 考えることなく瞬時に捨てられた言葉に美由紀は呻く。


『だってセンスないし。それでどうだった?』

「あっ、とても扱いやすかったです! 長さも丁度よかったし」

『それはよかったよ』

 恋初が満足そうに頷いている傍らで美由紀がぶつぶつと呟いていた。

「あうぅ、中二な名前付ける人にセンスとか言われたよぅ」

『これはゲームの世界なんだからさ、そういう名前のほうがいいんだよ』

「ううぅ、そっかぁ」

 美由紀は納得したようだ。


「しっかしすっげーラッシュだったよなー。おかげでめっちゃレベル上がったし」

 茜と美由紀はもうレベル30だ。現在最も進んでいるチームでもレベル32。ほとんど差がなくなってしまった。

 だがもう勘弁して欲しいと感じている。肉体的な疲労はなくとも精神的な疲労が尋常ではなかったのだ。

 それでもまだ烈斗チームはマシなほうである。他のチームは数人気絶してしまった。


『みんな大変だったね。お疲れ様ー』

『お疲れ様じゃないよベルベットちゃん。みんなの管理ちゃんとやった?』

 周囲からモンスターがいなくなったことを確認し、気が緩んでのほほんとした口調で話すベルベットを恋初は咎めた。


『えっ? 管理もなにも、スプライツなんて戦闘中は周囲の確認くらいしかできることないでしょ?』

『あれだけの戦闘だよ。みんなの脳の状態がかなり活性してたんじゃない? そういうときは酸素量を増やしてあげないと』

『で、でも酸素って多すぎるとよくないって聞いたことあるし……』

『消費に対してコントロールしないと。ちょっとくらいなら多めでいいから。私たちがみんなの命を握ってることを自覚しないと』

『う……。ごめんなさい』


 カプセル内は正圧なため、ある程度酸素量を増やしても問題ない。だから脳の処理に合わせて酸素を増やすことで負担を減らすことができる。特にVRは脳とほぼ直結しているようなもののため、通常よりも負荷がかかってしまう。


 それを怠った結果、数人が酸欠により気絶してしまったのだ。とはいえこんなラッシュを迎えたチームは他になく、情報も存在していなかったのだから臨機応変にと言われても酷な話だ。

 恋初はただ単に、普段から脳の負担の大きい烈斗のバイタル管理を常に行っていたからできたというだけである。


「んーで、お前ら戻ったほうがいいんじゃねーの? てか戻ってくれよMPKマジ勘弁なんだけど」

「いや、あれはその、本当に済まなかった」

 中村が頭を下げると他のメンバーも頭を下げた。もう1チームも互いの顔を見合わせてから頭を下げる。


『まあま、いいんじゃない? こっちもいい具合に鉱石もらえたんだし』

「見合ってるのかねぇ。そりゃ恋初は戦ってないからわかんねーかもしんねーけど」

『それなりだと思うよー? 全員分の装備作るなら色んなクエスト受けないといけないっぽいし。ほら、例の果物屋さんとか』

「あー、あれ往復しなくていいなら確かにありがたいなー」


 初期状態で持っている鉱石は1チーム3つ。1つの武器を作るのに5つ必要だから、全然足りない。それを恋初はどさくさ紛れとはいえ6つも手に入れたのだ。これはかなり上出来と言える。

 それを他チームから取得するということはもちろん、渡したチームとしてはかなりのハンデとなってしまう。だが無謀なアタックの末やってしまったMPKの謝罪として渡すことにベルベットたちは納得していた。


『さてそんなわけで私は情報収集に戻るよ。町に着いたら呼んでね』

「おーよ」

 恋初は再び烈斗の肩で動かなくなった。



 ●●●●


 恋初はふらふらと席から離れると、ベッドへ倒れこむように横たわった。

「私だって、大変なんだから……」

 腕で目を覆い、愚痴る。


 頑張が思っている以上に恋初はギリギリだったのだ。

 狭域マップを見ながらチームのみんなの場所やステータスの把握。他チームの動向を見つつライフゲージの減りを予測し回復士へ指示を出す。そのうえでモンスターがどこからどれだけ出てくるのか確認し、更に皆のバイタルやデータ転送量、そこから酸素を増やすか判断しながら美由紀の進捗確認。

 どれが重要かと言われたら全てが重要で、言うなれば全てが連結しているため優先順位が付けられない状況だった。


 モンスター討伐としては間違いなく茜がMVPだ。しかし恋初が色々動いていなければ全滅していた事実を知るものはほぼいない。

 誰からも称賛されず、それどころか愚痴を聞かされる。それは裏方になると決めたときから覚悟していた。だからひとりのときくらい愚痴をこぼしてもいいではないかと。


 とにかく大きな波もおさまったことだしと、恋初は少しの間気を失った。




 ◯◯◯◯



「ようやく町だぁー!」

「やっとかよぉー」

「うえぇぇ」


 烈斗チーム以外の2チームも口々に安堵した声を上げたのは、大量のモンスターを倒した1時間ほど後のことである。

 皆は門をくぐるとチームごとに別れる。2チームはそれぞれクエストの確認をし、烈斗たちは先ほどのラッシュで手に入れた大量のドロップアイテムを換金し、宿をとる。

 とはいえもう休むというわけではなく、確保しただけだ。一旦くつろいでから宿の入り口で集合する。



「よぉよぉ」

 これからどこへ行こうかと話し合おうとしていたところ、軽い感じで声をかけてくる人物がいた。

 彼の名前は世茂木太郎。その名前に頑張はピンとくる。

「おーっと、ひょっとしてヨモギ組の組長かよー」

「組長はやめてくんねぇかな」

 世茂木は苦笑する。


 ヨモギ組。以前はヨモギ工務店と名乗っていた、箱庭系クラフトゲームのスペシャリストだ。様々なギミックを駆使した彼のデータは、そのゲームをやっている人ならだれでも持っていると言われるほどである。


「でー、なんか用か?」

「ああ。今日町に来たみたいだからよ、ひょっとして追加組かなって」

「追加組と一緒に来たけどよー、一応初期組だぞー」

 初期組なのに今更かよと驚く世茂木に頑張はうるせーと返す。こちらにも事情というものがあるのだ。


「チッ、喧嘩売りに来たのかよ」

「そ……そうじゃねえ……です」

 永知にビビる世茂木。見た目は完全にヤンキーだから無理もない。


 腰が引けてしまった世茂木に代わり、飛び出してきたのは見た目少しごつい感じの男のスプライツだった。

『とりあえずモチツケ。後はおれが話すわ。おれはヨモギ組のスプライツで宇土ってんだ。そっちのスプライツは?』

『私だよー』

 烈斗の背後からひょっこりと恋初が顔を出すと、宇土と世茂木は固まり、うろたえはじめた。


『んー?』

 なんだろうと首を傾げる恋初に、宇土と世茂木は90度くらい腰を曲げ、深々と頭を下げる。

『「ケッコンを前提に付き合って下さい!」』

『えっ、ヤダ』

『「おなしゃーっす!」』

 とても必死な願いだが、恋初はノーシンクで却下する。


「……おめーらこれ、全世界に配信されてんの忘れてねー?」

 呆れた頑張の言葉で我に返るふたり。ただ今ヨモギ組のスレは炎上しつつある。

『ちょ、ちょっとしたジョークだよ! ……で、色々クエストの情報流すからさ、ネストナンバー教えて』

『ヤダよ』


「うえぇ、頑張さんくらい懲りない男がいるよぅ」

「そこでオレの名前出さないでくんない!? マジ傷付くから!」

『あはは……ちょっと待って!』

 急に恋初が叫ぶ。その声はとても緊迫していた。同時に宇土も動かなくなった。

「あん? どーしたよ恋初──」

『黙ってて!』

 恋初の剣幕に、皆は口を閉ざした。彼女がこのような言動をすることはないと、長い付き合いのある烈斗たちはよく知っている。そんな彼女の悲痛な叫びは一体なにが原因なのか。一瞬で空気が冷める。


 暫くして、宇土から『やべぇ……』という呟きが聞こえた。

「な、なにがあったんだよ!」

 耐えきれなくなったのか頑張が叫ぶ。すると反応しない恋初に代わり、宇土がぽつりと呟いた。


『……大迷宮に入った4チームのうち、1チームが全滅した……』

 烈斗たちが得ていた情報では2組だったが、その後を追うように2組が入っていったらしい。なかなかのハイペースで、先行した2チームへ追い付いていたようだ。


 そしてその言葉に皆は戦慄する。初のゲーム内死者が出たのだ。

「そ、それってやっぱプレイヤー本人も死ぬってやつかー?」

 頑張の言葉を宇土は『いや……』と否定する。キャラクターは装備品を全て奪われ、レベルが半分になりスタート地点で復活しているのは確認済みだ。

「お、脅かすなよ。深刻な声出しやがって。だったら大して問題ねえんじゃねえか」

 そう言う世茂木に、宇土は震える声で答えた。


『……ペナルティとして、核ミサイルが発射された……』

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