第3話 交流

「おーっ、烈斗起きてんじゃーん……うごがっ」

 宿に戻り烈斗の様子を見に行くと、烈斗は立ち上がっていた。それに対し声を上げた頑張は、茜からもの凄い勢いで押し退け……いや撥ね退けられ、壁まで吹っ飛んだ。

「お兄ちゃん大丈夫なの!? あっ、歩けてる!」

 烈斗の立ち位置はベッドから数歩進んだところだ。立って歩いたと見ていいだろう。


「う……あ…………わ……る、い……」

 微かに聞える烈斗の声を茜は聞き漏らさない。そして駆け寄り傍へ立ち、烈斗の顔を笑顔で見上げる。

「気にしないでいいよ! 私ね、モンスター倒したんだよ! モンスター!」

「ただの風船みたいなもんだったけどなー……ぐぶっ」

 茜が突き立てた肘が頑張の鳩尾に刺さる。痛みは伝わるが脳へ直接送られている情報なため、急所だからといって特別痛いわけではない。そのせいで頑張には何か不思議な感覚が伝わる。


「それにしてもお兄ちゃんのこれ、なんなんだろうね。麻痺とかなのかなぁ」

『ううん、ステータス異常とかじゃないよ。どちらかと言えば……』

「言えば?」

 恋初は悩んでいるようなポーズを取った。外部サポートである恋初のスプライツはプログラム上での動きしかしないのだが、恋初はモーションをひっそりと増やす趣味があり、これは空いた時間に作ったモーションのひとつである。


『……これから先は私の推測だから、変な先入観を持たれないよう止めておくね。本人から聞いたほうが確かだし』

 憶測でものを言い、それがそうであると思いこまれてしまうと厄介なことに繋がったりもする。特に今の状態は烈斗にしかわからないことで、全く確実性がないのだから特に慎重を要す。

「そうだね。私もお兄ちゃんから直接聞きたいし」

「直接……じかに接するとか、なんかエロい言葉だよなうぶぉっ」

 今度は腹に茜のノールックソバットが決まる。頑張はノックバックで足をもつれさせひっくり返った。


「チッ、おめぇもこりねえな」

「しゃーねーだろ、性分だ」

 思ったことをつい言ってしまうのが頑張だ。考えるよりも行動というか、口が先に動いてしまう。それでも根は良い奴なので扱いに困る。

『とにかく徐々に動けているみたいだし、数日すれば一緒に戦えるようになるんじゃないかな』

「おいおいしっかりしてくれよなー。もう他の連中は次の町に行っちまってんだろ……いつっ」

 茜に足を踵で踏みつけられる。この男、性分以前に学習能力がないのかもしれない。

 さもなくば無自覚のMである可能性もある。


『とりあえず今は耐えようよ。烈斗君のことだから……あっ』

 突然声を大きくする恋初。そしてカタカタとキーボードを鳴らし、小さく「うーん」と唸った。

「恋初さんどうしたの?」

『えーっと、増援が決まったみたいだよ。とりあえず10組くらい』

 烈斗たちがこの施設へ入る時、作業員たちが慌ただしく動いていた。どうやら予定していたプレイヤーの人数はもっと多かったのだが、設備が間に合わなかったらしい。そしてようやく稼働させる状態になったため、増援部隊として送り込むというのだ。


「マジかよー。このままじゃオレたち抜かれちまう。水戸黄門じゃねーんだぞ」

『水戸……? あぁ、歌のことね。よくそんな渋いこと知ってるね』

「ひいじいちゃんが時代劇好きでいつも見てたからなー。それよりいつからだ?」

『んー、数日中には来るっぽいよ』

「やっべー、すぐじゃん! おい烈斗、はよ起きろ!」

「お兄ちゃんは起きてるよ!」

 烈斗の肩を掴み揺する頑張との間に茜は割り込み、頑張を睨みつける。

「あーもう揚げ足を取んな! はよ動けるようになれや!」


「あ、あのぉ、なんで正道さんはそんなに急いでいるんですかぁ」

 美由紀が至極御尤もな質問をする。普通に考えれば、誰が先にクリアしても人間側の勝ちなんだから、後続が焦る必要がない。


 トップチーム集団が多ければ有利になる。だがそれで済むのならば、トップの連中が進行速度を遅らせ足並みを揃えればいいだけの話だ。しかし現状を見ればそうではないのがよくわかる。

 ここへ来た者は、様々な想いがあるだろう。そして誰よりも早くクリアすることを望むものも少なくない。頑張もそのうちのひとりということなのだろう。


「……オレはミキちゃんと約束したんだ! オレがきみを救ってみせるって! でも他人がクリアしちまったらオレが救ったことになんねーじゃん! ミキちゃんがっかりだよ!」

 酷い理由……というわけでもない。人によって何が人生の中心、支えになっているかが違う。恋愛がその人の活動理由ならば、それは決してくだらないことではない。価値観は人それぞれなのだから。


『だれよミキちゃんって。ここにこんな美少女がいるってのに』

「自分で言うかよ。それにお前は烈斗どぐぁっ」

 恋初────スプライツの蹴りが頑張の横っ面に決まった。物理オブジェクトと化した彼女の蹴りは絶対的なものであり、電車に撥ねられたくらいの衝撃を受ける。生身で受けていたら確実に死んでいた。

 もちろんこれは万能の力ではなく、町中でしか使えないうえ、他チームの人間にはすり抜けてしまうし、恋初が彼らを持ち上げて空を飛ぶこともできない。ただのお遊び用と思ったほうがいい。


『そんなことより情報収集するんでしょ。私もやってるけど他のチームの人たちとコミュニケーションを取るのも大事だと思うよ』

「チッ、俺ぁそういうのやる気ねえ」

 永知は顔を背ける。恋初も最初から今の永知にそれは求めていないからいいが、その他の頑張や美由紀、茜ならば相手も普通に対応してくれるはずだ。


「しゃーねぇな。んじゃ茜ちゃんと九楼武ちゃん、行こうぜ」

「ううぅ、私も人と話すのが苦手で……」

「私『も』ってなんだ! 一緒にすんじゃねえ!」

「ひぃっ、ごめんなさい!」

「……チッ、俺ぁ魔法屋に行ってくっぞ」

 ペコペコと謝る美由紀を見ないよう永知は扉へ進んだ。彼と一緒に居てもいいことはないと思い、頑張と茜は美由紀を宿から連れ出した。



「────あのぉ、みなさんは幼馴染みというか、古くからのご友人なんですよね?」

「私は違うよ」

「えっ?」

「私はお兄ちゃ……れ、烈斗、さん、の、お母さんと私のお母さんが従兄弟でね、家も近いからよく遊んでもらってたんだよ」

 現実だったら顔を真っ赤にしていたであろう、茜は慣れない名を呼び説明した。

 物心付いた頃、記憶がある限り茜は烈斗のことをお兄ちゃん或いはそれに類似した呼び方をしていたのだ。今更名前を呼ぶのは照れがあるらしい。


「そ、そうですか。それで、あのぉ……」

「あー。なんで永知といるかってんだろー? 昔はあんなんじゃなかったんだけど、色々あったみたいでさ。まー根は悪いヤツじゃないからあまり怯えないで聞き流せばいいんじゃね?」

「わ、わかりました」

 返事をし、美由紀は少し遠い目をする。何かを思っているのか、記憶を辿っているのか。


『みゅーちゃん、どうしたの?』

「あっ、ううん。なんでも……。ちょっと友達っていいなって思って」

 先ほどの頑張の言葉は、まるでというか完全に永知をかばっている言い回しだった。友人であれば当たり前のことだが、それを美由紀は羨んでいる様子である。

『あー、みゅーちゃん友達いないもんね』

「い、いるよ! こーちゃんとか……」

『そっかそっか。私のことを忘れてたよ』

「もぉー」


 恋初と美由紀は友達だ。親友と言ってもいいかもしれない。しかも恋初の方からお願いしているのだから、忘れてしまっては困る。

「それより他のプレイヤーさんいるよ。どうするの?」

 茜が指差す方向には、確かにNPCとは異なる男女の集団がいた。

「おっとそーだったな。おーいっ」

 頑張が声をかけると、プレイヤーの一団がこちらへ向かって来た。

 前に出たのは、長身であるが顔に幼さが残る少年。表示されている名前は『実具良宏』。恐らく彼がこのチームのリーダーなのだろう。


「やーやー宜しく。オレは正道頑張」

「ああそれ普通にガンバって読むのか。なかなかいい名前じゃないか。俺は……まあ見ての通り、実具みぐ良宏よしひろだ」

 実具は頑張の頭上を確認し、どう読めばいいのか悩んでいた様子だ。だがそれは頑張も同じだった。

「へー、みぐって読むのか。……ん……? みぐ……? それにどこかで見た顔……ってまさか、スト7日本3位のMIGか!?」

「よく知ってんな……って、ここに来てんだからそういう奴もいるか。んでお前は?」

「今年の全日本トーナメント第3戦でオメーに負けたGNBだよ。覚えちゃいねーだろーけど」

「……ああ! お前があの『最強の最弱』か! いや一度会ってみたかったんだ! お前すげーな!」


 2人は同じ格闘ゲームの話題で盛り上がる。ストイックファイター7という世界中でも人気のあるゲームで、その日本一決定戦、頑張は『そのキャラじゃ勝てねーよ』と散々ネットで言われていた最弱キャラで唯一トーナメント入りしたことで注目を集めていた。実際に顔を合わせたのは準決勝からの4人だけだった為、実具は頑張の容姿を知らなかったのだ。


「そっかそっかー、あのMIGかー。んで、オメーがリーダーだとして、仲間もスト7の連中か?」

「いつも集まってるゲーセンの面子だよ。そっちもお前がリーダーだろ?」

「あー、わりぃけどオレは呼ばれちゃいねーんだわ。リーダーは別にいる」

「そうだったか……って、わりぃ、色々話したいとこだが、こっちも用があるんだ」

 実具のことを他のチームメンバーが見ている。その目からは、こいつ話し出したら長いんだよなぁと言っているかのようであった。といっても同じトーナメントで競い合った間柄、実具はまだまだ話の序盤だと言いたげな、名残惜しそうな表情をしていた。


「あー……んじゃ最後に情報、なんかねーかな」

「俺らの持ってんのなんてそっちも知ってんじゃないか? とりあえず俺たちは明日辺りに次の城下町へ行ってみるつもりだ」

「なるほどな。うちらはもちーっと様子みるわ」

 と、互いにこれといった情報も無し、それぞれ連れもいるため早々に別れることにした。



 それから暫く探してみたものの、この町に残っているのは烈斗達の他、実具のチームともうひとつくらいしかなく、そこも大して情報を持っていなかった為、宿へ戻ろうとした。


「────やあ、ちょっといいかな?」

「……えっ、私?」

 突然茜は話しかけられ、少し驚く。そして声をかけてきた少年をみた。

 栗色の髪をした、ハーフのような彫りの深い顔立ちに、優しそうな笑顔を浮かべた好青年だ。

 そして背後には少女たちが4人いる。彼のチームメイトだろう。

「急にごめんね。僕は火水ひすいゆう。今ひとりかな?」


「オレらもいんぞー」

 少ししかめた顔で頑張は話に入り込む。

「おっとごめん。それで、きみに話があるんだけど」

「はあ……」

 一体なんだろうと茜が思っていたら、恋初が耳元で話しかけてきた。

『あの人、昨日最初にこの町から出た人だよ』

「えっ?」


 昨日この町を装備などだけ買って流すように通り過ぎ、次の城下町へと行っていた、つまりトップチームである。それが何故この町にいるのだろうか。

「僕は次の町へ行っていたんだけど、ちょっとしたクエストで戻ってきたんだ。この町にはほとんどいなかったから場所がわからなくてね。果実店なんだけど、知っていたら教えて欲しいな」

 にこりと爽やかな笑顔で尋ねてくる。好印象だ。

「それなら裏通りの宿屋の前ですよ。あっちです」

 お返しにとばかりに、茜も笑顔で場所を指差す。屈託の無い笑顔という表現が実によく似合う、少女特有の表情だ。それを見た火水は、少し驚いたような顔を一瞬したが、再び笑顔に戻る。


「なるほど、安宿の近くを通ったことがなかったから気付かなかったよ。ありがとう」

「あっ、すみません。ちょっといいですか?」

「うん? なにかな?」

 爽やかな笑顔を残し去ろうとする火水を茜が止めると、彼のチームの女性陣が露骨に嫌そうな目を向ける。だが茜はそれを無視して話を進める。

「次の町……城下町でしたっけ? こういうクエスト多いのですか?」

 そんな茜の質問に女性陣は「そんなの行けばわかるじゃん」「わざとらしい」「引き止めて聞くほどのこと?」など、わざと聞えるような声で言う。もちろん茜は聞く耳を持たない。


「どうだろうね。このクエストも必須ってわけじゃなくて、ちょっと欲しいものが手に入るからやってるんだ」

「アイテム狙いでクエストを選ぶ……。わかりました。ありがとうございます」

 茜が頭を下げると、火水はにこりと笑い、軽く手を振って去って行った。もちろん女性陣は小言を残している。


「ううぅ、勘違い女の嫉妬怖いよぅ」

 美由紀がぶるりと震えながら顛末の感想を述べる。

「あはは、美由紀さんって結構毒っぽいね」

『ねっ、面白い子でしょ』

「ふ、普通だよぅ!」

 恋初たちの言葉に美由紀の頬は少し膨れる。そして装備が見たいから寄り道して帰ると不貞腐れたように言ったため、とりあえず頑張をボディガード的に付け、茜たちは宿へ向かった。



「おい、そこの」

 茜は背後から急に声をかけられる。だが彼女はそれを無視して歩き続けた。

「……聞こえていないわけではないだろう」

 早足で茜の横へ並んだ大剣を背負った黒いマントの男を、茜は足を止めてジト目で睨みつけた。

「キミさ、それなに? コミュニケーションとってるつもり? 聞こえてたからなに? なんで不躾な人と私が話さないといけないの? キミ、友達いないでしょ」

 茜のたたみかける言葉に黒マントの少年、言歩げんぶたつは上体を引き、一瞬情けない表情をしたが、すぐ気を取り直したのか能面のような無表情に戻った。


「……ふむ、そうだな。言い方が悪かった」

「そうそ、気を付けてよね」

 こいつ面倒だ。茜は瞬時に理解をし、立ち去ろうとするが、言歩は話を続ける。

「店を探している。果実店だ」

「そうなんだ。どうぞ」

 茜の言葉の返事に困る言歩。かなり想定外だったのだろう。


「あ、いや、そうではなく……」

「果実店を探してるんでしょ? 私の許可なんていらないよ。どうぞ勝手に探して」

 あまりにも雑な対応に、言歩は顔をしかめる。だがここで彼へ助け舟が。


『だめだよ茜ちゃん、そんな態度は』

 恋初だ。腰に手を当てて少し困り顔で茜の言動を叱る。

「えー、だってぇ」

『ここはゲームの世界なんだから。あの人はロールプレイ、つまりキャラクターに成り切ってるの。きっと何かの主人公だよ。そうじゃなきゃ「ふむ」だなんてとても恥ずかしくて言えたもんじゃないでしょ。もし素ならどんな生き方してたらそんな口調になるのか聞きたいよ。クラスでも馬鹿にされちゃうだろうし』

「う……そっか、ここってゲームの中だもんね。それでどうすればいいの?」

『ちゃんと教えてあげるんだよ。そうすると多分「キミは低レベルか。礼と言うわけではないが、これを使うといい」とか言ってちょっと良い武器とかくれたりするから』

「あっ、そうなんだ!」

『あとは適当に「ポッ」とかなっておけば後々便利に助けてくれたりするよ。ねっ?』


 そう言って恋初が笑顔を向けようとしたら、言歩は逃げるように早足で去ってしまった。

 その後姿に恋初は手を振り別れを告げ、誰かが見ているであろう枠に向かって説教を始めた。

『いい? 少年諸君。女の子はね、普通に優しくしてもらったほうが嬉しいの。ああいうツンデレ男に惚れるなんていうのは幻想だよ! あれは物語だから成り立つの! もし実践している人がいたら悔い改めなさい!』

 徐々に口調が荒くなり、なにかをぶつけるように言い切った。


「ど、どうしたの? 恋初さん」

『昔ちょっとね』

 恋初は特にモテる子であったが、その中でもあのようなキャラを演じるナリキリ君にはとても困らせられたという苦い経験があった。

 少年の思うカッコいい男と少女が思うカッコいい男は全く異なっており、下手にカッコつけようとすると嫌がらせになってしまう。

 これ以上そういった犠牲者を増やしてはいけない。そんな想いが篭っていた。


「それはそれとして、聞かれるの2回目だよね。果物屋さんでなにがもらえるのかな」

『うーん、さっきのおかしな人のチームも進みが早いっぽいんだけど、情報を流してくれないんだよねぇ』

「えっ?」

 これはゲームとはいえ、人類の存亡がかかっているわけで、更に誰がクリアしても勝ちである以上、自分たちが真っ先に攻略する必要はないし、いつなにがあるかわからぬ為、後続のチームへ情報を流したほうが後々自分たちの手助けになるというのがここにいる者の共通認識だと思いこんでいた。

 しかしその実情はそうでない可能性もある。


『なんかね、「自分たちは好きにやらせてもらう。世界の危機なんて知ったことか。だがそれが自分たちに被害を及ぼすなら叩き潰す」だって』

「……あっ、わかった。バカなんだね」

『うん、バカだね』

 人類の危機という時点で自分たちに被害が及ぶのは確定しているのだ。恐らくは巻き込まれ系主人公を気取っているようだが、そもそもこのミッションは強制でない。

 確かにゲームなどで好成績を残している人々からは選ばれているが、参加の可否はきちんと尋ねているため、本人の意思でここへ来ているはずだ。

 あまりにも明後日なことをしているが、本人たちはそれをかっこいいと思っているのか不明である。


「じゃあじゃあさ、その前のハーレム君のところは? 今トップなんだよね?」

『あー……。あそこのスプライツの子がさ、「そんなこと言って勇クンとお近づきになりたいんでしょ! お生憎様だけど──」うんぬん言って聞く耳を持たないんだよねぇ』

「あはは……スレの方は?」

『無駄話8割、嘘かホントか不明が2割かな。正直、役に立ってない感じ』

「みんな危機感ないなぁ」

『私たちもね』


 危機感を持たないのは日本人らしいとも言える。戦争を生き抜いたものもほとんどおらず、テロなどの標的になることもない。

 大体の人がこのような感じに思っている。きっとなんとかなるだろう。そんなことよりも仕事をしないと。この程度のものだ。デマを流している連中は特にそうだ。


「そもそもさ、人数だって指定されてないんだからバンバン送り込んじゃえばいいんだし」

『今は国連がなんとかしようとしてくれてるけど、この施設や機材ってそう量産できないんだよね。それにあんな思いをしたい人ってそんないないでしょ』

「うっ……確かに……」


 スプライツ以外のここにいる皆は、脳波を正確に受送信できるよう特殊な手術を施されている。それに伴う痛みなどは麻酔のおかげで然程無いのだが、頭蓋骨へ直接繋ぐというのはなかなかゾッとするものである。

 それにプレイ中は、本体の管理などを他人に任せないといけない。自分の知らないところで自分の体に何をされているのかと思うと、やはりいい気はしないだろう。


 とはいえ体のある部屋へ入れるのは、スプライツの他だと身分や経歴がしっかりとした超一流のメディカルスタッフのみであり、しかも全員が女性だ。

 これは男性医師への信用問題という意味ではなく、本人への配慮だ。それなりに女性プレイヤーもいるし、医者だからといっても知らぬ男性に触れられるというのもあまりよろしくないのではという話だ。


 という様々な理由が重なって人口は増えにくい。ただ単にやりたいという人はそれなりにいるのだが、目的はゲームクリアだ。それに役立つ人物ではないと無駄に枠を潰してしまう。



『だから私たちがクリアしないにせよ、トップチームの手助けはできる位置にいたほうがいいかもね。さっきのは論外だけど』

「そうだね。自分たちのできる範囲で仕事しよっ」

 漠然とだが、チームの方針を決めてみる。烈斗が動けるようになってからどう転ぶかは不明だが、とにかく上位に近いところへいれば手を貸すにせよ、自分たちがトップへ立つにせよいいだろう。



 そんな会話をしつつ町をフラフラと歩き回った後、宿にて頑張たちと合流した。

『そっちはどうだった?』

「特にこれっつーのは……あっ、なんかすっげーかっけーのに会った! 主人公っぽいヤツ!」

「『……ああ』」

「んだよーその反応。まさか会ったか?」


 げんなりとした感じの茜と恋初。その表情を見れば言わずともわかる。

『てか頑張ってああいうのがカッコいいんだ?』

「俺だけじゃねーよ。男だったら誰でもあーなりたいって思うだろ?」

『だろ? とか言われても』


 古来より、少年マンガの王道といえば熱血主人公。だが少年たちに人気があるのはクール系の主人公のライバルキャラであったりする。

 こちらの場合、腐女子人気も高い。だが腐女子は一般女子と好みが異なることを忘れてはいけない。女性が皆カップリング中心で好みを持っていたら恐ろしいことだ。


「なーんか反応わりぃな。んでどうしたんだ?」

『私が茜ちゃんに正しい接し方を教えてたら逃げちゃった』

「なにをどう教えたのか気になんなー。他になんかあったか?」

「えっとね、果物屋さんが怪しいっぽいですよ」

「なんだー? 実は魔王の手先みたいな?」

「そういう怪しいじゃなくて、うーんと……」

『城下町のクエストで用があるみたいなんだよ。必要アイテムがもらえるっぽいんだけど、ちゃんとした情報がなくてねぇ』

「なるほどなー。まーそこらへんはおいおいってことにしとこーぜ。デマ握ってもしゃーねえしなー」


 それについては茜たちも同意だった。『何がある』かは知らなくとも『何かある』という情報があれば充分だ。


『とりあえずそんなとこかな。んじゃ宿に──って、みゅーちゃんはなんで泣いてるの?』

 よく見れば美由紀は物陰でシクシクと泣いているようだった。


「えうぅ、セクハラされたぁ」

『「はっ?」』

 茜と恋初は敵を見る目で頑張を睨む。

「ちっ、違……っ。ありゃーただの好奇心だ!」

 頑張が必死に弁明するが、ふたりは聞く耳を持たず美由紀を見る。


『……みゅーちゃん、何されたの?』

「うぅぅ、スカートめくられて中見られたぁ」

 瞬間、茜は短剣を抜き頑張へ斬りかかった。町の中で他人へ攻撃しても、武器は透過する仕様になっている。だが剣がこめかみから逆のこめかみへ通過するという光景は一瞬でトラウマになりそうだ。


「い、言い分を! オレの言い分を聞いてくれ!」

「……言い分を聞いたからって立場が同じイーブンになれると思ってるの?」

「上手いこと言ったつもりだろーが笑えねーよ! 頼むから剣をしまってくれ!」

 完全に腰を抜かしてしまった頑張は、右手を伸ばし必死に止める。

 その手を切り刻みたい衝動をグっと堪え、「……で?」と言った感じに茜は剣を収め、腕を組んで頑張をジト見る。


「……えーっとさ、オレらって見た目は現実と一緒だけど実はテクスチャじゃん?」

『まあそうだね』

「だったらどこまで作られてんのかなーって気になるじゃんよ!」

「で?」

「健全ゲーってスカートの中は真っ黒ってよくあるだろ?」

「知らないよ」

「そーゆーゲーム結構あんだよ! それでこれはどっちなのかなーって……いやマジでそーゆー好奇心だから! イヤラシイ気持ちなんてこれっぽっちもないから!」


「ヘンタイ」「ゴミぃ」『クズ』「羽虫」「ハゲぇ」『池沼』

「さ、3人してそこまで言うこたねーだろぉ」

「あるよ」「スケベぇ」『女の敵』「害獣」「ミキちゃんにフラれろぉ」

「おいちょっと待て九楼武! それだけはマジ凹むから!」

 このゲームに参加した理由であるミキちゃんを出されては頑張もきつい。邪な感情であろうとも彼にとって彼女が原動力なのだから。


『それでどうだったのよ』

「ど、どうって?」

『みゅーちゃんの中身は』

「……ごめんなさい」

 素直に謝る。しっかりと見てしまったのだ。しかもかなり作りこまれていたことで、頑張はAIの恐ろしさを知った。

 いくら本当の自分の体ではない仮初めの姿だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいし、嫌なものである。


 そして恋初はスレを見て額に手を当てる。恐らく頑張がそれを行ったであろう時間だけ異様に盛り上がってる。やはりここは封印しよう。恋初はスレを表示しているウインドウをそっと閉じた。

 とにかくこれ以上頑張を責めるにしても一旦宿へ入ろうと、4人は宿の入口をくぐった。



「……チッ。おせぇんだよ。どこで遊んでやがった」

 イラついたように永知は頑張らを睨みつつ、自らの肩をバスドラム用のマレットのようなもので叩いている。攻撃魔法用の道具だ。


「うぇぇ、あれ結構高いやつだぁ」

「たけぇよ! 文句あっか!」

「うひぃぃっ」

 美由紀の苦情を永知は叩き潰す。

 しかし美由紀が苦い顔をするのは尤もだ。なにせ永知の装備は、今チームで買えるものでは最も高い。


「えーっと、残金が……げっ、今日泊まったら文無しじゃねーか!」

「チッ。明日の分は明日稼ぎゃいいだろうが! 烈斗の野郎も動けるみたいだしな」

 永知のこの言葉を聞いた全員の目の色が変わった。


「それ先に言ってよ!」

『烈斗君動けたの!?』

「いっちゃん重要なこと先に言え! オメーは賢いくせに抜けすぎなんだよ!」

「うえぇ、シジミ目ぇ」

「おうコラ九楼武! テメ今なんつったこのクソアマ!」

「ひいぃぃっ!」


 皆が畳み掛けるように言い放った言葉のなか、永知は美由紀の言葉につっかかり、美由紀は慌てて茜の後ろへ隠れた。

「あはは、美由紀さんってさ、悪口言いたい系女子だよね」

「ええっ」

『そうそ。でも気が小さいからみんなに紛れて言うんだけど、いつもクリティカルなとこ突いてきちゃうから目立つんだよ』

「えええっ」


 美由紀は項垂れた。みんなが言っているのになんでいつも自分だけ責められるのか疑問だった。自分と他人の悪口の質の違いに気付かずに。

「そんなことよりお兄ちゃん! お兄ちゃんに会わないと!」

『そうだった!』

 皆は急いで烈斗の部屋へ向かった。



 バタバタと廊下を走り、勢いよく扉が開かれる。だがそれでも烈斗はそちらを見ず、ベッドへ腰掛けた状態で一点を見つめていた。

 まるで魂が抜けてしまっているようである。だがそんなことお構いなしに茜が飛び付く勢いで烈斗の前へ出る。


「お兄ちゃん大丈夫なの? 私! わかる?」

「……あ、ああ……だい、じょう、ぶ」

「よかったぁ。喋れるようになったんだね! 一体どうしたの?」

 言葉を発した烈斗に対し、茜の表情は不安から笑顔へ変わる。

「ん……ちょっと……な」

 抑揚の無い言葉。それでも確かに話していることがわかり、皆安堵する。


「ったく。よーやくお目覚めたぁーいい身分だな」

「チッ。だけどこれでようやくマシな狩りができんだな」

 男性陣もなんだかんだで心配していたようだ。


 皆が精神的に落ち着いたところで、美由紀が口を開く。

「ねぇこーちゃん。いいタイミングだし、一度ログアウトしたいよぅ」

「あーそうだ。オレも一旦戻りたいわ」

 口々にログアウトを言う。恋初はなるべく言わないようにしていたことを言わねばならないところへ来たのだと思い、ひとつ息を吐く。


『ごめん。ログアウトはさせられないんだ』

 恋初の言葉に皆は衝撃を受ける。できない理由はいくつかあるが、まずひとつが骨後頭部へ埋められたチップ。これを外す必要がある。だがこれを外してまた付けるというのは、一度壁へ打ち付けた釘を引き抜き同じ穴へ刺すのと同じで、非常に外れやすくなってしまう。つまり再度付けるには、骨修復が完全に終わったころ───半年は見なくてはならない。


 それにデータの一部が脳及びチップへダウンロードされているため、接続が切れた場合にキャラクターデータが削除、或いはデータ不一致で再ログインできず、また最初からやり直さねばならなくなる可能性が高い。

 高レベルなら致命的だし、低レベルでも戻るには半年を要すのだから、もしログアウトするのであれば、二度と戻らないという気でいなくてはならない。


 それは当然本人の意思であるが。他にもログアウトすることがある。肉体的なトラブルが発生した場合だ。そのためにスプライツや常駐医療スタッフが控えている。


「──つまりログアウトしたきゃできるけど戻ってこれねーってこったな」

 半年経ってからトップに追いつくことは不可能だろうし、ひょっとしたらクリアしているかもしれない。それにチップは不足しているのだから半年も遊ばせておくわけにいかない。


「でもやめたいときはいつでもやめられるって思えば気が楽だよね」

「だなー。ちなみにゲーム内で死んだらどーなんだ?」

『それも不明だよ。AIがどんな設定してるかによるし……』

 まだ始まったばかりだし、トップの2チーム以外は割と慎重で、まだ死人は出ていないため情報が無い。


「大体よー、キャラが消える消えないはさておき、チップから出てる線にコネクタ付けときゃもっと楽にログインログアウトできたんじゃねー?」

「チッ。これだから素人は」

「んだよー。だったら理由言ってみろよー」

「コネクタなんか付けたらノイズが入んだろうが」

『だいぶ違うけど、まあ近いかな』

「どっちだよ!」


 脳波はとても微弱なため、接続による伝送損失のせいで情報が失われてしまう可能性がある。本来ならばブースターなどで増幅させればいいのだが、まだ開発中の品物なのだからこのような状態でも仕方がない。


「……まあこまけー話はいいや。とにかく続けるにはログアウトできねーってことだろ」

『そゆことだね。大丈夫、エキスパートな医療班がケアしてくれてるから』

「知らねー人に体いじくられてると思うと良い気はしねーけどな。ところでオレらの体って今どうなってんだ? やっぱ謎の液の中?」

『最初入ったカプセルのまま寝かせてるよ』


 長期に渡る可能性があるため普通に寝かせ、床ずれを起こさぬよう定期的にカプセルが傾くようになっている。

 謎液では水圧により血管や臓器に負荷をかけるし、1週間もしたら肺が破裂してしまう。それに老廃物の処理が大変だ。あといざというときにすぐ出せないし、浮いている状態は筋肉や骨を凄まじい勢いで劣化させてしまう。


「でも恋初さんがちゃんと見張っててくれるんだから大丈夫だよね」

「だなー。頼むぞ恋初。じゃあ今日はここまでにして、明日から烈斗を入れて狩ろーぜ」


 動き回ったのに肉体の疲労感が感じられない奇妙な状態でも、その分脳に負担がかかっていることは感じられた。



 ●●●●


「───ふぅ」

 恋初はヘッドセットを外し、天井を見つめてため息をつく。そして目の前にある巨大モニターから顔をそむけ、隣の部屋が見えるガラス窓を除くと扉を開きそちらへ向かう。

 そしてひとつのカプセルを開け、中にいる烈斗を確認し手を握る。

「さて、今日もやるかな」

 肘を支点に腕を上下させ、次は肩を支点に上下させと、運動をさせる。関節は動かさないとすぐに固まってしまうため、恋初は関節のひとつずつを全員分、念入りに動かす。


 一通り終わったところで自室に戻り、シャワーを浴び終わるとバスローブを纏い、髪を乾かした後ベッドへ乱暴に身を投げた。


「……あー、しんどいー」

 ごろりと転がり天井を見上げつつ愚痴る。


 スプライツはやることがたくさんある。シートに座るとたくさんのモニターやキーボードが常に周りを囲っているのは飾りじゃない。

 他のスプライツと交流し情報を共有しつつ、他チームの放送を見、自チームメンバーのゲーム内ステータスの管理をしながら彼らの本体のバイタル管理。あとはアイテムの管理も仕事だ。そのうえで外部の情報を仕入れたり、自チームの放送を見ている人への配慮とチームメンバーへ気を遣う。


 本体の体調などは急激な変化をするわけじゃないし、起きてもアラートが表示されるからある程度無視していいのだが、恋初は全てを把握しようとしている。

 友人の命を預かっているからという理由だけではない。彼らのアクションがどのように脳への影響を与えているのか、どういったデータ転送量の変化を与えているのかを知っておきたかったのだ。それがわかればみんなが強くなるのに役立つかもしれないから。


「それにしても……うーん」

 恋初はベッドから遠目で烈斗のアクセスログを見る。相変わらずひとりだけ激しくやり取りをしている。だがこの数時間前からだんだんと緩やかになっている気がしている。


 (もし私が思っているようなことをしているとしたら……私たちの勝ちだ!)

 恋初はくふふと堪えた笑いをする。


 明日から烈斗が動き出す。それからが本当の始まりだと信じ、恋初は瞼を閉じた。



 ◯◯◯◯


『────あれ? あれれぇ?』

「っかーっ! やっぱ使えねーなおい!」

 翌日、早速狩りを始めたところで恋初は困惑し、頑張は見てられないと額に手を当てる。

 烈斗が全く戦力にならなかったからだ。


 朝起きて町を出る。宿から町の外まで5分ほどだが、烈斗に合わせていたら1時間はかかってしまうため、永知が担いで運び、敵の近くまで行く。そして烈斗に槍を持たせて攻撃させる。

 攻撃モーションに入ってから突ききるまでおよそ5秒。まるでコントのスローモーションのような動きである。これではかかしでさえかわせそうだ。


「くっそー、おい永知!」

「チッ、わかってら!」

 永知は魔法陣を縦に展開させ、その中央へ手首のスナップを効かせたマレットを叩きこむ。すると銅鑼のような音が響き、空気の衝撃が刃となって風船のような丸い敵を刻んだ。

「おっ、たけぇだけのこたぁあんな」

「おかげで今日稼がねーとオレら宿無しだけどなー!」

「チッ。やりゃあいいんだろ、やりゃあよ!」


 永知はそこらじゅうで銅鑼の音をうるさく響かせる。

「とにかくレベル上げはできんけどよー、明日にゃ新しい連中来んだろー? どーすんだよ」

『どうって?』

「いざ来てみたら前のチームがまだ残ってんだぜー。いい笑いモンじゃねーか」

『これみんな見てるんだから今更だよ』

「ぐっ、そうだった……」

 頑張は情けない顔をした。未だここに残っているのはこのチームだけなのだ。


『まあうちらはうちらのペースで……ちょっと待ってて。書文が届いた』

 パタパタとスリッパの音を立て、スプライツの恋初はホバリング状態で動かなくなった。

 そしてまたパタパタと音をさせ、お待たせと告げた。

「書文ってなんだよー。まさか伝説の武術家かー?」

『なにそれ。ただの紙手紙だよ。詳しいことは言えないけど、色々情報をもらったよ』


 AIとのゲーム勝負での条件に、完成品であることというものがある。それはバグがあるから修正しますといったこともできないということであり、つまり後からAIが手を出すということはできないということだ。

 それでもネットワークはAIが支配しているため、万が一になにかをしてくることを警戒するため、紙媒体で情報を回すという手段に出ざるを得ない。それはつまりプレイヤーへ情報を伝えることもできないということになる。


「どんな情報だよー」

『言えないのもいくつかあるけど……あっ、そういえば新規の人たちが今、スプライツネストにいるらしいよ。これからVRテストかな』

「マジかよー。そうすっとやっぱ明日だなー」

 ネットワークVRへ入る前には、まずオフラインのVRで動作テストを行い、そこで様々な調整を行う。烈斗も多少はおかしな動きをしていたが、その時点までは普通であった。


「おーい、そんなとこで遊んでないでガンバさんも戦ってよー」

「……っと、呼ばれちまった。んじゃ行ってくらー。明日からのやつらに負けたくねーしな」

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