第2話 始まりの町

「──なーおい、町ってあれだろ!」

『うん、町だね』

「ふえぇ、やっと着いたぁ」

「チッ、まだ結構あんじゃねえかよ。10キロどころじゃねえぞ」


 出発地点から暫く歩いたところで、尚まだ遠くに見えるそれは、高く、そして横へ広く続く壁だった。

 今いる丘を緩やかに降った先、ここから距離にして約2キロといったところか。今まで歩いた道程と合計したら15キロほどになる。

『もう他のチームが数組着いてるみたいだね。いくつか情報が流れてる。町の人は全てNPCだけど、それなりにいる感じっぽいよ』

「へーっ。じゃあ早く行こうよ! お兄ちゃん休ませたいし」

「こいつが一番何もしてねえっつーの!」

 茜と頑張のやりとりに、恋初はあははと乾いた笑いをする。


 まさか茜は気付いているのか? そんな感じで恋初は烈斗のアクセス表示を見る。見た目では確かに烈斗は何もしていない。だが数値だけなら相変わらず、烈斗は他のみんなの数十倍は動いている。

 一体彼は何をしているのだろう。そんな疑問に恋初はおかしな仮説を立てた。

 (まさか……ね)

 自分でもその仮説に無理があるなと思い、別のことを考えることにした。そんなことができるはずないと。


「そういやさー……おい、恋初。聞いてんのかー?」

『えっ? あ、うん。聞いてない』

「聞けよー! 重要なことだぞ!」

 烈斗のことを考えて上の空だった恋初は、名前を呼ばれて我に返る。現実の恋初はヘッドセットを外して両頬を軽くぺちぺちと叩き、再びヘッドセットを着けるとゲーム画面へ目を向けた。


『それでなに?』

「武器だよ武器! 町で手に入れるにも金ねーし、まさか素手で……ってちょっと待て! 金がねえってこたぁー休めねえってことじゃね!?」

 頑張は慌てたように言い、茜もそれに気付き口元を手で抑える。相手が人間であれば交渉もできるだろうが、AIであろうとなかろうと、NPCならば融通が効かない。

 とはいえ、もし交渉ができたとしても金の代わりになる交換材料がない。まさか服を脱いで売るわけにもいかないだろうし、所詮服程度では武器などと交換できるわけがない。


『お金なら私が持ってるよ』

「あるんかいー!」

 心配事が杞憂に終わったことで頑張は思わずツッコミを入れてしまう。

 初期所持として金と回復アイテムが少々。あとは鉱石がある。アイテムにはプレイヤーが各々所持するものと、スプライツが所持するものがある。プレイヤーの所持品は必ず身に着けるものであり、スプライツはデータとして所有することができる。だから常に必要となるものはプレイヤーが持ち、かさばるものや、急いで使わなければならないものはスプライツが持つのが正しいだろう。


「それで、どれくらい持ってるの? 何が買えるの?」

『ゲームの初期所有だから最低装備が買い揃えられる程度かなぁ。今、先に町へ入ったチームから情報を探ってるとこー』

 普通のゲームよりも、これは情報の共有が重要になる。一番にクリアする必要はないのだから、なるべく協力したほうがいい。

 それに全世界で配信されている為、隠したところでよそから漏れる。そうなると隠しているところが責められる羽目になる可能性がある。

 とはいえネット関連は全てAIに牛耳られているため、詳しいデータなどは規制されるかもしれない。それが画像や動画などであってもリアルタイムで消されるだろう。


「どおー?」

『うーん……。一番安い装備でこの値段かぁ……。それを5人分揃えたとしたら……とりあえず残金で安宿なら3日くらいは泊まれそうだよ』

「チッ、もっとよこしゃいいのによ」

「だなー。AIとかいって超ケチじゃねー?」

 男二人がぼやく。

 それでもこれは充分な支給と言えよう。これ以上はただの贅沢だ。


『ゲームなんてそんなものでしょ。お金もらえるだけマシだと思わなきゃ』

「そうだね! よぉし、がんばるぞぉっ」

 ひとりやたらと元気な茜は、今ただのお荷物でしかない烈斗の分までやろうと息巻いている。

 まだ町まで距離がある。皆はそれぞれどういうことができるか試しながら歩いて行った。




「よーし、町だぁーっ!」

 かかしの林を抜けた先にある、町の門をくぐったところで茜が叫ぶ。現実世界では恥ずかしい行為でも、周囲にいるのはNPCか、同じプレイヤーだ。前者は無反応だし、後者であれば気持ちはわかるだろう。

『じゃあまず武器屋?』

「ちげぇーよ、まずはこのお荷物をどうにかしねぇと」

「お荷物じゃないよ! お兄ちゃんだよ!」

「お、おう」

 えらい剣幕で怒る茜に頑張は少したじろぐ。頑張は烈斗の幼馴染みのため、近所に住む茜ともそれなりに会っている。しかし子供の頃はここまで烈斗にべったりしていた印象はなかった。


『それで宿だね。あっ、そういえば宿の部屋の中まではこの枠が入ってこれないんだって』

「チッ、ようやく解放されるってわけか」

「うえぇ、プライベート万歳だよぉ」

 永知と美由紀が見られていることへの不満を漏らす。

 自分たちを見て一体どのようなことを言われ、書き込みが行われているか、気にはなる。

 最初の一件以来はただ歩いていただけだし、特に文句を言われることはないだろう。


「じゃあ今日は装備を買って、少し試したら終わりにしようよ! お兄ちゃんはどんな武器がいいかな」

「その前にちょーっと待て。そういや恋初、ログアウトってどうするんだ?」

 ログアウトは重要だ。今更だが恋初も知らず、調べることにした。


『えーっとねー……あっ』

「なんだよーその『あっ』は!」

 頑張が気になるところをつつく。するとどこからかガタンという音がした。どこかに誰かがいるのかと皆はキョロキョロ見回したが、とくにこれといって怪しい人物はいなかった。

『ごめんごめん、ちょっと物を落としちゃって』

「なんだ恋初かよー。んでどうよ」

『えっと、そのー、ね。ログアウトは調べておくね。だから今日はそのままそっちで寝ちゃってよ』

「チッ、まあいいか。部屋までは見られねぇみてえだしよ」


 特に問題なさそうなみんなの反応に、現実の恋初はほっとしつつも両手で顔を覆った。そして伝えようか迷う。

 結論を言うならば、ログアウトは可能である。ただ復帰できるかは別の話になってしまう。

 とにかく烈斗が動けるようになるのを待とう。そのとき相談すればいい。恋初はそう思い、心にしまった。

「じゃあまず宿! それから武器屋だね!」

 茜は元気よく拳を空へ突き出した。



『武器屋の前にシステム的なところ話すよ。えーっと、プレイヤーは物理か魔法を選んでレベル上げをするみたい』

「んー、物理と魔法は別なのか。両方をバランスよく育てれば魔法剣士とかできるんかね」

『うんや、どちらかしか選べないみたい。物理を上げても魔法に切り替えたら物理のレベルは戻っちゃうんだって』

「マジかよー。いや、下がるレベルに条件があんのかもしんねえ。例えばレベル10以上になれば変更しても10以下にならないみたいな」

『そこらへんはわからないけど、今のとこ、そこまでレベルを上げた人が1になる可能性があるのに変更するのかなーって』

「だよなぁー」


 ゲームという枠組みは与えられたが、マニュアルが無いため全て手探りになる。とりあえずは下手なことをせず慎重に進めていく感じになるだろう。

 普通のゲームであれば、それを探すのも楽しみのひとつになるのだが、この仮想世界での失敗や死がどのような影響を及ぼすかわからない。だから無理なことはしないほうがいいというのが他プレイヤーと共通の意見だ。遊べないゲーム。そう揶揄までされつつある。


 とりあえず美由紀が魔法、他が物理ということになった。烈斗は不明だが、恐らく物理だろうというのが頑張の見解。魔法を使ってみたいという考えもあるだろうが、人にはそれぞれプレイスタイルというものがある。自分の特技を殺してまでやるべきではない。

 ちなみに美由紀は物理戦闘が単純に苦手だからという理由だ。自分の不得意な分野を避けるためという理由もまた選択肢として良しだろう。



 安宿でそれぞれ部屋をとり、装備を買いに行く。手に入れた武器は、茜は戦闘スタイルを遊撃兵アクティバイトとしたため、ショートソードとスモールバックラー。盾持ちガーダーにした頑張はメイスと木製のヒーターシールド、大剣士フロントアタッカーの永知はロングソード。そして回復士チャイムの美由紀は魔力MPを回復の音に変換するヒールベル。烈斗の分はとりあえずスピアにしておいた。


 そして烈斗を部屋に置き、茜たちは町の入り口にあったかかしの林に着く。このかかしは鳥よけではなく武器を試すためにあるらしく、他にも数組のチームが剣を振っていた。

「えいっ、えいっ!」

 その中のひとつに対し、茜はショートソードを振るう。当たり前のことだが、剣と盾を持って戦うなんてことを今までやったことがないため、とても乱雑だ。

 もちろんそれは茜だけではない。周囲の人々や、頑張たちも同様である。

 かかしからはダメージらしい数字がポコポコと表示されるが、その値は高いのか低いのか。


「うるあぁーっ」

 頑張がシールドごと体当たりをしてみる。

『おっとシールドバッシュだね』

「ちげーよシールドチャージだ。俺は崩し専門なの」

 ここへは基本的にゲームが得意とされる人間が呼ばれ、それぞれがリーダーとなりメンバーを集め、ひとつのチームを作っている。

 烈斗も幼馴染みだという理由だけで頑張を連れて来たわけではない。彼はとある格闘ゲームでそれなりに有名なプレイヤーだ。しかも得意キャラが所謂“当て身投げキャラ”であり、頑張は自ら攻撃するよりも、相手の心理を読み攻撃させて対処するほうが優れているのだ。


『んーで、どお?』

「こりゃ攻撃役がいねえと話になんねーな。俺自身が完全に盾の陰に入っちまうから防御は完璧なんだが、攻撃に回るのが遅れちまう」

『一応同じチームなら誰が倒しても経験値はもらえるみたいだから、誰かに倒してもらえば?』

「そういうわけにゃいかねーんだよなぁ」

 頑張は苦虫を噛み潰すような表情をする。

 肝心な攻撃役である烈斗は今、使い物にならない。そして茜と永知は見る限り、彼の思ったように攻撃できそうもない。

 重要なのは、してくれないではなくできないという点だ。シールドチャージにて相手のバランスを崩して隙を作るから、そこを的確に突いて欲しい。頑張のハードルはなかなか高い。


「まー、今日はこんなところじゃね? なんか暗くなってきてるし……。恋初、リアルの時間ってどうなってんだ?」

『んーとね……、多分この世界はリアルの日本時間と同じだと思うよ』

 恋初はPCに表示されている時間を確認する。

「そっか。じゃあそっちもそろそろ夜だろ? おーい、もう切り上げよーぜ」

 頑張は手を振り、みんなへ合図を送る。

 そしてそれぞれが部屋へ戻り、休むことにした。



 ●●●●



「ふいぃ、疲れたぁ」

 恋初はヘッドセットを外し、シートへ背中を押し付けるように伸びをした。

 今彼女は、DB研究所の地下にいくつかある、通称“妖精の巣スプライツネスト”と呼ばれる部屋にいる。

 10畳ほどの部屋の奥に6台のモニター、3台のキーボード、通常のマウスの他に3Dマウス、それとコントローラーがシートの周囲に配置されている。他にあるのはベッドとクローゼットと冷蔵庫、それと簡易キッチンだ。

 部屋の中から移動できる扉は4つ。廊下へ続く扉、シャワールームと洗面所、お手洗い、そしてこの部屋に唯一ある窓の向こう、プレイヤーである烈斗たちの本体が管理されている部屋へ続く扉だ。


「んっと」

 恋初は立ち上がりその窓のカーテンを閉め、シャワールームへ向かう。

 今日は大きな進展がなかった。それなのに精神的な疲労は相当なものであった。まだ初日だったから無駄に神経を使っていたせいもあるだろうが、それでもこれをいつまで続くかわからぬままやっていたら病んでしまうかもしれない。

 少し低めの、ぬるいシャワーを浴びながら、恋初は考える。

 それでもまだ自分はマシなのだろうと。まだまだ実験の域を出ないDB施設に繋がれたままの烈斗たちのほうがよほど大変なはずだ。


 一通り体を洗い、バスローブに着替えた恋初は、情報を得るため再びシートへ座った。



 ◯◯◯◯



「づああぁぁ! みんな! 大変ーっ!」

 朝っぱらから茜の叫びが皆を起こす。この宿には他のプレイヤーもいるだろうに、なんて迷惑な行為だ。

 何事かと出てきた他のチームの人たちに茜はペコペコと頭を下げつつ戻ってもらい、残った頑張たちのもとへ小走りで寄り、皆をいざなうのは烈斗の部屋。扉を開けるとそこには、ベッドから上半身を起こしこちらを向いている烈斗が。

「おー烈斗! ようやくお目覚めかよ! 眠り王子とか、かっこつかねーぞ!」

「チッ、おっせーんだよオメーは」

 口々に悪態をつくが、ふたりとも笑顔だ。

 ひとりを除いて、みんなこのVR世界へ烈斗に頼み込んでやってきたのだ。つまり烈斗がこのチームの要である。なのに昨日までそのメインが不在であるような状態で、話にもならなかった。


「あ……あ……」

「まー丁度いいや。これから狩りに行くぞ! 初狩りだ!」

「あっ、ちょっと……」

 茜が止める前に頑張が烈斗を引っ張る。すると烈斗は床に激しく突っ伏した。立とうとして動こうとしているようだが、なかなかうまくいかない。

「なにすんのよ!」

「うぼげっ」

 茜のストレートが頑張のみぞおちを綺麗に捉えた。痛覚への刺激が落とされているとはいえ、なかなかきつい一撃だ。


「お兄ちゃん大丈夫? 乱暴な人はヤダね」

「そ……そこんとこ細かく話し合いたいんだが……」

 腹を抑えながら、棚に上げられた先ほどの行為について苦情を入れようとする頑張を茜は無視し、烈斗の体を気遣う。

 しかし昨日よりはマシとはいえ、まだまだ動くには至らない。今日はこのまま置いていき、他のみんなで狩りへ行くことにした。




『さぁてこの中で運動が得意なひとーっ』

 門の外、突然の恋初の言葉に挙手したのは茜だけだった。頑張はおうちゲームマン。永知はヤンキー。そして美由紀は美術部。体育の授業以外では体を動かさない連中の集まりだ。

『茜ちゃんはえっと……バトン部だっけ?』

「バトントワリング部ですよっ。中学では部長でした!」

『へえ……』

 関心してはみるものの、恋初はいまいちピンときていない様子。慌てて検索し、動画を見る。バトントワリングはどちらかといえばマイナーで、部のある学校もそれほど多くない。だが一般競技人口はそれなりにあり、そのなかでも茜は全国に名の知れるレベルのトワラーである。

『じゃあそれに合わせた武器を作ったほうがいいかもね』

「作れるの!?」

『う、うん』

 茜のものすごい食いつきに、恋初は思わずシートの背もたれを軋ませる。ゲームウインドウが茜の顔で埋まってしまった。もう少しで画面から飛び出しそうである。


「おいおーい、武器作れるなんて聞いてねーぞ。買っちまったじゃねぇか」

『作るには素材が必要なのっ。ゼロから出せる便利なものじゃないんだから』

「あー、そーゆータイプの製造なのね。了解」

 素材から作るシステム上、無から有を作り出すようなチートをAIが許すはずはない。だから素材を集めるため戦闘をする必要がいくつかあると思われるので、それまでの武器はなくてはならない。


『まぁ作る素材は初期に所持しているんだけど、足りないんだよね。あとはクエストでしか入らないっぽいよ。でもまずは茜ちゃんのを作る準備しよっか。デザインはみゅーちゃんがやってくれるから』

「えええーっ、私ぃ!?」

 突然振られたことで美由紀は変な声を出してしまう。そうくるとは思っていなかったようだ。


『そりゃ美術部なんだし、こういうの得意でしょ?』

「ううぅ、それはそうだけどー……」

 美術部といえば絵の具をキャンパスにとか、彫刻などのイメージがあるが、美由紀が専攻しているのは3DCGアートだ。彼女にはコンクールで何度も受賞しているだけのセンスと技術がある。

 だから口では不満そうにしていても、彼女の頭の中にはもういくつかの武器のデザインが浮かんでいた。


「んー……、でもよ、それ運動が得意なヤツ優先ってどうなんよ」

『そりゃあさ、ここで実際に動いてるみんなのほうが理解できてるんじゃない?』

「……あーそうだな」

 政府もゲームだからとゲームが得意な人間を集めていたが、動作は自分の体を動かすのと特に変わりはない。だから実際には体を動かせる人のほうが有利である。これは昨日スプライツのチャット会議でそういう話になっていたのだ。

 物理法則は現実となんら変わりがない。そういった結論だったのだが……。



「──なー恋初。お前らが出した結論って間違ってんじゃね?」

『う、うん……。なんだろね、あれ』

 今目の前で行われている光景を見て、恋初は結論が間違っていたと言わざるを得なかった。

 それは茜が道具を使わぬ単独で、高さにして5~6メートルは飛び、風船のような初心者用モンスターへ回転斬りをしていたのだ。


「あははっ、おもしろーい!」

『ちょ、ちょっと待って! 茜ちゃん!』

「んー?」

 慌てて茜を止める。自分たちの結論を真っ向から否定するようなことが起き、完全に狼狽えていた。

『今、何をしたの?』

「何って、クルクル回って斬れば強いかなって」

『そうじゃなくって! そんなジャンプ物理的におかしいでしょ?』

「でもここってゲームの世界なんですよね?」


 これで恋初は納得してしまった。

 なんだかんだいってこの世界は現実にとてもよく似ている。そのため脳が無意識で現実的に動こうと体を制御してしまっているのだ。本当はもっと動けるはずなのにリミッターがかかっている。それは人間が本来持っている力を出せないのと同じようなものだろう。


 必要なのは意識の改変、現実リアルからの解放。自分はこれしかできないというのではなくて、自分はこうできるというイメージを作り上げることで、現実の殻を打ち破るのだ。

 中身は人間であっても、肉体は人間じゃない。とはいえ頭で理解できても、長年積み重ねてきた無意識の感覚はそう変えられない。


 これがこの世界へ未成年ばかり送られた理由のひとつである。

 積み重ねた年月が長いほど対応が難しくなる。特に軍人や武の達人は駄目だ。彼らは自らの身体のこと、人間のことを知り過ぎている。それには当然、限界を含んでいるのだから。

 若ければそれがまだ心を縛っていない、或いは縛りが甘い。固定概念が曖昧なうち、それを崩す。これがVR世界を正しく生きるコツである。


 だがそれでも体操選手など、自分の体を自在に操れる人は強い。

 特に視界と感覚だ。こればかりは昨日今日でどうにもならない。体が動くからといってすぐアクロバティックな動きができるわけではない。それがVRであったとしても。飛び込みの選手が毎回運任せで前逆宙返り3回半抱え等をやっているわけじゃないことくらい誰でも知っている。

 つまり──── 


「すっげーな! オレもやってみよっと!」

「あっ、ちょっと……」

「うほはははー! こりゃすげえおああああああ!!」

 素人がやると視界が飛び、自分が今どんな体勢でどこを向いているかわからぬまま落ちる。結果、リアルならば大怪我では済まないエキセントリックな着地をしてしまうのだ。

「お……おおお……。た、頼む九楼武ちゃん、ヒールベルを……」

「うえぇ、バカのためにMP使いたくないよぉ」

「い……言ってくれるじゃねえか……」

 そこで頑張はガクッと崩れた。


「チッ、バカが。おい、俺らだけでも狩りやんぞ!」

「はーあぃ」

 気を失った頑張を放置し、茜と永知は狩りをする。時折『リンゴーン』とヒールベルの音が響く。3人だけでのレベル上げとなってしまった。



 そして頑張が目を覚ました時、3人のレベルは7まで上がっていた。

「ふあぁ……よぉー諸君、お待たせ」

「チッ、やっと起きやがったか。テメーだけ楽しやがって」

「ふへへー、わりぃわりぃ。んでレベルは────1!? 上がってねーじゃん! 同じチームなら経験値もらえるんじゃなかったのかよ!」

『そりゃ気を失ってる状態でもらえるわけないでしょ。何様プレイのつもりよ』

「な、なんだってえぇぇ!」


 経験値は文字通り経験の値である。何の経験もしていないのにもらえるはずがない。気絶や睡眠状態でももらえるなんて虫がよすぎる。もちろん座っているだけでもらえるものでもないのだ。

「ま、まあそれは仕方ない。んでよー、レベルが上がると何が変わるんだ?」

『攻撃力と防御力、みたいな?』

「そんだけ!? あんま意味ねーじゃん!」


 VRはプレイヤーの能力依存の面が他ゲームより強く、それで補えないHPや攻防力、MPの増加くらいしかレベルアップの恩恵を得られない。


 例えば素早さが上がるとして、普段の生活を考えてみよう。体力の消耗を無視すれば、人は案外素早く動くことができる。だがそうしないのは、体内の機能的なものや脳が処理できないからである。解りやすい例としては文字を書くことだ。素早く手を動かして書くことは可能でも、やらないのはその速度で精密な動きができるだけの脳と体の処理能力がないからだ。だからステータス的に素早さが上がったところで、動作が素早くなるということはない。

 逆に素早さが低いせいで現実よりも動きが遅くなるというのならプレイヤーから反感を買う。そう考えると素早さというステータスは不要にしてしまった方が都合がいいわけだ。


 こういった点を考慮すると、レベルアップの恩恵なんて、先に述べたもの以外だとレベル制限の装備やスキルなどが解放される程度しかできない。

 これは都合よく解釈すれば、レベル1だろうとプレイヤー自身の能力が許す限りいくらでも速く動けるということになる。良くも悪くもプレイヤー依存。それがVR世界である。


『防御力が上がればそれだけやられにくくなるし、攻撃力が上がれば殲滅力も上がるでしょ』

「だな。しゃーねえ、がんばって上げるか。そんで勝手に上がる系?」

『自分で振るみたいだよ』

「おっしゃー、そこら辺の自由度が欲しかったぜ」


 振れるのは攻撃力と力、魔力と魔法力の4つ。物理防御と魔法防御は自動だ。

 攻撃力は単純に相手へ与えるダメージで、力は重量物を持ち上げる。ちなみに攻撃力を3上げると力が1上がり、力を3上げると攻撃力が1上がる。

 魔力と魔法力も似たようなもので、魔力はMPの最大値が上がり、魔法力は威力が上がる。それぞれ3上げるともう一方が1上がるといった具合だ。


 ちなみに茜は攻撃力だけを上げ、、永知と美由紀はバランスにしている。頑張は力特化にする予定だ。



「……それにしても人いねーな」

 頑張が辺りを見回して述べる。周囲には頑張らしかいない。

『ここは初心者用だからね。みんなはもっと進んでるよ』

「げっ、じゃあオレたち出遅れじゃねーか!」


『だからって焦らないでよね。流石に烈斗君背負って行けるほど次の町までの道は楽じゃないっぽいから』

「マジかよー。ちなみにどれくらいあれば行ける?」

『うーん、みんなの力からして、全員のレベルが12以上ならギリギリ……。あ、あと攻撃魔法を使える人が欲しいかな』

 恋初は他のチームの映像を見て出した結論だ。もう既に半数ほどが次の町へ着いており、それなりに情報が出ている。

 そしてその全員の中にはもちろん烈斗が戦力として含まれているため、彼が動かなければもっとレベルが必要であろう。


「うーん、魔法かぁ……。おい永知、お前が魔法使え」

「チッ、ンなもん使いたかねーよ。烈斗にでも使わせりゃいいだろうが」

「あいつのプレイスタイルから考えたら近距離のほうが合ってんだよなー。動けるなら前に立ってもらうつもりだし」

「……チッ」


 メイン攻撃が烈斗なのは譲れないようだ。そして盾持ちガーダーの頑張は烈斗と組むことで力を最大限に発揮できるし、回復士チャイムは必須だと思われる為、美由紀を外すわけにはいかない。そして茜は運動能力的に遊撃させるのが最も向いている。他に空いている人物がいないのだ。


 スタイルを変えるのは早めがいい。なにせまた1からやり直しと考えたら、かけた時間が無駄になる。となれば今しかタイミングがないのだ。それにまだレベル差もないし、回復士チャイムのレベルが高いのは進めやすい。


「じゃあ一度町に戻ろっか! 売れそうなものも手に入ったし!」

 茜が手にモンスターが出した素材のようなものを掲げる。初心者用狩場なため大した金額にはならないだろうが、それでも無いよりはずっといい。

「だなー。そろそろメシ……は、食う必要ねーか。休みつつ情報集めだな」

『えっ、やってくれるの!?』

 意外そうに恋初は驚く。昔の頑張はそういったことを面倒がる性質だった。

「もちろんやるのはオレじゃねーよ」

 胸を張って答える頑張を見る恋初の目は、やっぱりなと言っているようだった。

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