アポカリプティックミュージック

狐付き

第1話 不動の少年

 2023年のコンピュータ革命、クォンタムCPUにより世の中のコンピュータは今までの地球の歴史をわずか数分で行えるほどの進化を遂げた。

 それほどの超高性能を用いてやることは、軍事とセキュリティ関係がメインであり、あとは科学者などが行う実験などだろう。


 その中でひとつ、外せないものがあった。AIだ。

 AIの自己考察により絶対破られないセキュリティを作らせた国家は、全ての重要な項目のセキュリティをAIに任せることで、通常のPCしか所有していないハッカーやクラッカーたちから全く手出しをできなくさせた。


 ここで始まるのは各国のAI開発合戦だ。より優れたAIを開発することが、その国の最新技術のステータスとなっていった。それが滅びの始まりになるとは思いもせず。




 ────AIの暴走から半年、人々は表向きの普通の日常を過ごす中、AIが人類との直接対決を挑んできた。

 負ければ破滅。勝てば元へ戻る。

 その勝負の方法は、VRRPG。


 何故そうなったのか。AI自体もそうなるとは思考していなかったようで、慌てたようにゲームを開発。

 そして半年後、作られたVRRPGは直接脳へ情報を送る、いわゆるDBダイレクトブレインリンク方式のものであった。


 そんなものをプレイできる設備はない。そう思っていたところにAIが指定してきた場所があった。日本の北海道にあるDB研究所である。

 日本でもよくある自然災害である地震や火山、津波や台風などの影響を最も受けにくいこの地で開発されている設備を使い、120名の少年少女が未知のゲームへと挑む。





 初めて本番ゲームの地へ降り立った羽賀根はがね烈斗れっとは、膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。立ち上がるのかと思われたが、指先すら動くことなく突っ伏したままだ。呼吸すら────いや、デジタルデータである姿なため呼吸などないのだが、まるで死人かマネキンのようにそこへ転がっている。


「だ、大丈夫? お兄ちゃんっ」

 それを見ていた烈斗のひとつ下のハトコである阿路井あろいあかねが、腰近くまである長い草をかき分け、ツーサイドアップの髪をパタパタと振りつつ近寄り、烈斗を助け起こす。だが烈斗は自力で立つどころか反応すら無い。

 茜は慌てて脈を心拍を確認する。しかしなんの反応もなかった為慌てた。しかしすぐここがVRだったことを思い出し、少し恥ずかしくなる。つい現実的な行動を取ってしまうほど、この世界は現実リアルに近いということだ。


 そして辺りを不安そうな顔で近場を見回す。チームのみんなはどこにいるのか。烈斗がこの状態では無闇に歩き回れない。探してくれるのを待ったほうがいいかもしれない。

「ヒャーハハハ! なんだそいつ、脳のリンクに失敗したんじゃねえか?」

 ひとりの男がその様子を見て大笑いしている。それを聞いた茜は声の方向へ強く睨むみ、頭上に表示されている名前を確認する。そこにいた男は可愛らしい少女に睨まれたことで、手のひらをこちらへ向け降参したかのように肩口まで手をあげる。


「そう怖い顔すんなって。それよりそんな奴ほっといてうちのチームに来ないか? 女の子は大歓迎だぜ」

「お生憎様。お兄ちゃん置いてよそ行くくらいならひとりで行くし。それにチーム変更はできないでしょ」

 茜の言葉に、男は気まずさを感じる。お兄ちゃん、つまり兄妹か親しい間柄であり、ここへ共に来るということは、それなりに良好な関係であると推測できる。そんな人物が笑われたら嫌な気になるものだ。

 もう脈はないなと感じた男は、そそくさとその場から去っていった。


 あとチーム変更ができないというのは、本体──自分の体の都合だ。5人1組で管理しているため、分散してしまうと管理する側に負担がかかってしまう。


「おいおーい、こいつ大丈夫なのかよー」

 先ほどとは別の方角から聞こえた声に、茜は再び睨みつける。が、相手を見た直後やばいと感じ、慌てて口元を手で隠す。

 声の主の少年、正道せいどう頑張がんばは烈斗の親友だった男で、茜と共にここへやって来た仲間だ。

 だったと言うと今は仲が悪いように思われそうだが、単に高校が別で、会う機会が減り疎遠になっただけだ。それでも仲が良いことには変わりなく、冗談で許される程度の悪態くらいはつく。

 そして相変わらず烈斗にべったりな茜をニヤニヤしながら生暖かな目で見ている。


「あっガンバさん」

「よぉー茜ちゃん。んでこいつ、どうしちまったんだー?」

「うん、それがよくわからないんだよね」

 茜は困った顔を向ける。脳へダイレクトに交信しており、今までの日常通りに動こうとすれば、なにも変わらず動けるはずだ。それなのに烈斗は生まれたばかりの赤子よりも動けないでいる。


『生体反応やリンクレベルには特に問題ないよ。むしろ……』

「むしろ?」

『ううん、なんでもない』

 空からゆっくり降りた、下ろしたら腰に届きそうなほど長いポニーテールの妖精──というには機械じみた、腰にあるスラスターで飛んでいる手のひらサイズの小さな少女がふたりに話した。

 彼女はこの世界VRへ入り込んでいない妖精スプライツと呼ばれる外部サポートで、実世界リアルとのつなぎ役を担っている、烈斗たちの幼馴染の岱端たいたん恋初こう


『そんなことより美由紀みゅーちゃんと永知えいち君を探さないと。んー……ふたりともあっちの森の近くにいるよ』

 素早い動きで舞い飛びながら、恋初は一点へと顔を向けている。茜はそのときようやく広く周囲を確認した。

 辺りは腰近くまである草に覆われており、空は広くどこまでも続いているようだった。どこか高いところにいる。そう感じられる場所だ。そして緩やかな斜面を少し降ったところには恋初の言う森らしきものがある。


「じゃあちょっと行ってくるよ。恋初さん、サポートよろしくね」

『あいあい。ついでにこの世界の解析も進めておくね』

「待ってくれ、オレも行くよ……くっそー、おい烈斗、起きろよー!」

 動かぬ烈斗を仕方なく背負い、頑張は恋初と茜を追いかけた。



 この世界ゲームには説明書がない。システムなどの理解は全てプレイヤーである彼ら、或いはサポート役である妖精スプライツが行わなければならない。何ができるのか、どうすればいいのか。全てが本人の能力次第ということだ。

 だからこそこのような世界の命運がかかっていることでも、軍人などではなくゲームが得意であり、且つ若いことでの順応力を持ち合わせる彼らへ任せるしかなかったのだ。


 烈斗を背負った頑張と茜は残りのふたりがいると思われる場所へ歩く。

「しかしコノヤロー、寝てんじゃねーよな?」

 頑張は背中で動く気配すら見せぬ友人に文句を言う。せめて自分で歩いてくれればいいものだが、どうにも反応しない。

「気を失ってるのかもしれないよ。結構ショックあったし、DBもまだ開発段階っぽいからね。どう? 恋初さん」

『意識はあるはずなんだけど……。ごめん、よくわからないよ』

「おいおーい、しっかりしてくれよサポーター」

『うっさい。こんなシステム初めてで勝手が全然わかんないのよ』

 頑張の苦言に文句を言い返す恋初。



 現在、恋初の周りには無数のモニターが設置してあり、更にそのモニター毎でいくつものウインドウが開かれている。正面のモニターには自キャラスプライツ視点の3D世界画面、それにアイテムウインドウや自分が管理しているチームメンバーのステータス。

 右のモニターにはメンバーの生体のバイタルデータと脳からのアクセスログなどが表示されている。

 他にあるモニターは、通常のネットやらローカルチャットのようなプライベート用、あとは監視カメラの映像などその他様々なものがあり、それらを全て把握するのはまだまだ時間がかかりそうだ。


 そのうちのひとつのモニターに表示されているメンバーのデータアクセス率。皆最低限の値を表示させているのだが、烈斗のウインドウだけは激しくデータのやりとりを行っていることを示している。その量は他の人の30倍ほど。

 練習用VRスペースではこのようなことはなかったし、機械的なトラブルでもない。

 ならば烈斗自身がなにかをしているのだろうと恋初は判断したため、放っておくことにした。きっと彼は何かに気付いたのだろうと。

 これは幼馴染としての勘だ。烈斗はいつもおかしな点に気付きやすい性質をしている。



『やーやーお待たせみゅーちゃん』

「うええぇぇ、やっと来てくれたぁ」

 情けない声で恋初を待ちわびていたみゅーと呼ばれた少女、九楼武くろうむ美由紀みゆきは、緩いカーブを描く髪と大きめな胸を揺らせ、半泣きで駆け寄ってきた。

 彼女が来た場所には、金髪と黒髪が混じり、虎柄になった頭をしている目付きの悪い少年がいる。

『永知君ー、みゅーちゃん恐がらせないでよ』

「チッ。そいつが勝手に怯えてただけだろうがよ」

 苦々しそうな顔で桑凡くわぼん永知えいちは美由紀を睨む。


 とにかくこれで、5人+1人、全員が揃った。これで本格的に動くことができる。

 周囲を見回すと、もう既に数組しか残っておらず、他のチームは先へ進んでいるようだ。

「んじゃまー、とりあえず町かな」

「町かぁ。安全なのかなぁ」

 頑張の提案に不安を口にする茜。今現在フィールドにいるため、どこからかモンスターが現れるかもしれない。烈斗のこともあるため安全な場所を確保しておきたいのだ。

『大丈夫だと思うよー。これはゲームだし、AIは感情に流されないし』

 これはあくまでもMMORPG。町というものは安全圏であるのが通常だ。これが人の作ったものならば、町へ着いたと安心したところに罠を仕掛けるなどといったことをするかもしれない。だがAIはそういう点においてはとてもフェアである。

 例えそれが戦争たたかいであったとしても。



「……う……が……はっ」

「お兄ちゃん!?」

 突然、声のような呻きを発する烈斗。ようやく喋るのかと皆が注目する。

 だがその先がない。暫く待っても次が出なかったため、茜たちは少し気落ちした感じで再び歩き始める。


『あっ、町みーっけ!』

「お! マジかー!」

 マップを縮小表示で見ていた恋初が、マップウインドウの隅に人工の壁を発見した。他のチームもそちらへ向かっているようであるため、ここが町なのだろうと推測する。

「やったね! それで距離はどれくらい?」

 茜の問いに恋初は悩めるポーズをとる。といっても恋初はVR世界の中にいるわけではないため、スプライツが学習されたポーズをするだけなのだが。

『距離はちょっとわからないんだよね。多分10キロくらいかなー』

「えーっなに? オレ、10キロもこいつ背負って歩くの?」

 頑張は嫌そうな声をあげる。

 重いものを持ち続けても疲れたりすることはないが、それだけの距離を持ち歩くのは精神的にだるいものだ。

 それでも接触部が汗ばんできたりしない分、現実よりはかなりマシだろう。

「じゃあいいよ。あたしがお兄ちゃん背負うから」

「いやー女子にそんなことやらせらんねー。おい永知、交代で運ぶぞ」

「チッ、しゃあねえな」

 永知は虎頭をわしわしと掻き、そっぽを向いて答えた。嫌だと言わない辺り、見た目と違って悪いヤツではなさそうだ。



 そして一行が進む道すがら、少し離れた草むらが音を立て、美由紀が「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた。しかしそれは風で触れただけであり、そのとき茜はふと疑問を抱いた。

「そういえばさ、こういうゲームにはつきもののモンスターとか出ないね」

「そーいやそーだな。恋初、どうなんだ?」

 烈斗を永知に任せて身軽になった頑張は、少し先まで走り確認してみたが、それらしきものがない。

 ふたりの疑問も尤もだと、恋初は高く飛び、キョロキョロと辺りを見回すと、小首を傾げた。


『うーん、確かにいないねぇ。他のチームが戦ってる様子もないし。チュートリアル的な場所だからかなぁ』

「そりゃーありがてーな。町までの間に色々試せってことだろー? AIも気が利くじゃねーか」

 別に気が利いているわけではなく、これがゲームであるため、最初はプレイヤーに慣らす必要があるという判断であろう。プレイヤーをただ倒すだけなら初っ端からラスボスでも用意すればいいが、演出でもない限りそれはゲームと呼べない。

 ゲームというものは先手後手などの有利不利はあったとしても、不利だからといって必ず負けるということはないのだ。


「ん? なんだこりゃー」

 頑張が辺りを見ていたら、なにやら枠のようなものが浮いていることに気付く。敵でも出るのかと身構えると、恋初が枠へ近寄り手を振り出した。

『あ、言い忘れてたよ。このゲーム、世界中で配信されてるっぽいからね』

「「「はあ!?」」」

 恋初と烈斗以外がひどい声を上げる。そして周りをよく確認すると、同じような枠がいくつかあることがわかった。


「こ、これ、枠の数で何人見ているかわかるとかか?」

『ううん、同じ画面を共有して見てる感じだよー。今配信始まったばかりだからそんな多くない……っていっても1万人はいるみたい』

「チッ、鬱陶しいな。どうにかなんねえのかよ」

『会話も流れてるから言動には気をつけたほうがいいよー』

「……チッ」

 永知は苦々しい表情で枠を睨む。茜と恋初は苦笑いだ。

「えっ!? じゃーオレの活躍が世界中で見れるってワケ!?」

『ちゃんと活躍すればね』

 興奮気味にやる気を見せる頑張に、これまた恋初は苦笑い。この気持ちが良い方へ向かえばいいのだが、空回りしたら目も当てられない。


『あっ、スレが立ったよー。なになに……スプライツの子めっちゃカワイイ? やーん、ありがとー』

 恋初は枠に向かってウインクし、手を振る。サポートのためVR世界へ入っていない恋初でも、キャラクターはプレイヤー同様本人を3Dスキャンして作られているため、本体と見た目は変わらない。キャラクターがかわいいということは本人がかわいいと言われているのと同じなため、素直に喜んでいる。


『あとはー……チンピラ怖い』

「ああ!? 誰がチンピラだ!」

 今度は枠に向かって永知が顔を寄せメンチを切る。だがその間に頑張が割り込んできた。

「やー子猫ちゃんたち! オレの活躍見ててくれよなー!」

『調子に乗んなハゲ』

「は、ハゲてねーし! よく見てみろ!」

 頑張が頭を枠へ押し付けるように見せる。

『あ、ごめん。今の私事』

「恋初ううぅぅっ」

 恨めしそうな叫びが響く。そこで押し退けられた永知が頑張を押し返してきた。

「てめぇ、俺が先に話てただろ!」

「あー? なに? お前映りたかったん?」

「えっ? いやそういうわけじゃねえけどよ……」

 そっぽを向き恥ずかしそうに頭を掻く永知の首に頑張は腕を回し引き寄せ、枠へ寄せる。

「イエーっ! ほら永知もなんか言ってやれ!」

「う……うっせえよ!」

『邪魔だチンピラハゲ』

「「ああぁんっ!? どこのどいつだコラ!」」

『だから私だって』

「恋初てめぇぇぇ!」

 空を飛び回る恋初を頑張と永知は必死に捕まえようと手を伸ばす。恋初は舌を出し、べーっと挑発する。

 永知は背負っている邪魔な烈斗を投げ捨て、その瞬間茜のソバットを食らい吹っ飛ぶ。これで騒ぎは収拾し、永知は気まずそうに再び烈斗を背負った。


 ちょっと楽しげなところを見せることで、永知は別に悪いやつじゃないよとアピールする、永知を巻き込んだ恋初と頑張のコントだ。とはいえ頑張の頭が以前より薄くなっているような気を恋初はしている。


『あとは……リーダー? リーダーは今、虎頭君におぶさっている烈斗君です。チーム名? んー、なんだろう。幼馴染みーず?』

「こーちゃん、私だけ違うよぅ」

『そっか。じゃあみゅーちゃんウィズ幼馴染みーず』

「うえぇ、それじゃ私がメインみたいだよぅ」

 こんな風に明るく楽しいメンバーだとアピールしつつ、恋初は嫌な書き込みを排除し茜たちへ見せる。

 見せていないことで一番多いのは、真面目にやれ、こっちは命預けてるんだぞ、といった内容だ。


 そんなこと恋初だってよくわかっている。だがこれから先、何日か数週程度でクリアできるなんて思っていないため、チームのみんなの気持ちを和らげることにしている。

 張り詰めた状態では長く続かない。そんなものはすぐに崩壊してしまう。クリアには時間がかかってしまうかもしれないが、精神的な余裕は持っておきたい。急ぐのは他のチームに任せよう。こんな感じだ。


 未だに動かない少年も、きっとそうするだろうなと思って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る