第10話 第十幕
「ベルノ様。なんだかんだで、結局百万ガロの稼ぎになりましたよ」
会議所を出るなり、ミラが言いたくて堪らなかったといった勢いで口を開いた。
「そうじゃな。だいぶ気前のいいことだ」
「気前がいいどころではありませんよ! これは絶対に何かあるんですってば!」
めずらしく興奮した様子で、ミラが口から泡を飛ばす。
「今は気前がいいということにしておくのだ。そなたが言うように、何かあるのは間違いなかろう。ワシにもそのぐらいのことはわかる。しかし、確証もないのにこの件に煩わされて、真の目的が果たせなくなってしまっては元も子もない。我々はカレン様の行方もわかっておらんのだからな。それとも、そなたには何か拘る理由でもあるのかの?」
ベルノは試しに水を向けてみた。ミラはこの件に特別な関心を持っているに違いなかった。しかし、どのような理由があるのか、それを言い渋っていることにもベルノは気が付いていた。
「……いえ。そういう訳ではございません」
ミラは呟くようにそう答えると、視線を静かに逸らして俯いた。何かを諦めるような、醒めた希望の残滓がそこには漂っていた。そんなミラの横顔を見てベルノは心を決める。
ミラが本心から何かを語るのであれば、それがどんなことであっても自分は彼女の力になろうと。しかし、ミラの様子を見る限りでは、今の彼女にはまだ迷いがあるようだった。そして、それはベルノ自身にも言えることだった。
もし、ミラの話がジアーロの、延いてはセリカ姫の意に沿わないものだとしたら……自分はどうするのだろうか。ベルノは浮かんでは消える様々な考えを、一旦すべて保留にすると、ミラへと向き直った。
「まぁ、よい。だが一つだけそなたに言っておくがの」
「はい」
ミラは顔を上げて、ベルノの眼を真っ直ぐに見つめ返した。
「ワシはそなたの味方だ。本当に困るようなことがあれば、遠慮などするな。必ず力になる」
一瞬、ミラは眼を大きく見開くと、直ぐに頬に笑みを浮かべた。
「……はい」
それは心の底からの感謝が込められた、親愛の一言だった。そんな不意に向けられた明るい感情に、ベルノはミラの顔を正視できなくなって、思わず顔を逸らしてしまう。
「わ、わかったなら早く帰るぞ」
そんなベルノに、ミラは笑いながら言う。
「今日は久々にご馳走にしましょう! ベルノ様、何が食べたいですか!?」
そう言って、ミラはベルノの袖にぶら下がるようにしてしがみついた。
日暮れ前の優しい時間が、ゆっくりと満ちるように流れていく。しかし、暗く冷たい夜の闇が辺りをすべて包み込んでしまうのに、そう時間はかからないことを、誰もが皆知らぬはずはなかった。
海津国四条宗近霧雨 藍澤ユキ @a_yuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます