拾 一つ目のお話
俺に日記を付ける習慣はないが、今日の出来事を振り返ってみる。
あぬびすのせいで眠れなかった。篠川先生に轢かれかけた。遅刻した。津雲の家に行った。この世の終焉的な何かを見た。なんやかんやあって冥界に行った。けるべろすとかいうヤツがいた。あぬびすと"契約"した。なぜアイツは舌を絡ませてきたのか、理解に苦しむ(感触?最低だったよ!)。財布を丸ごとすられた(2万5千円くらい。ふざけんな!)。そして、あぬびすのポータルで直接帰ってきた……あ、荷物。
「……散々だな」
ベッドに寝転びながら考えていた。このマットレスの謳い文句は低反発で快適うんぬんとかだったっけ。嘘つけ、最低な気分だよ。
俺は左腕を見る。
そこには、緑色に妖しく光る鉱石のような何かが埋め込まれていた。
何でもこいつは、俺の霊力を適切に管理できるとかで、とにかく大事なヤツらしい。付けられた瞬間はバカみたいに痛かったが、案外痛みはすぐ引いた。そして思った、これがあるなら初めから出せよこの駄犬。
「はあ……疲れた……いや、疲れない方がおかしいか、はは……」
自嘲にも力が入らない。とりあえず体の要求に従い、俺は瞼を閉じた。
30分くらい経って、黎次は目を覚ました。しかし、まず視界に入る筈の天井は無く、代わりにあったのは誰かの顔だった。
「……?」
初めは寝ぼけているのかと思った――そこに誰かが居るはずはないし、人間の顔というのは通常、青白くも、そして単眼でもないからだ――。意識が鮮明になってきてもその幻が姿を消さないことに気付き、そしてようやく、幻覚でないことを悟った。
「……幽霊か?」
今さら怖がりも驚きもしなかった。冥界の長とついさっき会ったのだ(しかも今やその管理者……らしい)から当然だろう。
「君、名前は?」
霊少女は答えない。首を少し傾けたまま、一つだけ存在する大きな目で、俺を見つめている。頭についている三角の白い布(天冠っていうらしい。テレビで言ってた。)がまるで猫の耳みたいにヒョコヒョコ動いている。
俺はなんとなく、少女のほっぺたをつっついてみた。少女は驚いたようで、華奢な肩をビクっと震わせた。しかしそれも一瞬のことで、今度は俺の腕を不思議そうに見つめる。指先からは、やはりと言うべきか、体温は感じられない。しかし、指が通り抜けることはなかった。
「……結構ぷにぷにしてて気持ち良いなこれ――」
ふと気付くと霊少女は半目になってこちらを見ている。どうやら睨んでいるらしい。ちょっとだけむくれているようにも見える。ただ、俺はその視線以外にも何か気配を感じた。
(まだ誰かいるのか?)
ベッドから起き上がり(そのせいで彼女はこてんと倒れた)、そう広くもない部屋を見渡す。マンガ本の詰まった本棚。1、2分遅れている掛け時計。出入りするための木製のドア。キャスター付きの青い椅子。小刻みに震える散らかった机――「何で震えてんだよ!?」
よくよく見れば、机の下には見覚えのある長髪。震源はコイツで間違いない。
「……お前か、けるべろす」
{アッハハハ……お腹痛いッス……}
「何しに来た」
笑い転げるけるべろすに俺の声は聞こえていないようで。もしくは笑い過ぎで反応できないのか。とりあえず机の下からはどいていただく。現在の気分で出来る限り丁重に(つまり少々乱暴に)ヤツの右腕を掴んで引っ張り出す。けるべろすはさほど抵抗も無くレッカーされ、床の上に大の字に寝転んだ。まだ笑っている。この野郎……
{いや、笑わないなんて無理ッスよ!「君、名前は?」だなんて何スかそれ、イケメンに限るにも程があるセリフッスよ!しかも挙げ句睨まれるとか……アッハハ、待って、また……ッハハハ}
「ぐっ…」
不幸なことにヤツの供述は全て真実である。反撃を食らわせたいが何も言い返せない。出来ることといえば、せいぜいけるべろすがここにいる理由を尋ねてヤツのバカ笑いと俺の恥ずかしさを軽減するぐらいだった。
「何でお前ここにいるんだよ、まさかわざわざ俺をからかいに来たのか?」
{ああ、それッスか、それは言わなきゃいけないことがまだあったから来たんスよ}
生意気にもキャスター付きの俺の椅子に座りながら、けるべろすはそう言った。
「で、言わなきゃいけないことって何だよ?」
{ぷにぷにほっぺの《一つ目ちゃん》のことッスよ、ほら、そこの}
けるべろすはベッドの上に仰向けで倒れている霊少女を指さす。俺が起き上がったときに倒れてそのままらしい。かわいい。
{もしかしたらとは思ってたんスけど、やっぱり予想通りッスね……いやしかし……}
「あの子がどうかしたのか?というかそもそも誰なんだ、知ってるのかお前?」
ちょっとだけ真面目な顔でけるべろすは口を開いた。
{アンタ、今からあの子を殺さなきゃならないんスよ}
「……は?」
遅れ気味の時計が定刻を知らせた。オルゴールの音色が何故か悲しげに響く。
To be 魂tinued...
屍霊術士は物足りない タイプE @Type-E
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。屍霊術士は物足りないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます