終章

「ようやく受験も終わった!!」

 昨日でようやく大学入試試験をすべて終わらし、大きく背伸びをすると修二は人心地ひとここちついた。

「さ、まだ、やることはあるぞ!」

 そう、修二にはずっと心に突き刺さった“とげ”があった。

 それは約1ヶ月ほど前、わらい橋での舞とのことだった。

 あの後も勉強で手いっぱいだったけれど、右手の傷がうずくたび、あの時の情景と自分の情けなさを思い出させるのだった。

「もっと強くならなきゃな。」

 そう思うと、これからのことを、舞にどう話そうか思案しあんしていた。

 修二自身、自分に問いかける。

「このまま自然しぜん消滅しょうめつでいいのか? 曖昧あいまいな状態で別れてしまっていいのか?」

 それは修二自身の誠実な性格が許さなかった。

「まずはちゃんと会って、あの時泣かしてしまったことや、今までつらい思いをさせてしまったことをあやまろう。」

「そして明日からいつも通り付き合っていくこと、これからはもっと舞が安心して付き合えるよう、俺が努力していくことを話すんだ。」

 と、修二は考えていた。

 修二は、右手にスマートホンを取り出すと、舞にラインを送った。

「舞、今、大丈夫?」

 すぐ返事か来るのかな?

 修二はちょっと心配だった。

「なに?」

 返事が返ってきた!

 これだけで喜ぶのはいつぶりだろう。付き合い始めて数週間もしたら、すぐ返事が来るのが当たり前になっていた。

「舞、明日、時間ある?」

「うん、大丈夫だよ。」

 修二は、

「よし!」

 と心の中でうなづいた。

「もしよかったらさ、明日、朝日ヶ丘公園の展望台で会わない? 話がしたい。」

 すると舞は、

「いいよ、何時に行けばいい?」

 と、問う。

「午後2時にしようか。」

「わかった、その時間にはいくよ。誘ってくれてありがと。」

 そのあとかわいいキャラクターのスタンプでOKマークが送信された。

 修二もにやけた顔で、了解マークのスタンプを送信した。

 修二は両手にスマホをもと目の前に伸ばし、そのまま背中からベットに横になった。

 そして修二は思った。

「まず会ったらあの時泣かしてしまったことを一生懸命いっしょうけんめい謝ろう。そしてこれから別の大学になっても、住む町が変わったとしても、俺の好きは変わらない、いつでも舞のことを見てるから安心してほしい。」

 と。

 しかし、修二の考えもまだちょっと楽観視らっかんししているところがあった。


             ※


 翌日、やっぱりちょっと早めに朝日ヶ丘公園の展望台についてしまった。

 展望台からは修二と、舞の住んでいる街並みが一望できる。あのわらい橋も眼下に小さく見えている。まだ数ヶ月は先になるが、桜が咲くころにはこの町唯一の桜の名所になる。

 約束の時間の3分前だが、まだ舞の来る様子がなかった。

 でも、本来はこんな調子なのだ。

 数十分もまたされることは流石さすがになかったけれど、いつもちょっと遅れては、

「ゴメン、待った?」

 と小さな舌をちょこっと出し、笑顔紛まぎれにことをごまかす。それが舞の常套じょうとう手段だった。

 そう思っているころに舞がゆっくり歩いてきた。

 濃い紺色のダウンジャケットにジーパンとロングのブーツ姿だった

 右手を振っている。

「あれ、いつもと雰囲気違うな。」

 と思いつつ、修二も右手を振った。

「ちょっと待たせちゃったかな。ごめんね。」

「そんなことないよ、大丈夫。」

「舞こそ平気?なんか少し元気がないように見えるんだけど。」

「大丈夫よ。心配させちゃってごめん。」

 ちょっと元気のない様子の舞に、修二は心配した。

「まだ、町が白いよ。」

 町が展望できる方向に向きなおすと、舞も修二の横にちょこんと立った。

「そうね、でも、また雪が降ってきれいな白い色に変えてくれるかしら。」

「ああ、この地域はまだ雪が降るからね。気をつけなきゃ。」

 修二はなんかチグハグな会話をしたかなと思った。

 そして、本題にしっかり入ろうと思い、舞の方向に向いて、口を開けた。

「舞、この前は泣かせてしまってごめん!」

 修二は腰を90度にまげて頭を下げた。

「あれだけ舞が一人でつらい思いをしていたのにもかかわらず、それに気づけず勉強ばっかりしてしまって・・・。 後悔と反省の気持ちがいっぱいで、とにかく今はごめんとしか言えない。」

 舞は、

「もういいわ、わかったから頭を上げて。」

 といった。

 頭を上げた修二は、

「これからは、舞との時間を一番にする。」

罪滅つみほろぼしってわけじゃないんだ。」

「いまでも、俺、舞のこと大好きだし、こんなことで別れたくない。」

「これから大学に進学した後、別の町に住んだり、別の大学に行ったりするけど、俺は常に舞と連絡を取ってずっと安心させていくんだ。」

「舞とは交際の先のことも考えられる人なんだ。」

「だからサ・・・・・・。」

「俺はこのまんま自然しぜん消滅しょうめつとかで別れたくないんだ。」

 修二は必至に自分の気持ちを言葉に変えて舞に伝えた。

 舞も修二の目をしっかり見つめ、言葉をとらえていた。

 舞が話し始めた。

「修二、そこまで思ってくれて・・・・・・アリガト。」

「私も修二のことが大好きよ。でも、今の修二の気持ちには応えられないの。」

「ごめんね。」

「今日はね、修二に一度別れようって言いに来たの。」

「?!」

 修二は声も出なかった。

「私ね、あのわらい橋であった後ずっと泣いたわ。ずっとずっと。」

「初めは何もする元気がなくて・・・。でもね、ようやく今、修二とこうやって会って話せるぐらいになったの。」

「わかるかな? もうね、私の心、限界超えちゃったみたい。」

 舞は複雑な表情でほほ笑んだ。

「修二のこと大好きなのに、感情がいっぱいになってくれないの。」

「自分でも考えたわ。そしたらね、もうあの時で私の修二に対するココロが壊れちゃったみたい。」

 笑顔とも言えない複雑な表情の舞の顔が、徐々に悲しさで一杯の顔に変化していく。

「もう今は、自分が、修二のことが大好きって本当に思っても、今こうやって修二が大好きといってくれても、壊れたココロからすべて外へ流れ出ていっちゃって空っぽになっちゃうの。」

「そしてね、思うたびに、痛いの。ココロが。」

「不思議だよね、大好きなのに・・・・・・。」

「大好きなのに思うえば思うほど心が痛くてしょうがないの、なんでかな?」

「ごめんね・・・・・・。」

「よくよく考えてみれば私のわがままなのに、自分勝手に不安になりすぎて、自分勝手に悲しい思いをして、それを修二のせいにして、・・・ほんとに・・・・・・。」

 舞は一気にしゃべると、修二の胸に顔をうずめ泣きじゃくった。

「大好きなの、修二のこと。」

「でも、今はもうダメなの。」

 涙ながらに舞は何とか言葉を引っ張り出しては、修二に話しかけた。

 修二はそのまま舞を胸に抱き、両肩にやさしく手をおいた。

 修二も泣きたいのをこらえていた。

「舞、本当に謝るべきは俺の方だよ。」

「舞の言う通り、お互い一度ゆっくり時間をかけて、自分自身の気持ちを取り戻そう。」

「それで、まだ俺のことが好きなら連絡してほしい。」

「おれはいつでも待ってるよ。」

 舞は修二の胸の中で泣きながら

「ごめんね。」

「本当にごめんね。」

 と、繰り返すのみだった。

 泣きじゃくる舞に、今の修二の言葉は届いたのだろうか?

 修二は舞の両肩に置いている手の右手を放し、修二の胸に顔をうずめ泣いている子犬のような舞の頭を優しくグルーミングした。

 それぐらいしか、今の舞にしてあげることが思いつかなった。


             ※


 最近日差しも少しずつ暖かくなり、朝起きて目覚めるのが心地よく感じる日が多くなった。

 修二は今、桜咲くこの4月、京都に一人暮らしを始めていた。無事京〇大学法学部に現役合格を果たし、学校でも英雄扱いだった。

 そんな修二は、あることを一つ覚えた。

 煙草たばこだった。

 朝起きて、窓を開けて心地いい風の入れ替えをする。

 そしてその空いた窓のサッシに腰を掛けて体半分外に出し座った。

 修二は、セブンスターの箱を開け一本取りだすと、口元にくわえ、そのまま左手で机の上にある百円ライターを取り出した。

 煙草たばこに火をつけて、煙を気管支きかんしから肺の方まで大きく吸い込むと、今度は、

「ふ~。」

 と大きく煙を吐いた。

 初めての時は、口の中でふかすのが手いっぱいだった。

 けれど、繰り返すうちに徐々に慣れていき、今では立派なスモーカーになってしまった。

「なんでこんなもの、吸えるようになっちまったんだろ。」

 そうつぶやくとまた大きく吸い始めた。

 修二が借りている部屋は賃貸アパートの2階だった。

 多少だが、眺めもとりあえずいい。そして大きく首を上げ青い空を見た。

 さらにもう一服。

「ふ~。」

 小鳥たちが数羽、群れをして飛んでゆく。最後に2羽並んで飛んでいる小鳥を見た。

「くそ! 嫌みか!」

 タバコを右手に持ち言葉を吐き捨てた。

 タバコを始めたのは、朝日ヶ丘公園での別れ話からだった。

 もともと興味があったわけじゃなかった。

 ただ打ちひしがれていた、そんな時つい自動販売機で買った、まったくよく知らない銘柄めいがらのタバコを買って吸い始めたのが初めだった。

「あの泣き顔の舞を、別れたいといった舞の言葉を、少しでも忘れたい。」

 そんな気持ちを煙草たばこという、自分自身未知数の嗜好品しこうひんが、少しでも役立つと考えたのだ。

 でも、今でも舞のことは思い出す。

 そうすると、とても切なくなる気持になる。

 舞と付き合ってた頃、手をつなぎお互い見上げた星空。あのそばにいる舞のほのかな香りとぬくもりが嘘みたいだった。

 別れ話の後の夜、きれいな星空の空を見上げると、自然と涙が出て止まらなかった。

 いつしか修二は、星空を見なくなった。

 特に2月の冷たい空気の中、きらきらとより一層輝く星々を、なぜか恨めしくてしょうがなかった。

 修二は感じていた。

「なんでこうなったのかな?」

「でも自然と変わっていき、忘れていくのかな・・・・・・。」

「どうかな? 舞。」

 修二はもう2本目のたばこを吸い終わろうとしていた。外壁に吸い終わったタバコをぐしゃぐしゃとつぶし外に捨てようとした。

「検事になる身でこれはいけないか。」

 と、つぶしたタバコを部屋の中のがら入れに向けて飛ばした。

 案の定、外してしまった。

「あはははは。」

 修二は意味もなく笑った。

 外を見ながら慣れた手つきで3本目の煙草たばこを箱から取り出すと、また口にくわえ、ライターで火をつける。

 今日一本目の煙草たばこと同じようにけむりを深く吸い込んだ。


             ※


 舞は、今日の始業式を楽しみにしていた。

 とうとう女子大生。

「うん、かっちょいいぞ!」

 この日のために、友達の智子と選んだ洋服を着て、姿見の鏡の前でポーズを決めてうなづいた。

 キューちゃんもベットの上から舞のことを見つめていた。

「大学って勉強大変なのかなあ、でもサークルとか結構楽しそうだよね。」

 そう思うと、

「わたしって遊ぶことばっか考えてんじゃん。」

 と心の中で思い、つい笑ってしまった。

 もうはた目から見たら、舞は修二よりも早くこの関係を自分なりにピリオドを打ち、今はすっきりしているように見えるだろう。

 でもこうやって姿見の鏡に立てるようになるには、長いこと時間がかかった。

 キューちゃんも一所懸命いっしょけんめい舞を応援し続けた。

 あの朝日ヶ丘公園での別れから、かなりの間まともに寝れなかった。

 そして涙がれることもなかった。

 毎日が痛くてしょうがなかった。

 でも時間というものは不思議だった。

 少しずつ、少しずつ、舞の一度崩れた心を、積み木のパズルをくみ上げ直すようにしていった。

 そして、いつしか学校に行く気になった。

 そうなると今度は、前が向けるようになった。

 大まか心のパズルが元に戻った時、友達と話して笑えるようにもなった。

 舞はそのころを思い出すと、

「時間は不思議・・・・・・。」

 と感じるのだった。

 ホントはもっといろいろな要素があったかもしれない。でも今の舞には時間が私をいやしてくれたとしか思えなかった。

「いつかまた、修二と話したり、食事とかできるようになるのかな?

 そうなりたいな。」

「今度は好きじゃなく、愛したい・・・・・・。」

 今は修二と別れたとしても、修二に対しての気持ちを前向きにとらえていた

「この先何年かかるのか、それとも永遠に来ないとしても・・・・・・。」

 舞は強い視線で鏡に映った自分の瞳を見つめた。


              ※


「舞、もう時間じゃないの?!」

 と母が一階から大きな声で舞に伝えた。

「わかってるよ!もう行くから心配しないで!!」

 舞はご自慢の服装で家を出る。

 同じ大学に進学した友達の智子ともことの待ち合わせ場所まで、駆け足でいった。

「はあ、はあ、智子!待った?」

「待ちましたよ!待った、待った!その舞ののんびり癖、何とかならない!」

「ごめん!!」

 舞は両手を合わせ、智子の前で謝った。

「さ、行こう。」

 智子に引っ張られるように歩いていく舞。

 そうすると「わらい橋」が見えてきた。

「これからこの橋わたるんだ。私初めて!」

 智子が言う。

「そうなんだ。なんか智子って子供っぽい。」

「舞には言われたくない!」

 そう智子が言って、お互い目を合わせると二人とも笑い出した。

 そしてそのまま笑顔で笑いながら、舞と智子は「わらい橋」を渡っていくのだった。




              終

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わらい橋 ソラ @ho-kumann

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