第3章

 昨日の降った雪が今日の朝にはやんで、修二は自分の部屋の窓から外に目をやる。

 2月も中旬を過ぎて本格的な寒さが続く季節だった。

 前に降った残雪の上に新雪がのり、汚れかけていた道端も綺麗きれいな白一色になっていた。

 修二は先月センター試験を終え、今は第一段階選抜時結果発表の通知を待つのみだった。

「まずはこれを突破しないと。」

 修二の心は、結果を不安視してなどいなかった。

 一つの通過点と考えていた。

「もし京〇大学がだめでも、大〇大学や神〇大学がある。どんな結果になったって、最終目標は検事になること。」

 修二はそう思っていた。とても“くじける”ということに縁遠い状態であった。

 お昼前に、郵送で結果発表の通知が来た。

 封書を開け確認する。

「・・・やった!」

 京〇大学への受験の第一通過点を突破した。

 とても大きな充実感を修二は感じていた。

「でもまだまだ、これからが本番、やるぞー!!」

 修二は大きく手を頭の上に伸ばすと同時に背伸びをした。そして

「久々に舞にあって結果報告するか。喜ぶかな?」

 修二は舞に対し、かなり単純に考えていた。


            ※


 舞は、朝ごはんを食べると

「ごちそうさまぁ」

 とあいさつをし、自分の部屋にこもった。

 まだ寝巻のままだった。

「そろそろセンター試験の結果が分かるじきかな。」

「まっ、私には関係ないことですわぁ。」

 舞自身は進学を近くの私大に決めていたので、センター試験に関係もなければ、関心もなかった。しかし、ただ一つ頭の中に残っていることがあった。

「修二、センター試験の結果、どうだったんだろ。」

 昨年末、修二から京〇大学や国公立大学を目標にしていること、法学部狙いだということを聞いた。

 そのためセンター試験受験に今集中していることも。

 でもそんなことならなんでもっと早くいってくれなかったのか、そのことが一番腹立たしかった。

 ベットの上で座っている舞は正面にいるゴマアザラシのぬいぐるみに話しかけた。

「キューちゃん、なんか言ってよう!!」

 そういうとゴマアザラシのぬいぐるみに飛びつき、抱きしめて横になると左右にぐるぐる身体を回転させた。

「ぬいぐるみの名前が“キューちゃん”とは、ずいぶんとベタだなぁ。」

 なんて舞自身もちょっと思っていた。

 ここ最近は、ちょっとした日常のことは修二にではなく、キューちゃんに話すことが多くなった。

「わたしって、ちょっと危ない人??」

 と、思うこともあったけれど、今の修二の勉強に対する熱意には、とてもラインを使って話しかけようという勇気が、舞にはおきなかった。

 でも、友達に特別話すことでもないし・・・、結局その矛先ほこさきはキューちゃんに向かうのだった。

 最初から名前がついていた訳じゃなかった。

 約2ヶ月半前、ゴマアザラシのぬいぐるみに顔をうずめて泣きじゃくったときだった。

 泣き疲れてちょっと落ち着いたとき、舞のうるんだ瞳は、ぬいぐるみの瞳と視線があった。

 なんか、ゴマアザラシのぬいぐるみは「??」と首を傾げたように見えた。

 そんなことを考えてしまった舞は、逆になんか急におかしくなって、クスクス笑い始めた。

「アリガト。」

 そういうとなぜかこのゴマアザラシのぬいぐるみが、照れてるみたいと感じた。

 それから少しずつ、舞はこのゴマアザラシのぬいぐるみに感情移入し始めた。

 そして何時いつかしらか、

「そうだ、これから君に名前を付けよう!」

 と、ゴマアザラシのぬいぐるみに、右手の人差し指で指さしてそういうと、

「う~ん、よし、“キューちゃん”で行こう!」

「うれしいだろキューちゃん、こんなキュートな私に名前付けられて。」

 そう言うと、急に舞の心の奥底にある感情が、ぎゅっと締め付けられる感じがした。

「ほんとに・・・・・・アリガトね。」

 そういうと思いっきりキューちゃんを抱きしめた。

 キューちゃんは舞にとって無二の親友になった。

 今まで以上に心の支えとなった。

 それはとても辛くて心が張り裂けそうになっていた舞をじっと見つめ、そばにいて、話を聞いてきたキューちゃんだからこそだった


             ※


 久々に修二のほうから舞へとラインが入った。

「今度の日曜日、朝日ヶ丘公園の展望台で合わないか?」

 舞は逆にどぎまぎした。

 今までセンター試験の勉強の為、ほとんど会えずじまい、ラインもする雰囲気でもなかった。その修二からラインの通知が届いたのだ。

「いいよ、空いてるし。」

「何時にする?。」

 修二が質問する。

「午後の2時にしよ。」

「おっけ!」

 修二はスタンプと合わせて返事した。

 舞は、ホントはもっとかわいげのある言葉かスタンプで返したかった。

 うれしかった。うれしいはずなのに、まともに喜べない自分がいた。

「会ってどんな話をするんだろう?」

 今まではそんなことを考えることもなく、会ってはただ、たわいもない話で笑いあえたのに今はそれが想像できない。

 こんな中途半端な気持ちは初めてだった。

「修二に会うのが怖い。」

 修二の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに対して、一つ一つの言葉に対してとても敏感になっていた。

「こんな調子で、好きだけど・・・付き合っていけるのかな?」

「本当にどんなことがあってもすっと好きでいられる自信、あるのかな?」

 前々から考えていたことだった。

 でも、考えると苦しくて苦しくてしょうがなかった。

 そして、自然と涙が無意識にあふれ、舞の気持ちとは裏腹にきらきらと輝きながらほおを伝いこぼれていった。

 そして、きっとその答えは今回会ったときにわかると思った。

 舞は改めて修二にラインを送った。

「修二、ちょっといい?」

「何、どうしたの?」

 今日の修二の返事は早かった。

「今度会う場所、違うところがいいな。」

「え?」

「どこ?」

 舞はためらいながら送信した。

「わらい橋、ダメ?」

 少し時間が空いて、

「うん、いいけど・・・、いいの? そんないつものところで。」

「うん。」

「じゃ時間は同じでいいね。」

「いいよ。」

「じゃ、またね!」

「バイバイ。」

 最後に舞は軽くスタンプを送った。

「なんとまぁ味気ないラインだこと。」

 舞は用事だけ済ますラインを今まで修二とはほとんどしていなかった。ピークのときは一時間ぐらい平気でラインでの会話をして楽しんでいたものだった。

「なんか・・・・・・やだな・・・・・・。」

 舞は、言葉にできない自己じこ嫌悪けんおにも似た感情にひたっていた。


             ※


 午後2時前、15分も早く来たのに、すでに舞は欄干らんかんに背を持たれて一人立っていた。

 白い耳宛みみあてにファーのついたセミロングのコート、パンツはジーンズだった。ジーンズの裾をちょっとロールして、カラフルな靴下と登山靴系の靴を履いていた。マフラーで顎元あごもとまで隠していた。

 時たま息をふーと出して白い息を見ながら、消えるとまた白い息を出していた。白い息が消え去っていく様子を楽しんでるかのようだった。

「舞!待たせてごめん!!」

「ううん、だってまだ2時にもなってないよ。 修二が謝ることなんてないじゃん。」

 舞は小さく首を振った。

「まったく、修二も早いよね。」

「舞を待たせたらいけないと思って。」

 修二は舞の前まで駆け寄ると広げた両足の膝に手をつき、ハアハアと荒い息を整えようとしていた。

「修二さ、どうだったの、センター試験。国公立狙いだったんでしょ。」

 舞は修二の瞳をまっすぐ見て問いかけてきた。

「ああ、うまくいった。選抜通知来たよ。あとは第一希望の京〇大学目指して頑張るのみだよ。」

 修二は答えると舞に質問した。

「舞も最近はどう?自分の志望校うまく合格ラインにのせてる?」

「うん、だって私は元から安全パイだよ、修二最初っからわかってることじゃん。心配ないよ。」

「そうか、でも最近話していなかったし、会うことも全然だったからさ。」

「ほんと、俺もさびしかったよ。」

 修二は笑顔で舞の手を握ろうとすると、舞はその手を強く払った。

「!?」

 修二は何が何だか意味が分からなかった。

「修二・・・・・・。」

 舞はうつむきながら言い始めた。

「修二はさ、自分が勉強で一生懸命な時、私と会ったり話せなかったでしょ。そんな時どうしようもなく不安になったり、離れ離れになってしまうんじゃないかって疑心ぎしん暗鬼あんきになったりしたことあった?」

「いや、俺は絶対舞なら大丈夫だと思って・・・」

「何が大丈夫よ!!」

 舞は修二の言葉をさえぎり大きな声で叫んだ。

「私はね、修二が京〇大学行くって言ったときびっくりしたよ。」

「場所だって遠いしさ。」

「今まで以上に勉強しないとだめじゃん。」

「だからさ、修二の邪魔にならないよう陰で一生懸命応援しようって、支えようって、でもそれ修二に言っちゃうと重荷でしょ。」

「だから何も言わずにそうしてたのよ!」

「でもさ、修二はそんな私に甘えてさ、ただひたすらに新しくできた自分の目標にまっしぐら、たまには『元気か?』って言葉もあったけど、ほんとに私がつらい時、気づけれた? 気をかけてくれた? そんなのエスパーじゃないんだからわからないって言いたい?」

「でもさ、それを感じ合えるのが恋人同士なんじゃないの?」

 修二は何も答えることはできなかった。

「ねえ! わたし、なんか無茶なこと言ってる?」

 舞はせきを切ったように思いのたけを修二にぶつけた。

「ごめん、舞・・・・・・。」

 正直、修二はそれしか言えなかった。

 舞がそんなに自分に関心を持ってほしかったなんて思ってもいなかった。

 修二は、舞がいつでも自分を中心に常に円周軌道上をまわっている存在だと勘違いしていた。

「俺が自分勝手すぎた・・・・・・。」

 修二は唇をかみしめ、うつむき、何も言えない状態だった。

 舞がまた口を開く。

 その時は舞は顔をあげて修二を睨みつけるような勢いで見つめていた。

「修二! こっち向いて!」

 修二は自分の視線を舞の瞳に合わせた。

「修二、私のこと今でも好き?」

「もちろんだよ。」

「じゃあ、志望校、私と同じ大学にして。」

「え?」

 修二は舞の言っていることが理解できなかった。

「え?じゃないわよ。 志望校、私と同じにして、同じ大学4年間を過ごしてよ。」

「それは・・・・・・。」

「それが無理なら、私が一番安心できる方法を教えて。」

「・・・・・・」

 正直、今の修二には何の答えも思いつかなかった。

 ちょっとした沈黙があった。

 しかし二人にとっては、とても長い時間に思えた。

 舞の瞳から一筋の涙がこぼれた。

「もう私、この不安から耐えられない。」

「楽になりたいの。 修二のことも、自分のことも、付き合っている二人のことも、安心して時間を過ごせるという約束、安心感がほしかったの。」

「でも、無理ね、修二に何も答えが出ないのなら。」

「私・・・・・・もう限界よ・・・・・・。」

 舞はこぼれた涙を手袋で拭いながら走って行った。

 修二は少し顔をゆがめることしかできなかった。

「俺は自分の進路をきめてから、ずっと舞のことを傷つけてきたのか。」

「もっともっと舞と感じあう、触れ合う時間はあっただろうに。」

「俺は結局、舞が一番とか言いながら自分の人生の通過点が一番大事だったんだ。」

 修二は膝間づくと右手のこぶしを大きく振り上げ欄干の下に積もった固くしまった雪を叩き潰した。

 ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!・・・

 と何回も何回も。

 気づいたら修二の手袋のこぶしの部分は真っ赤になっていた。

 欄干らんかんの下の雪が赤く染まるまで殴り終わった後、修二の瞳にも涙があふれ始めて、絶え間なく流れ始めていた。

 そんな涙でにじんだ瞳で顔をあげると、欄干についている表札を見た。


『わらい橋』


「僕はここで舞を泣かしてしまった。」

「『いつもここでは笑っていような。』って約束した自分の決心も守れなかった。」

 修二はただその場に膝まづき涙を流すばかりだった。止めどなく流れ、修二はその止め方がわからなかった。

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