第2話 夜明けをみるもの

 大都市アハテに向かい旅を続けている、シルクとマリモト。最短ルートで進んでいたため森の中。辺りはすっかり暗くなっており、火をおこし、テントを張って、もう7回目にもなる野営をしていた。夕飯も食べ終え、二人はコップを片手に焚き火を囲み、一息ついていた。シルクは顔に照りつける熱の感覚を楽しみつつ、口を開いた。


「それにしても……世界は広いんですね。歩いても歩いても先がある。世界の果てなんてあるんでしょうか」

「……シルク、世界が広いことには共感する、が、この世界が丸いことを知らないわけではあるまいな」

「馬鹿にしないでください。流石に村の学校(馬小屋規模)でもそれくらい習いましたよ。ただ、感じたままの果てしなさをぶつけただけです」

「そうか……ぶつけられてもな?」


 気づけば二人はすっかり打ち解けていた。最初の二、三日こそ、シルクは新たな可能性、マリモトは男色であるという妄想に勝手に怯えていたが、特にそんなそぶりもなく、気のいいおっちゃんだったため、今では警戒心も預けてしまっているほどである。

 そのせいもあってか、周りからにじり寄る殺気にシルクはまるで気づいてなかった。マリモトはそんなシルクに呆れながらも、変わらぬそぶりで様子を伺うことにした。


「……またそのマメを植えているんだな」

「ええ、明日の朝には生えますから、朝飯にしましょう」

「相変わらず謎の植物だな……。あと、私は食えんと何度言えば分かるんだ。それには魔を滅する力が宿っているからな。また痺れながらリバースするおっさんを見たいのか」

「そうでしたね。このニョビマメは村では家の畑だけで育てていたんで、まあ特別なものかもしれません。親からしつこく、このマメだけは毎日食べろと言われていたんで、魔物の血を抑える意味があるんですかね。まあ、それとは別に普通に好物なんでこうして持ち出したんですが」

「魔物特有の雰囲気は確かにほとんど感じない。現に私がシルクからブレイジャの名を聞くまでは、その体に魔物の血が混ざっているなんて分からなかったくらいだからな。十分効果を発揮している」

「なるほど」

「伝説を知るものは少なくなったが、あまりブレイジャの名は出さんほうがいいな。私の名前でも貸すか」

「確かにもはや父親のように慕ってはいますが、流石に嫌ですね」

「例えだ例え」


 シルクはポケットからマメを取り出し、繁々と見つめてから口にほうった。ぽりぽりぽり……しゅぴっ。

 その脈絡のない音に、シルクははっとし、マリモトを見た。マリモトは気だるそうに首筋に刺さった小さな針を抜き、呟いた。


「どうやらやる気らしいな」

「だ、大丈夫ですか」

「毒なんだろうが、あのマメよりは平気だ。ただお前さんに当たると面倒だから、伏せていろ」


 シルクを地面に這わせると、マリモトは焚き火の明かりが届かない暗がりへとずいずい歩いていった。

 しばらくして、シルクの元に一つの人影が近づいてきた。シルクが見上げると、毛皮を着た汚らしいおっさんが立っていた。その手には猟銃、そして腰には吹き矢らしき細長い筒があった。


「おっと、安心してくれ。あんたに危害を加える気はねぇ」

「あったとしても、大した抵抗はできませんよ。なんでしょうか」

「一緒にいた、あの東の僧の格好をした大男、俺には分かる。ありゃ変化した魔物だぜ。悪いことは言わねぇ。ここから去りな」

「なんでですか。彼はいい魔物ですよ。そもそも魔物の悪意の削がれたこの世界で、悪い魔物なんていないでしょう。なにか都合の悪いことでもあるんですか?」

「兄ちゃん知ってたんかい。それに、ど田舎の出だな? 今日日、魔物に好き好んで近づくやつはいねぇ。なんせその封印がもうじき解けるかもしれないとかいう噂が流れているからな」

「!」

「ここ数百年、誰しも不安に思っていたことだが、こんなに国中に広まる噂にはなったことがなかったからな。ちょっとした騒ぎになってんだぜ。上の連中は根も葉もない噂だと民をなだめるだけだけどよぉ。俺は火のないところに煙は立たないと思っていてな、こうして敵対される前にあらかじめ


 汚らしい男は身に着けている毛皮をなで、笑みをこぼした。シルクはこの辺りで他の魔物を見かけていなかったことに気づいた。


「今頃、同志があの大男に化けた魔物をやっているだろうよ。だからいつまで待ってもやつは戻ってこねぇ。俺は親切心で言ったんだ。そんなやつ待たずに、ここから去りな、とよ。ああ、日が昇ってからでもいいか」


 シルクは男に掴みかかっていた。


「あなたは、明日殺されるかもしれないと思ったら隣人でも殺すんですか?」

「おいおいおい、俺らは国のため、人のためにやってるんだぜ。そりゃこんなこと見つかればしょっぴかれるが、酌量の余地はあるはずだ。ガス抜きだよガス抜き。それにあいつら魔物は事情が分かると自ら命を差し出してくるんだぜ。ロボットと変わらねぇ。罪悪感に苛まれる必要もないね。

「ロボットは感情の発生が認められ自治権を授かったくらいなんでしょう? 引き合いになっていませんよ。そもそも欠けていても魔物だって僕らと変わらない命ですよ。いたずらに奪う権利は誰にもない」


 殴りかかろうとするシルクの腹に銃身が添えられ、その行動は止められた。


「変わった兄ちゃんだな。ひょっとして育ての親だったのかあの魔物。だとしたら悪かったな。危害を加えるつもりはなかったが、そんなに寂しいなら一緒に送ってやってもいいぞ。そうだな、あの魔物が兄ちゃんを殺したことにすれば俺らも動きやすくなっていいかもなぁ?」

「もし悪意を取り戻した魔物がいたとしたら、あなたのような人なんでしょうね」

「まさか、これは正義の行いだぜ。尊い犠牲になれるんだ、教科書にも載れるかもなぁ」


 腹に銃弾を打ち込まれようと殴ってみせると繰り出したシルクの拳は、空を切った。どさりと、急に目の前の男が倒れたからだ。


「まさかお前さんにまで手を出すとは思ってなくて、焦った焦った。どうだ、怪我はないか」


 汚い男の背後からマリモトが現れる。その姿を見てシルクはほっと胸を撫で下ろした。


「ええ。しかし、どうやったんです? 人に手を上げられない設定はどうしたんです?」

「出たな質問。ああ、なんてことない。術で寝かしつけただけさ。もう夜だ。早く寝たほうが明日のためになるだろう。善意しかない」

 

 その理屈には首を傾げながら、シルクは足元のうつ伏せの男を足でひっくり返す。確かに寝息を立てていた。


「便利なものですね。そのじゅつとやら、自分にも教えてくださいよ」

「こちらでは魔法だったな。その適正があればそのうちな」

「はい。そういえば知っていましたか? 封印が解けるかもしれないという噂」

「ああ、もうここまで流れていたのか。通りでこんな輩が沸いているわけだ」

「僕は少し、人間に呆れてしまいましたよ」

「…………勇者も、そんな気持ちだったのかもな」

「?」

「いや、こんなやつが全てではないだろう。それに、魔物を狩らんとする心理も分からんでもない。不安なんだ。誰も、からな。言い伝えだけでしか分からない。だからいつ反旗を翻すか分からない不安分子は無くしたい、と」

「でも、今生きている人間は誰しも悪意のない魔物しかいない世界で育ってきたんですよ。これが当たり前、これからもそうだったんだからこれからもそうなのでは、と割り切れないものなんですかね。平和に過ごせてきた事実もこんな噂でひびが入るなんて、脆過ぎる」

「封印を解くかもと言っていたこと、後悔したか?」

「……いいえ。まだ分かりません。なおさら封印の祠には行かねばと、封印がどういう状況になっているのか確かめねばと思い直したくらいですね」

「そうか。ま、なんにせよ我々も寝るとしよう」


 それを聞いてぎょっとするシルク。思わず足元の男を蹴っ飛ばし言う。


「え、ここから離れないんですか? こいつが先に起きるかもしれませんよ」

「心配ない。私が術を解くか、その蹴りの数倍強い刺激を与えない限り、丸々一日寝るからな。ここ一帯にいたやつは寝かした上、殺気があればすぐ起きれるから寝ても大丈夫だ」

「丸々一日……やはり悪意を持ってして行ったとしか」

「魔物狩りに励んでいたようだし、ゆっくり休めていいじゃないか」


 すれ違いざまにシルクの肩に手を置き、マリモトはそう呑気に言いった。そしてわざとらしく伸びをして、テントに入って行った。

 シルクはその場から動けずに立ち尽くしていた。なんてことなく言っていたようだが、マリモトの表情にどことなく陰りを感じたからだ。マリモトに混ざっているという人間の心が、ささやかにでも憎しみ、悲しみを叫んでいたのだろうか。そもそも、悪意、と纏められてはいるが、魔物は一体具体的にどれだけの負の感情を削られているのか。

 シルクはそんなことを悶々と考えながら、結局、朝日を拝むまで起きていた。近くに植えていたニョビマメもすっかり腰の高さくらいになっており、7、8個のふっくらとした鞘をつけていた。そんなニョビマメを尻目に、目の前のとっくに消えた焚き火の燃えカスを枝でつつきながらぽつりとぼやく。


「この体調でまた果てしなく歩くのか……頑張ってこんな世界転覆させなきゃ」


 冗談交じりのつもりだったが、自分でも本気なのか冗談なのかよく分からなくなっていた。

 貫徹しようと旅は続く。まだ、大都市アハテへの道中である。




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