ひねくれファンタジアラ

エフ氏になりたかった豆

第1話 平和を乱すもの

 紹介文という名のプロローグを経て、シルクは故郷、マリッポウ村から徒歩18分のナリィノ村へ来ていた。ナリィノ村もマリッポウ村と大差ないど田舎村だが、酒場がある分ほんのり栄えていた。

 ほぼ逃げ出すように冒険に出たシルクは、持ち物といえる持ち物は、勇者の剣とされる錆の塊と、勇者の書という薪代わりと、ポケットに入っていた数粒のにょびマメしかなかった。圧倒的物資不足である。どうしても近場のこの村に寄らざるを得なかった。しかし。


「スライムを殺せなかった……」


 ので、通貨であるコヅーを1枚も持っていなかった。家計が苦しく、お小遣いという概念はなかったため、持ち出すことも叶わなかったのだ。

 やはり、あのときスライムをやっておくべきだったか、いいや、間違ってはなかった。そうだ、頑張ろうと、シルクは前向きに行くことにした。

 まずは質屋に来た。重くて邪魔な錆の塊を押し付けて、資金源を確保しようと試みた。結果は逆に処分料を請求されてしまった。確かにこのレベルのゴミでも最近では不法投棄で処罰される法が出たらしい。不用意にゴミを抱えたがらないのも仕方なし。

 ゴミは引き取り、シルクは無理かなあと思いつつ、代わりににょびマメを一粒差し出した。すると同情するかのように100コヅー硬貨と交換してくれた。

 これで酒場でミルクでも飲み、情報や、もしかしたら仲間を集めることができる。シルクは酒場へ向かった。


 真昼間にも関わらず、酒場は賑わっていた。近隣の酒場のない村からのんだくれが集まっているのもあるが、行商人が集まり、ちょっとした市をやっている人だかりも見受けられた。本来行われるであろう広場は、耕しちゃっていたからだろうか。

 シルクはバーのマスターらしき人に100コヅーを出す。


「これで飲めるとびきりをください」


 マスターは何も言わず、なみなみと水の入ったコップを出し、100コヅーを取った。シルクは眉をしかめ、水を飲み干すと、入場手形代わりのコップを手に、奥へと進んだ。

 とりあえず、世界の果ての祠の情報を訊いて回ることにした。ありがたーい勇者の書は、この村に来るまでに読みきったが、内容はこの魔物を殺せ、弱点はこれだ、手ごたえを感じなくなったら次はこいつだという殺戮教本でしかなかった。世界の果てのことも、封印のことも全く書かれていなかったのだ。当たり前か、解かれては困るからだ。

 悪意なんて、なくていい。そう、なのか。初めて村の外に出て、初めて出会った、無防備にも善意だけで対応してくれた魔物たちの顔が浮かぶ。愛想よく笑っていて……そして、どこか虚ろな。


「封印の祠か。お前さんは、そこに行ってなにをする気だ?」


 シルクはハッとした。どいつもこいつも、知らないだの失せろだの、あまりにもひどいことを言ってくるので、心を無にし、マシーンのように同じ問いを繰り返していたのだ。ようは完全に気を抜いていた。慌ててその初めてまともに取り合ってくれた人物を見る。大きなキリの箱を担いでいるが、行商人ではなさそうだ。東方の……僧というのがこの格好だったか。やたら図体がでかく、顔も険しいおっさんだった。おっさんの座る、小さな丸テーブルの向かい側につくよう促されるまま、シルクは席に着いた。


「封印がしばらく解けないか、確かめるんですよ。封印が解けたら大変でしょう。また世界は闇に包まれますよ。僕は封印を施した勇者の末裔らしいんでそれを確かめる義務が、あるような気がするのです」


 シルクは勇者の証として背中の錆の塊を見せようとしたが、寸でのところでやめた。


「解けそうだったら、封印し直す術を知っているのか? ないだろうな、祠の場所も言い伝えていないようだしな」

「その通り分かりません。その場に立ったら血が目覚めて分かるようになるかもしれませんし、あるいは、解けかけた封印を見過ごすか、解こうとすらするかもしれません」


 突然、僧の大男ははじけたように笑い出した。周りの客がなんだなんだと目を見張る。


「いやあ、すまない。ふっふっふ。これは王国軍か医者に引き渡すべきだろうなあ。いやいや、惜しい。愛しい。このを摘むことは、未熟な私にはできない。お前さん、名前は?」

「シルク。シルクニーレ・ブレイジャ・ヒヒカネクニです」

「…………。私はマリモト・ぼんずい・リモク。見ての通り旅の僧だ。興が乗ったので、今日からは君の旅のお供にしていただきたい。どうかな? シルク」


 シルクはどうにも腑に落ちなかった。確かに旅の仲間ができるのは願ったり叶ったりだ。しかし、あまりにもテンポがいい。うまくいきすぎだ。自分で話したこととはいえ、確証のないホラ話のようなことをなぜこの大男は信じたのがわからなかった。さらには、この大男にメリットがあるようにも思えなかった。話を適当に合わせ、同行し盗みを働くにしても、酒場で空のコップで粘るような、錆の塊を担いだ変なやつを標的にするものなのか。

 シルクが黙っていると、マリモトは察したように話し出した。


「そうそう、最初の問いに答えていなかったな。私は、世界の果てにある、封印の祠の場所を知っている」

「え」

「私もお前さんと同じで、この世界に疑問を抱いて、遠い昔、世界の果てを目指したのさ」

「それで、たどり着いたんですか、封印はどうなっていたんですか」


 身を乗り出すシルクをマリモトは軽くなだめる。


「おいおい落ち着け。そう急くな。子どもでもあるまいし」

「17は子どもでしょう。父にも言われました」

「……まあ辛くないならその姿勢で聞け。警備も何にもなかったんでな。祠にはたどり着いた。だが、中には入れなかったんだ」

「警備する必要もない……。封印の祠自体も、封印されていたんですね」

「……そういうことだ。ここでは……まあ与太話だと思われるから言ってもいいか」


 シルクは身を乗り出したままごくりとつばを飲んだ。


「封印の祠を解くにはまさに、封印を仕掛けた勇者の末裔と、勇者に賛同する4種族の仲間が必要なんだ。つまり、鍵の1つはお前さんだよ、シルク」

「……!」

「私の目的を言ってしまえば、諦めた夢の続きをまた見るためなんだよ」

「……」

「まだ渋い顔だなあ?!」

「いえ、だって、その話も嘘だとしたら、ですよ」

「まあそうか。でも見た感じお前1コヅ無しだろ」

「はい」

「旅費や食費は私持ちになるな?」

「それですとありがたい」

「嘘ついてなんで小僧の面倒見ながら旅せにゃならんのだ」

「なんで嘘をつくんです?」

「嘘じゃないってことだ!」

「ああ!」


 シルクは思った。本当か嘘かどちらにせよ只で旅ができれば当面はそれでいいと。


「マリモトさん。同行の件、こちらからよろしくお願いします。ちなみにですが、後何人、何の種族が必要なんです?」

「確かに最初にすることは仲間集めだな。封印の鍵は勇者含め5人で、1人はとりあえず用意できるから、あと、二人だな。『中立気取ドラゴンり』と、『やられまものの道化』だよ」

「……なんでまだ嘘をつくんです?」

「私がドラゴンか魔物だと? なぜそう思う」

「魔物でしょう? 魔物も人に変化できるやつがいるらしいですね。さっき読んだ本で知りました。引っかかったのは、初対面なのにやけに親切だし、道中会った魔物と同じ目をしていたことです」

「……こんなことを知っているかい? 魔物は人を傷つけるようなことができないんだ。もし、悪意なき事故だったとしても、人を傷つけたその罪の意識で己が命を絶つ、とね」

「なんかそんなこと道中のやつらも言ってましたね、それが……」


 マリモトは徐に立ち上がると、隣でテーブルにうつぶせになっていた客の頭を掴み、そのままテーブルに押し付けるよう力を入れ、テーブルを粉砕するだけでなく、掴んだ男の頭を床まで叩き付けた。床にじわりと血が広がる。それまで賑やかだった酒場が一瞬で冷え切った。


「騒がせてすまない。つい悪口を言われて頭にきてしまった。すぐに出て行くよ。マスター受け取ってくれ、テーブル代と迷惑料。あとこっちは手間かもしれんが、あの男が起きたら渡しておいてくれ、治療費だ」


 マリモトはカウンターに三つの子袋を置いてすぐさま去った。

 シルクはカチンコチンになりながら、颯爽と酒場を出て行ったマリモトの後を追う。




 追いつくとシルクは開口一番「やりすぎでは?」と言った。

「渋い顔のままでいられても困るからな。これで疑念を晴らしてくれれば安いものさ」

「疑念は深まりましたよ……なんでまでするんだろうって」

「……参ったな」

「こっちの台詞ですよ。場合によってはここで解散させてくださいよ」

「分かった分かった。白状するさ。さっき床に叩きつけたのは私が用意できる仲間、『血肉なきロボットうもの』だよ。残念なことに、我々魔物はロボットを生き物と思えないらしい。傷つけても平気だ。もっと後半で明かして、あっと驚かそうと思っていたんだがな。そう、私は魔物だ」


 マリモトは魔物の姿を見せようとしたのか背負っていた箱を下ろし、まだ村の中であること思い出して、背負い直した。


「どこでボロを出したかな。ロボだけに」

「人間が荒んでいるとはいえ、流石に見知らぬ相手にあそこまでやりませんよ。適当な誰かを吟味する様子もなく、迷わず突っ伏した男を目標にしていましたし。なにかあったらこいつ! と心に決めていた感じですよ。あとは迷惑料とかのお金ですね。。そのへんから仕込みじゃないかと。店を出てから思いました」

「用意周到すぎたか。暴力は……人は魔物にもっと理不尽でえぐいことをするからな、あれでもいいかと思ったんだ。ああ悪い、お前さんに当たることじゃないな」


 シルクは簡単に身を捧げたスライムを思い出す。自分がもう少し悪意を持っていたら……簡単に殺していただろう。


「まあ道中長いんだ。とりあえず人のいる大都市アハテに向かいながら話そう。あそこならその錆の塊をどうにかしてくれる鍛冶屋もあるだろう」

「とりあえず認めてくれたので、そう、しますけれど」

「けれどなんだ?」

「とりあえず行きましょう」



 2人はナリィノ村を後にした。村が小さく豆粒ほどになり、辺りに背の高い木々が生えてきた頃、二人は会話を再開した。


「ここらでいいか。別に決められているわけではないが、流石に白昼堂々、人里で魔物の姿を晒すのはいかんのでな」


 マリモトは箱を下ろし、被り物を取り、上着まで脱いだ。気がつくとマリモトは緑の棘の、人型ハリネズミになっていた。


「キュートですね」

「一応、魔物殺しの勇者の末裔だからな。最初に仲間になるのが魔物とは複雑だろうと思って、伏せておきたかったんだが、余計に不審を招くだけだったな」


 マリモトはすぐ姿を戻してしまった。せっせと服を着直す。

 

「別に構いませんよ。先祖は魔物殺しだったかもしれませんが、人を守るため、仕方がないことだったと思います。僕は、魔物は、今とは違う形で人と、共存できないかなと少し考えています」

「ふむ。普通は、心のどこかで魔物に悪意が戻った場合、襲われることを考え、距離を置いたり、異様にに恐れたり、歯向かわれる前に虐げようと思うものなんだが。これだけ魔物に寄り添う考えなら、……いや、いや、まだ早いか」

「まだなにか隠しているんですか?」

「うーん、これもまた後出し予定だったが仕方ない。実は私の中に人間の魂が少し混じっていてね、そのせいで少し悪意が混じっているんだ。おかげで他の純粋な魔物と違って、この世界に疑問を持てたということでだったんだよ」

「なるほど、そうだったんですね。で、それと僕が魔物に寄り添う考えだということとは関係ないやつですよね」

「つまらん話さ。聞かないほうがいい。これは忠告だよ。いずれ、自然に分かったほうが、君の精神衛生にもいい。物語としての引きになる」

「…………」


 シルクはあらぬ方向へ歩き出そうとする。マリモトは呆れきった様子で呼び止める。


「分かった。教えよう。行かないでくれ」


 シルクはしてやったりと笑顔で戻ってくる。その笑顔をゆがめなければならないと思うと、マリモトは気が重かった。


「口を滑らせた私が悪い。恨むなら私だ。いいね? 間違っても父上母上を恨むんじゃない。お前さんは柔らかな皮膚を持ち、暖かい血が流れているな?」

「はい」

「つまり、ロボットじゃないと、そういうわけだ。ちなみにドラゴンでもないな?やつらも人に化けることができるが、その宝玉のような瞳と傲慢な態度は隠せない。その様子もない。よし、ここからだ」


 シルクは嫌な予感がした。これは確かに、知るには早すぎたかもしれない。


「復習だ。私の種族は魔物。そして魔物は人、まあドラゴンもだが傷つけることが出来ない。どんなにひどいことをされてもだ。ここで問題、私はおまえさんを殴れるか否か」

「それは……」


 言いよどむシルクにマリモトは拳を振りかぶり、「答えあわせだ」といって、シルクの顔面をその拳で歪ませた。

 シルクは倒れた。殴られた衝撃と話の展開的に早すぎる衝撃を受けノックアウト。一方マリモトも激しく呼吸を乱し、なにやら呪文のような言葉を何度も述べ、ようやく落ち着いた。


「……私はおまえさんを殴れる。だが」

「僕は魔物だったんですね」


 倒れたまましょげくれたシルクに、励ますようにマリモトは言う。


「あたりだ。そしてはずれでもある。人と魔物のあいのこだよ。でなきゃただの魔物をぶって、ここまで私が取り乱さないよ。あくまで人の悪意が混じった魔物わたしと、魔物が混じった人間おまえさんだからこそ起こりえた結果というわけだ」

「なぜ僕に魔物が混じっていると気づいたんですか。……僕に魔物の血が混じっていなかったら、マリモトさんは死んでいたんですよね」

「そうさな、ないはずの黒い感情におぼれ、自殺していただろう。そう、確証があった。『ブライジャ』という職名、勇者の血筋。つまらん話といったはずだ。魔物を駆り殺し、あげく悪意を封じた勇者はその魔物だったんだよ」

「僕は……」

「お前さんは肯定したな。冷徹な同属殺し血ではなく、暖かい血が流れていると。変なシリアスはいらない。明るくいかないか。私たちは歪に歪んだ世界を、今よりましにしようと、歩み出しているんだ」

「1つ教えてください。もう、ひとまずこれで最後です」

「……なんだ」

「人も魔物も良しとしていない、重罪の1つになっているな。私自身を棚に上げて、お前さんを突き出すだのなんだの言っていたのはそういうことだ。魔物が魔物を傷つけられる理由の一端だな」

「……」

「これは今の世界ではの話だ。気に食わなければ変えればいい。その力があるからな」


 マリモトはいつまでも寝ているシルクに手を差し伸べた。


「人間との衝突は必至ですね……」

「安心しろ。お前さんは随分人間寄りだ。最悪、人を傷つけても、良心まものの呵責が他人より大きい程度、なはず」

「皮肉ですね。魔物の心が良心になるなんて」


 シルクは自分より一回りも二回りも大きな手を掴み、起き上がった。


「いいじゃないか。どうせ先祖が勝ち取った平和をぶち壊しにいくんだ。皮肉で、ひねくれていて、丁度いい」


 2人は歩き出した。


「仲間と言ってもお金で雇うとかではなく、賛同者でなきゃ駄目なんですよね……」

「世の中広いからすぐ見つかるかもしれんぞ。私は一番の難関、勇者の末裔探しで諦めたが、今回はもう初めからいるし、楽勝だな」

「その前に王国軍に見つかるかもしれませんね」

「はっはっは、そりゃいい。牢屋にぶち込んでもらえればたくさんの反乱分子にあえるからなあ」

「その時は二手に分かれましょう。旅なれているマリモトさんが捕まり、僕はしゃばで待ってますよ」

「捕まったことがなければ、一度捕まってみることを勧めるよ。おん……空気と飯がうまくなるからな。出ることが出来ればの話だが」


 この先、どんな困難が、どんな強敵が現れるか分からない。世界が本当に間違っているのか、変えようと思うことが間違いなのか。旅路の終わりに、ハッピーエンドが待っているかも怪しい、そんなひねくれた物語。おっさんが仲間になっただけで、まだまだ始まったばかりである。

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