第5話 嫌な予感しかしない結末
「…無理、普通に無理難題」
僕は情けない声を上げながら、自室の椅子に凭れかかった
薄暗い部屋の中で、パソコンの明かりがだらしない姿の僕を照らしている、目が悪くなるからよい子は真似しちゃダメだぞ。片倉先輩のセンスに則った服をインターネットで探してみたが、どれもイマイチなものばかりだ。勿論ライオンのパーカーや般若心経のTシャツは結構ある、寧ろ画像検索でこんなにも種類があることに驚いているくらいだ
だけど、どれも単品だったらそこそこ見れる、みたいな感じのものが多い。ライオンと般若心経のマッチングはおろか、他の物と混ぜるのも難しい
「なんか、ケーキとラーメン見ている気分だ」
単品だとおいしいのに、少しでも別の何かを混ぜると、一気にゲテモノに変わる
「いや、混ぜる前からゲテモノか、あの服は。それにラーメンやケーキみたいな、万人受けするものでもないしな」
そう考えると、ラーメンもケーキも偉大だな。万人受けするって、商品の完成系だよね
まぁそれはさておき
「片倉さんにあんな大見得を切っちゃったからなあ、今後の関係性を考えると、ここで失望をされたくはない」
いや、関係性とか変な下心を抜きにして、ダサい服にあんな信念を持っている人に協力したい、という気持ちもある
「…難しいのは分かっていたことだし、もうちょっと頑張ってみますかね」
椅子に座り直し、マウスを用いてパソコンの画面をスクロールさせる。般若心経Tシャツの画像集のページが動き出す
「にしても、般若心経に限らず、お経って妙な威圧感あるよな、それこそライオンに負けず劣らずの。片倉先輩のあのコーディネートは、かなりダサいけど、印象が全部ライオンに持っていかれるってことはなかったな」
それが良いか悪いかは置いといて、バランスはとれている…のか?どっちも主張が強すぎて、とてもそうには見えないけど
「まぁバランスがとれていようと、その結果があれじゃあね」
僕は苦笑いを浮かべた
「なんかごついよなぁ、お経って」
いやまぁ、お経に何を求めているんだとか、その他諸々色んなところから怒られてしまいそうだけど、Tシャツとかで商品展開している以上、ある程度の発言は許してほしい
「その点、海外の葬式って、天使とか神々しい神様とかが舞い降りて、何かと華があるイメージなんだよなぁ」
馬鹿丸出しの発言だが、イメージの話だし別に良いか
「天使のTシャツとかだったら楽なんだけどね」
ハートとか翼とかがプリントされていれば良いんだし、普通に可愛いと思う
……あ、そうか
僕はひらめいたアイディアを手元のメモ帳に走り書きをし、インターネットの検索ページに、思いついた単語を入力した
「納得してくれるかはわからないけど、多分これなら片倉先輩から反論は来ないぞ」
頭の中で、僕に尊敬の眼差しを向ける片倉先輩を想像し「ふふ、ふふふ…」と不気味な笑い声を薄暗い部屋であげた。その笑い声が原因げ家族会議が行われたのは、また別の話である
そして時は流れ翌日の放課後
昨日同様に、部室棟のファッション部の部室に足を運んだ
流石に夜中に服を調達することはできなかったため、画像をカラーで印刷した資料となっているが、一夜にしてはよくできた方だと思う。僕は手に持っている資料に目を落とし、満足気に頷いた
「プレゼンの内容も授業中にしっかり考えてきたし、準備はばっちりだな」
授業はちゃんと受けろよ、的なそんなお叱りの声が聞こえてきそうだが、今日日真面目に授業を受けている学生なんていないでしょ。試験に出そうなところだけ軽く覚えれば問題ない……余計にお叱りの声が聞こえてきそうだ
まぁそんなどこかの誰かに怒られることはさておき、昨日とは違い自信満々に部室の扉をノックし、返事を待たずに開けた
「和樹君、今日も来てくれたんですね」
優しい微笑みが、僕を出迎えてくれた
さっきまで漲っていた自信が、どこかに飛んでいくのを感じる。扉を開けた瞬間に飛び込んでくる優しい笑顔とか、破壊力ありすぎだろ。滅茶苦茶照れる
「こ、こんにちは」
「どうぞどうぞ座ってください」
昨日と同じように椅子に勧められ、それに座る様子をニヤニヤと観察された
「いやぁ、二日連続で来ていただけるなんて、これは入部したと受け取っても良いですかね。待ってた甲斐がありましたよ」
入部するのは別に吝かではないが
「待ってたんですか」
「もちろん、私だって毎日ここにいるわけではありませんよ、ですがなんだか今日も和樹君が来そうな気がしてね、フフフ、もしかして和樹君はファッション部に入る運命なのかもしれませんね」
「仮に運命があったとしても、そんなマイナーな部活に入るのが僕の運命って、なんかやだな」
しょぼすぎだろ。日常系の漫画の主人公だって、もっとマシな運命背負っているよ
「それでデステニー和樹君、もしかして昨日言っていた、私のセンスに則ったお洒落なファッションが思いついたんですか」
「デステニー和樹は流石にダサいからやめてほしい」
流石のセンスだ。本人が、何が悪かったのか首を傾げているあたり恐ろしい
「まぁ、実物はないですけど、一応プランというか設計図というか、参考資料的なものは用意させていただきました」
「フフッ、優秀な後輩をもって先輩感激です」
「お褒めにあずかり光栄です」
軽い言葉を交わした後、机の上に手に持っていた資料を拡げた
「ふむふむ、お手並み拝見と行きましょう」
誰のためにやっているんだ、と思う気持ちをグッと飲み込み、一つ上だから仕方ないと自分を納得させ、説明、と言うかプレゼンに取り掛かった
「昨日、片倉先輩が重視するって言ったのはストーリーの方だったので、思い切ってそれ以外は変えちゃいました」
「え……」
予想より少々露骨だが、やはりショックは受けたみたいだな。勿論予想ができるなら、それに対する言い訳もできている
「安心してください、ストーリーが変わっていないってことは、コンセプト自体は変わっていません。普通に、アフリカのライオンに食べられてお葬式が挙げられます」
一日経っても悪趣味なコンセプトだな。自分で言っていて、普通って何だろうって思ってしまったよ
「まずド派手なライオンパーカーですが、この派手なライオンを可愛くデフォルメされたものに変えます」
胸にポンデライオンのような、可愛いマスコットみたいなライオンがプリントされているパーカーの画像を見せた。昔子供番組にこういうのがいたな
「一応主役ということなので、ライオンの布地面積が大きめの物を探しました。百獣の王たる威厳は無くなっていますが、まぁネコ科の動物なのでこれくらいは良いでしょう。それに、リアルのライオンって意外とモフモフしていて可愛いですしね」
「そうなんですよね、ライオンはかっこいいだけじゃなくて可愛いんですよね、大きな猫みたいでいいですよね」
自分の気に入っているものが褒められたからか、急に元気になったな
「ならこの可愛いライオンも受け入れてくれるかい、ガオー」
「がう、がおがおー」
「ありがとうございます、では次に進みますね」
鳴き声で通じ合った。てか、男の鳴き声とか需要無さすぎだろ、自重しよ
「次にミニスカートの方なんですが、アフリカの大地っていう大きな大陸じゃなくて、どこかの国に絞ってみようともいました。ちょっと派手な色合いですが、メインの配色は赤と黒、柄はチェックで所々に星があります、これはアンゴラっていう国の国旗をイメージしました」
「アンゴラですか、でもあの国の国旗は真ん中にナイフのようなものがありませんでしたか」
「割とマイナーな国の名前を挙げたつもりなんだけど、なんで一発で国旗まで頭に浮かんでくるの」
数学が苦手みたいなことを言っていたが、逆に文系科目である地理は得意なのかな
「ま、まぁ知っているなら話が速いです、あそこはライオンの生息地ですから、片倉先輩の意に沿えるかと思います。ナイフは、普通に忘れてました、剣や刀のキーホルダーでもつけてください」
「適当ですね」
「遊びがあるって言ってくださいよ、全部僕が決めたら片倉先輩が楽しくないでしょ」
「確かにそうだと思いますけど、普通に忘れていただけでしょ」
片倉先輩の言葉を無視して、最後の中のTシャツについての説明を始める。それっぽい言い訳が今思いついたんだから、言及しないでほしい
「中に着るTシャツ、般若心経Tシャツって所謂お葬式ってことが表せればいいんですよね。でしたら、これなんていかがでしょう」
アンゴラをイメージしたミニスカートの資料の次に、一枚の印刷された画像を手渡した
「これは僕の勝手なイメージですけど、ヨーロッパとかその辺ではでは天使が死後人の魂を天界に持っていくっていうイメージなんですよね」
「フランダースの犬の見過ぎだと思いますよ」
「名作で使われている表現は、半分以上真実だから良いんですよ」
「なんですかその理屈」
苦笑した片倉先輩の声をかき消すように「とにかく」と気持ち大きめの声を出した
「僕が提案するTシャツはこれです。心臓付近に天使の羽をつけたハートが上に向かって飛んでいくイラストです。一応これで人の魂が天に昇っていくというストーリーです」
「なるほど…」
もう一息ってところかな
「因みに、この三つを合わせるとこんな感じですね」
僕は資料の裏にシャーペンで軽くイラストを描き始めた
もしも片倉先輩がこれを着た時、どうなるのかのイメージ図だ。自分でいうのもなんだが、割と絵は上手いほうである
「この絵って、私がモデルですか、照れますね」
「まぁ片倉先輩が着ることを前提にしましたからね」
少し雑な部分があるが、誰がどんな格好をしているのかくらいは分かる程度のイラストだ、しかし今はこれで十分
「飛びぬけてお洒落というわけではありませんが、人に見せられないほどではないと思いますよ」
「私の昨日の服は、人に見せられないって言いたいんですか」
昨日の段階でそう言わなかったっけ
「問題は、片倉先輩のセンスに合うかどうかです。一応昨日のあのコーディネートのコンセプトを、そのまま引き継いだつもりです」
アフリカの大地でライオンに出会いお葬式を、アンゴラの地でライオンに出会いって天に昇っていく。大体同じのはずなんだけど
「和樹君は、どうして私にここまでしてくれるのですか?」
片倉先輩は、資料に目を落としたまま口を開いた
尤もな疑問だな
自分で言うのも憚られるが、昨日今日でそれなりに片倉さんのために努力した、それは何のためか。あー、なんて言お
特に良い誤魔化しが思いつかなかったし、考えるのが面倒になったので、あっけらかんと本心を口にした
「美人な先輩とイチャイチャと輝かしい青春を過ごしたいからですね。そのためには、ある程度のセンスを磨いてほしいですからね。下心丸出しですいません」
「え、あ、はい、恐縮です」
自分で美人だなんだ言うくせに、人に言われると照れるのな
頬を染めたまま、片倉先輩は僕の手を握った
「和樹君の考えてくれたファッション、一緒に探しに行きましょう」
「え、それは…」
どういう意味ですか、そう尋ねようとしたが、次の言葉にすべてを持っていかれた
「美人で聡明でスタイル抜群で誰からも愛される系の女子である、この片倉先輩と放課後服屋さんデート兼、和樹君のファッション部歓迎会をしましょう」
別にそこまで褒めそやしてはいないのだけど
「……わかりにくいですが、要するに気に入ってもらえたってことで良いんですね」
「多くは語らない、ミステリアスな先輩でありたいですからね」
少し呆れた笑みを浮かべ、自分の荷物を手に取った
僕はファッション部に青春を奉げるつもりはない、こんなもの一時の気の迷いだ、だけど迷っている道中に面白いものや面白い考え、そして面白さと美麗が入り混じる独特な人と、わずかな時間面白おかしく過ごせれば、まぁ迷子っていうのも悪いものではない
「入部祝いです、私が和樹君のお洋服を選んであげましょう。実は昨日ピンと来た服があったんですよ、鰤や鮃や鮎とかの魚の名前がたくさん入っているTシャツなんですけどね」
「…勘弁してください」
いくら美女でもこれは引く ここみさん @kokomi3
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