第4話 嫌な予感しかしない主張
「もしかして、僕に気を遣って喜んだふりをしたんですか」
「だったら最後まで喜んだふりをしますよ」
そりゃそうだ
「いえ、確かに趣味に合いませんが、和樹君のコーディネートが可愛いと思ったのは本当ですよ。別に気を遣ったつもりはありません」
なんと言えばいいんでしょう、と頭をひねらせ、良い例えが思いついたのか、ポンッと手をうった
「男性アイドルが好きな人でも、女性のアイドルを見れば多少なりともかわいいって思うでしょ、可愛いだったりかっこいいとかはあくまで感想です」
言わんとすることは分かる、好印象を持ったってそれを購入するかは別問題だしな。ちょっと下衆な試みのせいで、気持ちが先走ってしまったのかもしれないな
「でもさ、片倉さんの趣味って、基本的にアレじゃん」
「アレって何ですか」
「ダサい」
「まぁ、そう思う人も何人かいるそうですね」
「何で自分が多数派みたいに言っているんですか」
少数派ですよ、あなたは
「何にしても、片倉先輩のセンスに任せて服を買われたら、いつまでたっても…」
僕がイケイケリア充にランクアップできないじゃないですか、と続けようとしてしまったが、何とか自制する
「いつまでたっても、ダサいままですよ」
「……」
黙ってしまった
ヤバい、言いすぎてしまったか。そう思ったがどうも違うみたいだ
怒ったりショックを受けたりして黙るのではなく、何かを思案するように、ジッと虚空を見つめて黙った。普通に怒ったりショックを受けたりして黙るよりはるかに怖いな
「気になっていたんですけど、ダサいって何ですか」
「は?」
「いえ、さっきも言ったように私は色々な方から、ダサいって言われるんですよ」
まぁ、受け狙いでなく素であんな格好をする人だもんな、多分私服を見た人なら口をそろえてダサいって言うだろう
「でも皆さん、言うだけなんです。ダサい、それは無い、センスがない、流石に引く…まぁ私自身、ダサいとは思っていませんけど、皆さんとはズレているんだろうなぁ、とは思っていますからね」
自覚あったんだ
「ですがどれもこれも、私なりに一生懸命考えて選んだものです。向かう場所、会う人、その場その場で目的に応じてコーディネートを考えてきました」
そう言って、試着室のカーテンが閉められた。僕の勧めた服から着替え始めたのか、衣擦れ音が聞こえる。今回はその場を離れない
「ですがその一生懸命考えたものを『ダサい』の一言で嘲笑されるのは、やっぱりいい気はしませんよ」
「片倉先輩って、努力は必ず報われるとか思っちゃう人ですか」
先輩であることを忘れ、どこか嘲るように尋ねた
「私だってそんなご都合主義をいつまで信じられるほど、子供ではありません。例えば数学を一生懸命勉強しても、点数が悪い時だってありますからね」
数学苦手なんだ。高校の数学って難しいって聞くから、僕も頑張らないとな
「ですがファッションは違うじゃないですか。明確な点数や基準はないですし、流行に大きく左右される、ちょっと前まで流行っていたものがあっという間に廃れていく。こんな不安定な中で、どうして私のファッションをダサいって切り捨てることができるんでしょうか」
「……」
ダサいと切り捨てた僕は黙ってしまった
少しの沈黙がその場を支配し、それは試着室のカーテンが開けられる同時に破られた
片倉先輩の格好は、学校の制服でも、ましてや僕が勧めた白いミニワンピースとピンクのカーディガンでもない
ライオンがでかでかとプリントされているパーカー、緑と茶色が汚いミニスカート、半分に割れているライオンの顔から覗くのは般若心経が書かれているTシャツ。ファッション部の部室で見せてくれた格好だ
何度見てもダサいと思う
だけど、僕は何を以てこれをダサいと断じたのだろうか。いや、別に片倉先輩の考えに汚染されたわけではない、と思う、ただそう言われてしまうと、ダサいの定義とかがあやふやになってしまう
アフリカの草原で、ライオンに食べられて、お葬式でお経が読まれる。コンセプトを思い出しても意味不明だし、不謹慎に思うし、まともな精神をしているとは思えない
だけど、これって何がダサいんだろう…
「ってあぶねぇ、危うく片倉先輩に本格的に汚染されるところだった」
「私に汚染ってどういうことですか、私は公害か何かですか」
ヘンテコな思想を他人に植え付けようとしている時点で、公害までは行かなくてもウイルスとかそんな感じかな
「まぁ、イケているとかおしゃれとかが、明確な基準や点数が無いように、ダサいにも明確な基準や点数はない、どちらも感覚的なものですからね。もっと言えばどちらも個人の感性の問題、無理に人からの意見に納得する必要はないと思いますし、ダサいと嘲笑する人たちに理解してもらう必要はないと思いますよ」
極論、着たい服着ればいい
「みんながみんな和樹君みたいに考えてくれればよかったんですけどね」
アハハ、と力なく笑う。そんな曖昧に笑った様子から、ちょっと闇を感じた
「そうなんですよね、私がいくらうだうだ言ったところで、着たい服着ればいい、それが真理だと思いますよ。ですが、世の中っていうのはそう上手くいかないんですよねぇ」
一年しか違わないのに、なんでこの人自分はもう世間の酸いも甘いも嚙み分けたような顔しているんだよ
「みんなドヤ顔でアドバイスをしてくれるんです」
「アドバイス、まぁされるのはなんとなくわかりますよ」
「そんな服はやめた方が良い、これとか絶対に似合う、なんで言った通りの服を着ないんだってね」
「あぁいますね、そういう人」
アドバイスしている自分超かっこいい、めっちゃこれに対して造形深いから、アドバイスされているお前はしっかり感謝しろよ、っていう感じが体中から迸っている人
悪い人ではないんだけど、うざい人
「悪い人ではないとは思うのですけど、どうもそう言う人が多く感じてしまいます」
それも、なんとなくわかる
おそらく片倉先輩は、目立つ人なんだろう、きっと良い意味で。そんな人の欠点を、指摘できる部分を見つけたら、それはもう楽しそうに指摘するんだろうな
「それがウザいと」
「そんなことは、思わないといえば嘘になりますけど、私のことを思っているのは有難いことです」
できた人だ。いったいどれだけの人間が片倉先輩のことを思っているのかは、わからないけど
「ですが、私はこれでお洒落がしたいんです」
ライオンの顔にそっと手を添えた
「私自身の考えやコーディネート、私の心が選んだお洋服でお洒落がしたいんです。人に薦められたものでも、雑誌やテレビで取り上げられたものでもない、自分の好みやセンスでお洒落がしたいんです」
「なるほど…」
だからファッション部か。確かに被服研究部、どころか普通にお洒落な人とはとそりが合わなそうだな
自身の壊滅的なファッションセンスで、自分の選んだもので、イケている女子になりたいのだから。それはつまり、どんなにその服がひどいと伝えても、全く意に介さないということだ
「なんか、無謀なことに挑戦してますね」
「そうですかね。あと一歩くらいだと思いますけど」
「よほど大きな歩幅じゃないと、一歩では埋まりませんよ」
「私、幅跳びの記録は結構いいですから、頑張れば一歩で埋まりそうですね」
「世界記録ぐらいないと難しいと思いますよ」
「オリンピック、今から間に合いますかね」
よくわからないやり取りの後、僕はじっと片倉先輩の私服を眺めた。彼女の考えを聞いた後では、やはり見え方も変わってくる
僕は顎に手を当て、少し思案した後
「なんか、鶏肉を持っこられて、これで魚料理を作ってくれって言われた気分」
思わず漏らした
「そんなに無理難題じゃないですよ。そもそもそんなこと言われたことあるんですか」
例え話だよ
「でも実際、お洒落ってのは感覚的なものであると同時に、大衆的なものだと思いますよ。個人で楽しむにはどんなものでも構わないと思いますけど、複数人から同意を得たい場合は、もっと歩み寄る必要があると思いますよ」
片倉先輩のセンスは、常人では到達しえない場所まで行っちゃっているから。歩み寄り、大事
「まぁ、確かにちょっと人とは違いますからね、私」
「言葉だけ聞くと中二病みたいですね」
そしてちょっとどころではないと思うんだけどな
少なくとも常人は、ファッションで笑えないストーリを表そうとはしない。何をどう考えて、服装でストーリーを表そうとしたのか理解に苦しむが、これが片倉先輩の壊滅的で病的で絶望的なセンスというわけだ
あれ?待てよ?
「…なるほど、ストーリーか」
「どうかしたんですか」
「参考までに聞きたいんですけど、片倉先輩の目標は、自身のセンスで周りを驚かせるような、ドヤ顔でアドバイスを垂れたウザい輩の度肝を抜くような、そんなお洒落をしたいってことですよね」
「そこまで攻撃的な発言をした記憶はありませんが、オブラートに包まないで言うとそんな感じですね」
「もう一つ質問、現在のそのアフリカのライオンと般若心境のクソダサコーデ、それはその服が片倉先輩のセンスなのですか、それとも発想が先輩のセンスなんですか」
「質問の意味が分からないし、クソダサコーデ発言についての説明を求めたいんですけど。どこがクソダサなんですか」
「質問についてよりもそっちに噛みつきますか」
「噛みつきますね」
「クソダサいコーディネートってことです、以上。それで質問の説明なんですけど、要するに片倉先輩が譲れない部分はどこですかってことです。ライオンに出会って食べられるっていうストーリーなのか、ライオンと般若心経なのか」
片倉先輩は確かにセンスが壊滅的で病的で絶望的なセンスで、そんなセンスを振りかざしてお洒落になりたいとか宣う人だが、決して感性までも異常でトチ狂っているわけではない。さっき僕が進めた服を、気遣いなく可愛いと言ってくれた
ならば、片倉先輩のセンスに則ったファッションなら問題なく受け入れてくれるということだ
もちろん、あのコーディネートをドヤ顔で披露する人のセンスに則るようなファッションを用意するのは、並大抵ではないだろうけど
「どっちも譲りたくないですけど、そうですね、強いて言うならストーリーの方ですね」
「アフリカのライオンに食べられてお葬式、の方ですか」
よかった、ライオンパーカーと般若心経Tシャツをお洒落に着こなしたいとか言われたら、もう打つ手がほとんどない状態だったけど、まだ希望はある
もちろん、ストーリーを重視してくれればどんなものでも構わない、というわけではないだろうな。あくまで、強いて言えばの段階だ、それに片倉さんの思い描くストーリーを重視したファッションって普通に難しいぞ、希望はあるがその希望は絶望よりある程度マシって感じだな
「もしよかったらさ、僕に少し時間をくれませんか」
「お時間ですか?」
「このまま言われたい放題で引き下がるのも悔しいからね、僕が片倉先輩の周りにいるような、言うだけ言って、片倉先輩のことを何も考えずに自分の理想だけを押し付けようとした人たちとは違うということを証明しようかと思います」
「一応言っておきますけど、皆さん良い人ですよ」
律義にフォローを入れる片倉先輩の言葉を無視して、僕は言い放つ
「先輩のセンスに則った、それでなおお洒落っていうファッションを提案してみせます。ファッション部、期待のルーキーの力をとくとご覧に見せましょう」
片倉先輩は、ポカンとだらしなく口を開けて居る。あぁ、ヤバい、これ完全に滑ったわぁ
しかも、割と大きな声を出しちゃったから、店員やら他のお客さんやらの視線が、身体から穴が開くくらい突き刺さっている
とりあえず、僕はぺこぺこと周りの人に頭を下げた
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