第3話 嫌な予感しかしない服選び

「こんな近くに服屋なんてあったんですね」

「ふっふっふっ、一年生の君はまだ知らなかったようだね」

学校から近い服屋を知っているからと言って、どうしてそこまでドヤ顔ができるのだろうか

今僕たちは、ファッション部の体験入部の活動である『みんなの意見を踏まえたコーディネートを考えよう』のため、近くの服屋のチェーン店に来ている。変にお町の服屋に行くよりも全然居心地がいいお店だ、ユニクロやしまむらを足して二で割ったような、そんな居心地の良さだ

それでもまぁ、美人な先輩と二人で服屋に行くっていう緊張からは、中々解放されないけど

先輩はそこそこ有名人なのか、学校から出るまでの間に様々な人から視線を向けられ、さらにそんな状態で街に出たせいか、道行く人々が僕に視線を向けている気がしてならなかった。この店の妙な居心地の良さは、視線から解放された気がして、少し気が抜けたことに起因しているかもしれない

そうだ、いっそのこと、片倉先輩が自信満々に見せてきたあの服、制服に着替え直さずにあれを着たまま来ればよかったかな、そしたら人の視線がどこに向いているのか分かりやすいのに

当たり前のように片倉先輩を囮に使おうとしている、自分のクズさ加減が嫌になるな

変な自己嫌悪に浸っている僕に、それを知ってか知らずか、片倉先輩は無邪気に笑いかけてきた

「それでは早速活動していきましょう。と言っても、みんなで意見を言い合うにも二人しかいないので、和樹君が好きなのをいくつか見繕ってきてください、私がそれを着ますから」

「まぁ、確かに二人しかいないから話し合いもくそもないですけど、それだと片倉先輩が着せ替え人形みたいになりますよ」

「お人形さんみたいにかわいい私を着せ替え人形にできるなんて、ファッション部って素晴らしいところだと思いませんか」

「おっと流れるような勧誘に見せかけた、結構流れが怪しい勧誘をいただきました」

「冗談はさておき、大丈夫ですよ、私はスタイルがいいのでなんでも似合います」

「そういう意図で訊いたつもりじゃありません。それにそういうのを自分で言うのはどうかと思うのですが」

「私は爪を隠さない能ある鷹なので」

「出る杭は打たれるっていう諺についてどう思いますか」

「白刃取りを練習しているので、上からの攻撃には対処できます」

その場でバチーンッと手をうち鳴らした。白刃取りのモーションをしたつもりなのだろうが、勢いよく手を叩いてしまい、周りからは本物の視線が集まる

二人でその場でぺこぺこと騒がしくしてしまった謝罪をし、そそくさと近くにある椅子に腰を掛けた

「何はともあれ、まずは店内を一通り見て回りましょう。いくら片倉先輩が着せ替え人形を許可しようとリカちゃん人形になろうと、あまりやりすぎると店側に迷惑がかかりますからね、一通り見て目ぼしいものにあたりをつけましょう」

「何だかんだ言った割にはやる気で、先輩嬉しいです。では頑張ってきてください、私はここで待っていますから」

「え?」

「へ?」

どうやらお互いの認識に齟齬が生じた

「まさか和樹君、一人で服も選べないんですか?もしかして私服は、お母さんが買ってきたような服を着ているんですか」

「そういうことじゃないですよ、まさか片倉先輩は僕一人に女性ものの服を選ばせようとしていたんですか。最悪警察が登場しますよ」

「まっさかぁ、お洋服を見て回るのに、なんでお巡りさんが登場するんですか。性別のことでしたら、私だって偶に男性の服を見たり買ったりするんですよ」

「確かに警察は言い過ぎかもしれないですけど、男が女性ものの服を見るのは結構勇気がいる行為なんです。女の人がズボンを履くのは問題ないけど、男の人がスカートをはくのは異端みたいな感じですよ」

「そうですかね?ヨーロッパの方では民族衣装として男性でもスカートをはくって聞いたことがありますよ」

「ここは日本です」

何というか、ここまで天然な人って実在するんだな。天然っていうか馬鹿って感じだけど、そしてこういうのに限って、学校の成績とか良いんだよな

「とりあえず、一緒に回りますよ。何も先輩が不利益を被るわけではないんですから」

「もぉ仕方ないですね、美人な先輩と一緒にお洋服を見たいって言うのでしたら是非もありませんね。ですが、私は何もアドバイスしませんよ。後輩の成長に繋がりませんからね」

アド…バイス……?

僕の表情が一瞬固まったが、先輩風を吹かしたいなら吹かせてあげるのが良い後輩というものだ、野暮なツッコミは入れないさ

「それでいいので、お願いします」

そうして僕と片倉先輩はやっと動き出した

平日の夕方と言うことあって、店内にお客さんは少なく、店員さんたちもどこかやる気なさげに店内を見ているだけだ。まぁだからと言って、女性のコーディネートをノリノリで考えられるほど、僕の神経は太くない。いくら人の目が少なく、隣に女性がいるとしても、気にしてしまうものは気にしてしまうのだ、さっきは言い過ぎと笑ったが、割と本気で警察の突入まであり得ると思っている。一秒でも早く目的を達成しよう

本当に、前もってスマホで調べておいてよかったよ

片倉先輩が、あの壊滅的にひどい私服から制服に着替えている間に、先輩に似合いそうなものを調べておいた。僕のセンスではたかが知れているが、よほどのものではない限り、本人の言う通りなんでも似合うだろう。いやはや、背が高く美人って言うのは色々便利で羨ましいよ、僕も生まれ変わったら長身の美形にしてほしい……人類のほとんどが願ってそうだな

僕はスマホで得た知識を駆使して、手早くそれっぽい服をかき集め、買い物かごに突っ込んだ

「何だかんだやる気な和樹君、私結構好きですよ」

「そう言ってもらえて光栄ですよ」

少し引き攣った笑みで応じた

誰のせいでこんな周りの目を気にして、慣れないことしていると思っているんだよ

内心を悟られないようにと、僕はかごを片倉先輩に押し付け、試着室に向かうように促した

「では、和樹さんが選んでくれた服を着てきますね。楽しみにしていてください」

「なんかそう言われると、いかがわしいものを想像してしまう僕は、心が汚れているんでしょうか」

「そんないかがわしい要素なんてありましたか?」

「僕の心が汚れているだけだから気にしないでください」

「そ、そうですか」

首を傾げたまま、試着室に入りカーテンを閉めた。以前ニュースで見た、援交問題で女の子が男の選んだ服を着てデートをするっていうのを思い出しただけなので、本当に気にしないでください

衣擦れ音が聞こえだした辺りで、流石に試着室の前で待っているのはまずいと思い、先ほど片倉先輩とグダグダやっていた椅子に座った

座ると同時にため息が出た

「僕何やっているんだろ」

この椅子だって意味もなく置いてあるわけではない、靴も売っているタイプの店なので、試着しやすいように用意された椅子だろう

「それに比べて、僕って今日何でここにいるんだろう」

さっきまでよくわからないことをやっている時って、偶に我に返る時があるよね

これ以上色々考えると、空しい気分になりそうだったので、窓から見える景色に意識を集中させた。もう空が真っ赤になっていて、ここからは暗くなる一方だ

普段だったらこの時間は、家でゴロゴロゲームでもして無為に時間を過ごしているところだ、そう思うと今は有意義とは言わないが、まぁ悪くはないかなって思えてくる

「着替え終わりましたよー」

伸びきった声が少し離れた試着室から聞こえた

「意外に早かったですね、女性はもっと着替えに……」

時間がかかるものだと思っていましたよ、そう続けようとしたところで、僕は言葉を失った

「ふふん、どうですかどうですか、和樹君が選んだ服を、美人先輩である私が着た感想は」

「あ…、えっと、はい、とても似合っていると思います」

割と本気で天使が舞い降りたのかと思った、割と本気で迎えが来て三途の川を渡るのかと思った。天使と三途の川って世界観がバラバラだな

だけどそんなこと、少し照れながらもドヤ顔をしてくる片倉先輩を前にしたらどうでもいい些末なことだ

白い清楚感があふれるミニワンピースに、淡いピンクのカーディガン。探すのが少なくて済むから、という理由で選んだコーディネートだが、ここまでの破壊力を持つとは思わなかった

胸を強調するようなミニワンピースだが、汚れを知らないかのような純白さと、胸元にある少し幼いリボンの装飾がしてあり、下品な印象は全く受けない。ピンクのカーデガンは、ちょっと前まで満開だった桜を彷彿とさせ、明るい春らしさが出ていて見ていると穏やかな気分になる

さっき、僕はなんでここにいるんだろう、なんて中二臭いことを考えていたが、そんなもの簡単だ、これを見るために僕はここにいるんだ

感動に浸っている僕を、片倉さんがジッと見ていることに気が付き、慌てて目を逸らす。ヘタレ丸出しである

「もしかして照れてます?」

「えぇ、まぁ、正直ここまで似合うとは思っていなかったので」

「和樹君のコーディネートでも、そこまで褒められるとモデル役である私まで嬉しくなりますね」

「いえ、僕が褒めているのは…まぁいいです」

訂正しようと思ったが少し考えやめた。服を絶賛しているってことにして、購入させるまではいかなくとも、こういう感じの服に好印象を与え、片倉先輩のセンスをまともにしていこう

「その通りです、自画自賛するのも憚られますが、そのコーディネートは結構いいと思いますよ」

「ほほう、ではどうしてこういうコーディネートにしたのか、伺ってもよろしいですね」

「えっと、さっき廊下で待っていた時に似合いそうな服を調べて、この店にあるものでそれを再現できるように意識して選びました。色の組み合わせは、白もピンクも春の花を連想させていいと思います、桜の花や白梅の花みたいで可愛いですね。それに、足が綺麗で長いのでミニワンピースも僕の予想通り映えますね、個人的に小さいリボンとかも好きですし。カーディガンの方は、本当はこの色のパーカーを着てもらう予定だったのですが、無かったのでカーディガンにしてもらいました、でも見た限りですとなくて正解だったかもしれませんね、パーカーよりも薄いカーディガンのおかげで、優しい感じがよく出ています。……そんな感じなんですけど、どうですか」

少し長くなってしまった説明が一段落つき、恐る恐ると片倉先輩の表情を伺った

片倉先輩本人が許可している以上、ご機嫌を伺う必要もないのだが、なにぶん女性のコーディネートを考える経験なんて十五年の人生の中で一度もない、初経験だ。そんな経験をしたことある人のほうが少なそうだけど

「そんなビクビクしないでくださいよ、さっきまで私のコーディネートを酷評していた人とは思えませんよ」

「いえ、あれは誰でも酷評しますよ。それに、あの時の片倉先輩と今の片倉先輩は別人だと捉えていますので」

「私の本体って服なんですか」

服っていうかセンスかな

ムーっとふくれっ面をする片倉先輩を宥めながら、まるで召使いのようにお辞儀をした

「それで、そのコーディネートはお気に召したでしょうか」

「本当に対応が全然違いますね、まぁいいです、そのことについては後で話し合うとしましょう。コーディネートについては、とても可愛いと思います、それにただかわいい服を提案しただけじゃなくて、ちゃんと考えた末の提案なので嬉しかったです」

「嬉しい要素なんてありました?」

「ファッション部の活動を一生懸命考えながら行ってくれたんですよ、嬉しい要素しかありませんよ。それに、私に似合うように考えてくれるって、思わず頬が緩んじゃいまうね」

えへへ、とだらしなく笑う顔もまた可愛らしい

だらしなく笑う片倉先輩を見て、だらしなく笑いそうになったため、それが悟られないよう、必要以上に言葉の抑揚を消し

「じゃあその服どうします、そんなに値段も高くないですし、どっちか片方くらい買っていきますか」

と、提案した

僕の下衆な企みのゴール地点は、片倉先輩のセンスを人並みに引き上げ、キャッキャウフフと楽しい放課後を過ごすこと。悪い印象は持っていないはずだし、値段も学生を対象にしているだけあってそんなに高くない、イケる

「うーん、折角選んでいただいて申し訳ないんですけど、購入はしないでおきます」

「え…あぁ、持ち合わせがないとかそんな感じですか。まぁ片倉先輩にとっては急なことですもんね」

「あ、いえ、お金があっても購入はしませんね」

ありゃ

「端的に言えば、私の趣味に合わないので」

壊滅的で病的で絶望的なセンスの持ち主の片倉先輩は、どこか達観したような表情で笑った

その笑顔を見ていると、なんだか寂しい気持ちでいっぱいになった

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