第2話 嫌な予感しかしないファッション
「ジャンジャジャーン、お披露目の時間です。入ってきて良いですよ」
廊下に追い出されて数分、部室の中からやたら元気な声が聞こえた
どうやら片倉さんは、制服から自身でコーディネートした服に着替え終わったらしい。僕はいじっていたスマホをポケットにしまい、凭れていた壁から体を離した
その身から、溢れんばかりのポンコツ臭がする先輩だったが、美人であることは間違いない。そんな美人の先輩の私服のお披露目だ、さっきはちょっと揉めてたけど、いざ見ようと思うと否が応でもドキドキしてしまう
「ここでキョドったりおろおろしたり、童貞丸出しの反応したら絶対あの人調子に乗るよな」
僕はパンッパンッ、と頬を叩き気を引き締める
ここはビシッと、硬派な感じで対応しよう。男たる者嘗められたらダメだ
「失礼します」
硬派のイメージとして「礼儀正しい」という印象があったため、キリっとした声で扉を開け、片倉さんが待つ部室に足を踏み入れた。少し声が裏返ってしまったが、ご愛敬ってことで
「えへへ、どうです、か?」
男子に改まって私服を見せる経験があまりないのか、少し頬を赤く染め、照れを隠すように人差し指で頬をポリポリと掻いた
少しダボついたパーカーとミニスカート、良く見えないがパーカーの中はおそらく長袖のTシャツを着ているのだろう。パーカーの袖は少し長く、手が半分隠れてしまい、俗に言う萌え袖になっていたが、狙ったようなあざとい印象は受けず、ただ純粋に可愛い
また、ミニスカートからスラっと伸びるモデルのように長い足は、見とれてしまうほどキレイだ。さらに豊満な胸も相まって、胴も下も目に毒だ、顔しかまともに見れない。顔も顔で、モテない根暗男子たる僕には、少々直視しずらいところがあるけど
「和樹君、早速ファッション部としての活動です。感想や意見をお願いします」
「えっと、本当に言ってもいいんですか?」
「はい、是非忌憚なき意見をお願いします」
美人の先輩、片倉琴音さんの私服の感想、僕は意を決して口を開いた
「引くレベルでダサい」
「んなっ」
変な声を出して固まってしまった。反応から察するに、僕を笑わせるためにそんな格好をしているわけではないらしい、もしそうだとしても笑えないよ、そんな格好
「忌憚なき意見ってことで、もしかしたら片倉先輩に失礼に当たるようなことを言うかもしれませんが、構いませんよね」
てか、その格好に対する意見を、失礼な言葉抜きで言える自信がない
「まずそのライオン柄のパーカー、それが果てしなくダサい」
ダボついて萌え袖になっているパーカーには、でかでかとライオンがプリントされている。ライオン柄のパーカーと言うよりも、もはやライオンのパーカーだ。しかもデフォルメされた可愛らしいのではなく、アフリカのライオンを正面から写真で撮影し、それをパーカーに貼ったかのようだ。無駄に迫力がある
「それどこに売ってたんですか、そういうのってアニメや漫画の中にしかないと思っていましたよ」
この先輩自体、美少女だけどどこかポンコツ臭がする、というアニメや漫画の中の住人って感じがするから、ある意味おかしくはないけど
「センスがあるデザインですよね、昔から使っている服屋さんで買ったんです」
「ドンキホーテとかじゃないよね、そこ」
「普通のお洋服屋さんですよ?」
「普通とはいったい」
いやまぁ、確かに今は割といわゆる「ネタ服」みたいな、一笑い取るのを想定して作られたものがあるが、多分それ目的って訳じゃないんだろうな
「因みに、なんでライオンなの」
「虎と迷ったんですけど、ライオンの方が好きなので。百獣の王なので」
がおがおー、と猫の手を作り、可愛い泣き声を上げた
制服だったり普通の服だったり、最悪ジャージでも、美人である片倉先輩がやれば、グッとくるものがあったであろうが、その格好でやられると呆れしか来ない
「でかいし妙にリアルだし今にも動き出しそうで、どういう風に作ったのかは知らないけど、これが写真や絵のコンテストだったら拍手がもらえる作品なのかもしれないけど、それがパーカーの柄として八割埋めているとなると、ただの罰ゲームだよね。なんてえげつない罰ゲーム思いつくんだって思っちゃったよ、正直罰ゲームだったとしても一緒に歩きたくない」
「んななっ、酷いです…」
確かにちょっと酷いことを言いすぎた気が、しないでもないが、仮に第三者が仲裁しようとしても、勝てる自信があるな
「まだ言い足りないけど、パーカーについてだけで下校時間になっちゃいそうだから、次行かせてもらいますね」
「うぅぅ、あまり酷いことは言わないでくださいね」
僕の酷評がそんなに堪えたのか、少し涙目になってしまっている。かわいい
間ぁいくら可愛くても、それは保証しかねるけど
「その茶色と濃い緑のミニスカートは何」
「ミニスカートはミニスカートですけど?」
スカートの端をつまみ、少し引っ張って僕に良く見えるようにして、キョトンと首を傾げた
「色合い」
思わず叫んでしまった。自分は大人しい類の人間だと思っていたが、興奮するとこんな大きな声が出るんだなぁ
片倉先輩はビクッと肩を震わせたが、そんなことはどうでもいい
そのミニスカートは茶色を主体としているが、ところどころにはねたペンキのような濃い緑が点在している。なんか小学生のころ、絵の具で絵を描くときに、パレットに滅茶苦茶に絵の具をぶちまけて、おどろおどろしい濃い緑が出来上がったのを思い出す
上のライオンパーカーに比べればインパクトは少ないが、このミニスカート単体で見ると十分ダサい、いや、ライオンパーカーのようなわかりやすいダサさではない分、見ていて不安になってくるダサさ、乱暴に言い捨てると、色が汚い
「なんなんですかそれ、なんでそれを選んだんですか?わざとですか、僕にこういうリアクションを取らせるために、わざとそんな変な格好しているんですか」
「確かにリアクションを取ってもらいたかったけど、そんなひどい対応は予想していませんでしたよ。私なりに考えたコーディネートがあるんですよ」
どんなコーディネートだよ
「最後、ちょっとパーカーのチャックを開けてください」
「えっ」
漫画だったら『ドキッ』という効果音が出そうな、まるで初心な乙女のようなリアクションだったが、僕は若干目を濁らせて
「ハーリー」
使い慣れていない似非英語で、恥ずかしそうに肩を抱き羞恥に赤くなる片倉先輩を急かした。後になって冷静にこのことを考えてみたが、僕結構変態的だったよな、美人な先輩に脱衣を強要するって、普通に警察沙汰じゃん
まぁそれはさておき、もの言いたげな表情で片倉先輩はライオンパーカーのチャックを開けた。ライオンの顔が綺麗に半分に割れる。すげーどうでもいい演出
そんな反応に困る演出の後、僕の目にはパーカー越しでもわかる大きな胸が飛び込んできた。普段の僕ならその醸し出されるエロさに、ごくりと息をのむか、動揺したり挙動不審に視線を逸らしたりとヘタレるのだが
「……あの、何か悩みでもあるんですか」
「何でそうなるんですか、私結構巨乳な方なので普通ここは、男子の本能が刺激されて私にエッチな視線を送るか、ヘタレ全開の挙動不審の初心な男の子の反応するんじゃないんですか」
普通ならね
ライオンが割れ、そこから現れたTシャツには
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舍利子 色不異空 空不異色 色即是空…
般若心経がつらつらと書かれている
「あの、初めて会ったばかりの僕が言うのも変かもしれませんし、僕では力不足かもしれませんが、悩みがあるなら話してください、愚痴を聞くことぐらいはできますから」
「何でそんな真剣に心配されているんですか私は」
いや、だってねぇ
ライオンパーカーの下に般若心経のTシャツ来ているんだもん、心配にもなるよ。ちょっと精神状態を疑うし、正気を疑う、端的に言うとちょっと怖い
「そんな、怯えつつも歩み寄って心の闇を見つけようとする、慈愛と恐怖を併せ持つ目はやめてください」
エスパーかよ、僕そんな分かりやすい目をしていたのかな
「私だってちゃんと考えてこの格好をしているんですよ」
ファッション部さんが何か言っているな。片倉先輩の服のインパクトが強すぎて忘れかけていたが、今僕ファッション部の勧誘を受けているんだよな、一発芸研究会の勧誘じゃないよな。芸にしても笑えないけど
「その考えを聞かせてもらっても良いですか」
少し疲れたように尋ねた僕に、なぜか得意げな顔をし、腰に手を当て語りだした
「まずはですよ、このミニスカートは広大なアフリカの大地を表しています。本当はロングのスカートが良かったんですけど、ロングスカートとパーカーって何か合わない気がして」
合う合わないかは僕にはよくわからないが、だったら無理してパーカーに拘らなくても。いやそれ以前に
「アフリカの大地?」
「はい。そしてこのパーカーのライオンは、そのアフリカの大地で出会ったライオンさんです」
「出会ったライオンさん?」
パーカーの前を閉めて、再びライオンの顔が現れる。少しビビる僕を横目に、片倉さんはがおがおー、と再び楽しそうに鳴いた。目が慣れてきたのか、一回目は呆れしかなかったが、二回目はこれはこれでアリかなって思ってしまう。慣れって怖いな
「なるほど……なるほど?」
僕の疑問符もお構いなしに、片倉さんは笑顔のまま説明を続ける
「そして、中のTシャツは、食べられちゃった後を表します」
「食べられちゃったか」
「食べられちゃいましたね」
はーへーほー、なるほどな
……やっべー、何言っているのか微塵もわからねー
なに?どゆこと?ミニスカートがアフリカの大地で?ライオンに出会って?食べられる?
つまりあれか、Tシャツの般若心経は葬式とかで唱えられるあれを指しているのか、もっと言えばそのTシャツ自体で、お葬式を表しているってことか。つまりは、ライオンに食べられて死んじゃったってことか
はへー、なるほどなるほど
どうしよ、僕この先輩が考えていることも、言っていることも何一つ理解できないや。どころか、目の前にいるこの先輩が異常者にしか見えなくなってきた
「流石に不謹慎すぎやしないですか」
そう絞り出すのがやっとだった
「そうですか?なかなかいいファッションだと思うんですけど」
本気でキョトンとしてやがる。てか、そんな変な格好でファッションとか名乗るな、烏滸がましい
「ライオンがうるさい、スカートの色が汚い、般若心経が怖い」
「全否定ですか。どっか一個くらい良いところがあるでしょ」
「服については全く一つも微塵もない」
ここまで褒めるポイントや、肯定できる個所がないのは見たことないぞ
「初めて会って馴れ馴れしいかもしれないんですけど、僕が思うに片倉先輩は、センスがない癖に変な独創性を出したがる面倒な人、という印象を受けました」
「むぅ、良いじゃないですか、オリジナルのファッションやコーディネートでお洒落を目指しても。そっちの方が良いと思ったんですから」
そりゃぁある程度センスがある人が独創性やオリジナリティを出す分には良いかもしれないけど、あなた致命的に、病的に、絶望的にセンスがないじゃん
「例えるなら、料理が下手な人がレシピ通りに作らず、独創的な料理に挑戦した、みたいな感じですね。悲惨な結果になるのは目に見えています」
「私って、今悲惨な結果になっているんですか」
悲惨だねぇ、ギャグだったとしても笑えない、目も当てられない
「ま、まぁいいです、ファッション部の第一の活動『みんなの格好に意見をし合おう』は無事クリアできたので、第二の活動に移行しますね」
少し言いすぎてしまったのか、若干目に涙が溜まってらっしゃる
だけど僕正直疲れたから帰りたいんだけどな
「第二の活動ですか。いえ、体験入部でそこまで……いえ、是非やらせていただきます」
決壊しそうなほど涙をためるのは、ズルいと思います
片倉先輩は袖で目を拭い、胸を張って堂々と第二の活動を口にした
「第二の活動『みんなで意見を踏まえたコーディネートを考えよう』です」
予想通りだし、みんなでって二人しかいないし、僕の意見を踏まえるとその服全部燃やしたいし。そんな口には出せないツッコミを一言に込めて
「あ、そうですか」
と一言だけ返した
「というわけで、今から服屋さんに向かいましょう」
「え?」
「一緒に色々な服を見て、コーディネートを考えましょうね」
「ここで話し合うんじゃなくて、実物見に行くってことですか?」
女性ものの服売り場に、女性の先輩と一緒とは言え足を踏み入れるのは、ちょっと気が引ける。自分が小心者過ぎてちょっと泣ける
だけど、ここで僕が片倉先輩にまともなコーディネートを紹介して、センスを磨いてもらったら、ひょんなことから年上の美女とお近づきになった男子高校生、と言う一昔前の漫画やライトノベルの主人公のような青春を送ることができるかもしれない
さっきまで先輩を酷評していたものの思考とは思えないが、僕だって健全な小心者男子高校生。棚から落ちてくる牡丹餅は全力でキャッチしなくては、たとえその牡丹餅が色々手遅れでも
「では早速行きましょう」
「…わかりましたが、一つだけお願いしても良いですか」
僕は自分の思考を悟られまいと、少しつまらなさそうに口を開いた
「流石にそんな格好の人と一緒に歩きたくないので、制服に着替えてください」
そう言い放つと、僕は静かに廊下に出て、壁に凭れかかりスマホを取り出した。今度は時間潰しにいじるためではなく、素敵な時間を過ごすための努力として使った
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