〜剣ニの力〜

 1時間後、駐屯地の案内が終わった星雪たちは廣島のシンボルである鯉城の二の丸広場に集められる。


 そこには、星雪たち以外に300人ほどの兵師がいたが、星雪たちはその中にいるはずのない土屋姫乃と土屋偶也を発見する。


「なんであの2人がいるの⁉︎」


 涼花は、信じられないと言いたげな顔をする。その声に気づいたのか2人は星雪たちの元にやってくる。


「おやおや、涼花さんに星雪さん、またお会いしましたね」

「……」


 星雪たちはその言葉に身構える。


「貴様ら姫乃様に対して無礼であるぞ!」


 姫乃後ろに山のように控えている偶也が怒りのこもった声で星雪たちを威嚇する。


「偶也、やめなさい。そんなに下々の者を威嚇するのではありません」

「なんで、五大名家の土屋であるあんたたちがここにいる。土屋支配下の第五か、第十二師団に行くはずだろう」


 周造が姫乃と偶也に問いかける。


「おや、これは、千葉家の次男の方ですね? お久しぶりです」


 姫乃がいかにもお嬢様らしくお辞儀をする。


「我々は5代目様直々のご命令でここにいるのだ。貴様らこそなぜここにいる? 千葉周造、二十名家の貴様は、まだわかるが、そこのゴミ2人はここにいる資格はないぞ」


「いちいち気に触る奴ね! この魚糞ヤロー!」


 涼花に今まで溜まっていた不満が噴き出す。


「そんな汚い言葉を使うとはやはり、低俗な奴だ」


「どっちがよ! 所詮、拾われただけのくせに名家ぶっちゃって……」


「神谷! それだけは言ったら……」


 星雪が慌てて涼花の言葉を止めようとしたが間に合わなかった。


 偶也から膨大な量の支配力の青のオーラが溢れ出し、周囲の空気を一変させる。


「貴様! 死ぬ覚悟はできているんだろうな‼︎」


「やれるものならやってみなさいよ!」


 涼花は、真っ白な軍服の腰に吊ってあった細長い剣のようなクナイを鞘から取り出し偶也に向ける。


「その服を血で染めてやるぞ!」


 偶也は、強化術式を発動させ涼花に殴りかかる。


「シュウ! 止めるよ!」


「お、おう!」


 星雪と周造は止めに入ろうとするが姫乃はその様子を見ているだけでなにもしない。


「この勝負どっちが勝つと思うか?」

「なんか土屋とか言ってたから大男のほうが勝つだろな」

「マジか! 五大名家に喧嘩を売るとはバカな新人どもだな」

「痛い目にあえばわかるだろう」


 周囲の先輩兵師たちが口々に話し出す。そのほとんどが嘲笑を浮かべていた。


 涼花は、繰り出された豪打をかわし、その隙を突いて偶也の後ろに回りこみ背中に手を当てる。


「終わりよ!」


 その言葉とともに偶也の体は一気に凍りつくが、次の瞬間、偶也は氷を割り、振り向きざまに涼花にえげつない一撃を入れる。涼花は、叩き飛ばされ、砂埃をあげて地面に激突する。


「大口を叩くだけの力があるのかと試してみたが……やはりこの程度か、おい! 星雪とやら、早くあの女を病院へ連れて行ってやれ」


 偶也は、星雪を指差す。


「その必要はないよ」

 星雪は、涼花のほうに視線を向ける


「はぁ? 何言って……」


 偶也が砂埃の中に目を凝らしてみるとシールドが涼花の前に張ってあり、その後ろで涼花は、何事もなかったかのように起き上がる。


「あーあー、せっかくの白い服が台無しじゃない……」


 涼花は、服に付いた砂埃を払いながら起き上がる。


「貴様! 勝負に水を差すとはどういう了見だ!」

「あのまま殴っていたら大怪我じゃ済まなかったよ。こんなところで問題を起こしたらあんたにとっても……」


 そこまで話を続けたところで偶也は星雪に迫る。


「ほっしー‼︎」


 周造が刀を抜き星雪に駆け寄るが明らかに間に合わない。


「やば……」


 偶也の拳が星雪の目前まで迫ったところで突然、偶也は真横に蹴り飛ばされ、石垣に激突する。その勢いで石垣が盛大な音を立てて崩れる。


「おーおーこんなところで喧嘩か? だが、喧嘩にしちゃあ少しやりすぎじゃないか?」


 偶也を蹴り飛ばしたのは剣二だった。


「剣二〜 ちょっとやりすぎじゃない? 死んじゃうよ〜」


 冬心、小夜、エリナの3人が後ろから現れる。


「はっ、ほざけ冬心。これぐらいで死ぬかよ」

「な、なにをする!」


 偶也が崩れた石垣の中から現れる。


「おーおー威勢がいいなーおい。だが、これ以上やるなら軍法会議に送るぞ」


 剣二は、偶也を睨みつける。その威圧感で偶也は一瞬たじろぐ。


「ご……五大名家の俺に師団長ごときがそんなことできるわけないだろ!」


 その言葉が終わると同時に偶也の後ろに剣二が現れる。


「できるんだよ、ガキが、俺をなめるなよ」


 剣二は、偶也の肩に手をかけ、ドスの効いた低い声で囁く。その様子に偶也は、本能的恐怖を感じるが、


「くっ! ふ、ふざけるな!」


 偶也は、振り向きざまに剣二に打撃を加えようとするがすでに剣二はいなかった。偶也が辺りを見回すと冬心、小夜、エリナの3人の前に剣二を発見する。


「これが五大名家佐々木家秘伝術式の”香取”か……」


 周造は、目を見開き、その光景を一瞬たりとも見逃さないようにしていた。剣二の動きが見えているようだ。


「”香取”って?」


 涼花は星雪たちの近くに来て不思議そうな顔をする。


「ん? えーと、佐々木家に伝わる高速移動術式だよ」


 剣二の動きに見とれていた星雪は反応が少し遅れる。


「え? 高速移動するなら強化術式があるじゃん」

 涼花が首をかしげる。


「強化術式は体全体を強化、つまり全体的な身体能力の底上げを測る術式。だけどこの”香取”という術式はスピードに支配力の重点を置いてあるから強化術式とは加速性能が違いすぎるんだよ」


「あーなるほどね! 今度うちにもこういう術式作ってよ! できるでしょ?」


 涼花は両手を合わせて星雪に頼む。星雪はその受け答えに本当にわかっているのかと疑問を抱く。


「うーん、こういう術式は動体視力などの身体強化と加速を同時に行わないといけないから恐ろしく複雑な術式になるんだよね。それに動体視力や支配力の個人差から術式を作ったのはいいが使える人も限られてくる、正直言ってホイホイ作れる術式じゃないよ」


 星雪の表情と声からもその術式の価値が伝わってくる。


「もーケチ!」


 涼花はふくれっ面をする。


 剣二に向けたその拳が空振りに終わった偶也は再び剣二に向かって行く。


「いくら速かろうが俺の鉄壁の体に傷をつけれまい!」

「おいおい、あいつまだやる気かー」


 剣二は赤い鞘に収まった刀に手をかけ居合の姿勢をとる。


「剣二〜、これ以上傷つけるとあとあと面倒だよ〜」


 冬心が柔らかい声で剣二に忠告する。その喋り方はふざけているとも取れる。


「まぁそうだな、めんどくせぇなーおい。小夜! 幻術発動」


 剣二は刀の柄から手を離し小夜に指令する。


「かしこまりました。剣二様」


 小夜が札を取り出し、呪文を唱えると桃色の煙が発生する。


「エリナ頼むぞ」

「わかってる!」


 エリナが両手を胸の前で合わせると風が巻き起こり桃色の煙を偶也の元に運ぶ


「な、なんだ……」


 その煙を吸った偶也は即座にその場に崩れ落ちる


「ふー終わったな。よくやった2人とも」

「ありがとうございます。剣二様」

「こ……これぐらい余裕だ!」


 小夜とエリナの2人は顔を赤くする。


「申し訳ございません。うちの者が……」


 姫乃がお辞儀をして謝る。


「おお、土屋のとこのお嬢さんか久しぶりだな」

「覚えていてくださったのですか⁉︎」


 姫乃が目を輝かせる。


「まぁな、こんな美人さんをそうそう忘れるわけないだろう」

「美人さんだなんて〜 よしてくださいよ〜」


 姫乃が顔を赤くしてくねくねする。その様子は普段の姫乃からでは想像できない。


「ということは、さっきの奴は土屋の者なのか?」

「ええ、私の従者です」

「おい! 星雪! お前、そんな奴とやりやったのか?」


 剣二が星雪に、目をやる。


「まぁ、そうです……」


 星雪が恐る恐る答える。


「はぁ、ほんとめんどくせぇーことになったなーおい」


 剣二はため息をつく。


「だ……大丈夫です。私が言っておきますので」


 姫乃が少し焦りながら提案する。


「おお、それは助かる」


 剣二は「ふー」と胸を撫で下ろす。


「剣二〜 そろそろ小隊を決めないとまずいんじゃないの?」

「そうだな、よーし、今から小隊を組み直すぞ〜」


 剣二は、紙を取り出す。

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結界の国〜兵師たちの都志見〜 スターライズ @starrise

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