第133話 金色魚 其ノ参

「……はぁ。まさかもういなくなっているなんてねぇ」


 寂しそうにそう言う佳乃。私はと言うと……なんとなくだが、予想はしていた。


 私と佳乃が闇市場に行くと、既に金魚を売っていたという業者は姿を消していた。


 周りの者に聞くと、どの金魚も、金魚とは思えないほどにまばゆく輝いていたらしい。


 ということは、その業者自体、どう考えても怪しすぎる人物であるということは……私にもなんとなく理解できた。


「まぁまぁ。いいじゃないか。一匹でも綺麗なものだし」


「それはそうなんだけど……まぁ、旦那がそう言うなら」


 それでも、佳乃は納得行かないようだった。しかし、私としてはどちらかと言うと早く店に戻りたかった。


 なんとなくだが……嫌な予感がする。しかも、それは予感というか、確信に近い感覚だった。


 そして、私と佳乃はとりあえず古島堂に戻ってきた。


「あ」


 私は瞬時に金魚鉢を見ると同時に……声を漏らしてしまった。


 もはやそれは予想を超えた光景だった。金魚鉢の下は黄金になっていたのは変わらないのだが……その範囲が広くなっていた。


 佳乃が敷いた布だけでなく、さらに広範囲に机が黄金になっているのだ。


「うわぁ……ピカピカだねぇ」


 佳乃は驚いてそう言っている。いや、そんな呑気にしている場合ではないのだが……


「……佳乃。その……やはりその金魚のせいだと思うのだが」


「え? この金色になっているのが?」


「ああ……おそらく、このまま放っておくと、金色の部分がどんどん広がっていくぞ」


 私は小さく頷いた。どう見てもそうである。佳乃は今一度机を見てから私のことを見る。


「でも、家中が金ピカになったら、すごくない?」


「……君はこの店を金閣寺にしたいのかね?」


 私がそう言うと佳乃は少し考え込んだあとで、苦笑いする。


「それは……落ち着かなさそうだね」


「だろう? 仕方ない……金魚には悪いが、川にでも放流しよう」


「え? でも……それだと川が金色にならない?」


「いや。見てくれ。水や金魚鉢は透明のままだ。おそらく透明のものには影響を与えないのだろう。だから、川が黄金になることはない」


「そっか。じゃあ……可哀想だけど、放流するしかないね」


 結局、佳乃も私の提案に理解を示してくれ、私達は近くの川に金魚を放流することにした。


 金魚鉢を川面に近づけ、そのまま金魚を放流する佳乃。


「ごめんね……でも、元気でね」


 そう言って、佳乃が放流した金魚はそのまま元気に川の流れに沿って泳いでいく。


 意外と丈夫なんだな……と私が感心していた、その時だった。


「あ」


 思わず私は声を漏らす。上空からいきなり水鳥がやってきたかと思うと、そのまま金色の魚をその嘴で捕らえた。


 金魚は見事に嘴の中に入ってしまい、水鳥は……金魚を飲み込んだ。


 水鳥は何事もなかったかのようにそのまま飛び立ってしまった。


 私と佳乃は呆然としてしまって、そのまま飛び立った水鳥の後ろ姿を眺めていた。


「……旦那」


 先に口を開いたのは、佳乃だった。


「あ、ああ……なんだ?」


「……あの鳥、大丈夫かな?」


 ……私も佳乃と同意見だった。


 願わくば……黄金の水鳥が見つかったと、世間で話題にならないことを祈るばかりなのであった。

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