第122話 『自己中心的な心中』 其ノ弐

 それから、私も佳乃が読んでいた本を読んでみた。


 内容はなんのことはない……本当に佳乃の言ったとおりの話だった。


 ある夫婦が無理心中をする……主犯は妻だ。妻は愛する夫を自分のものだけにしたいがために心中を画策する、結果として夫がその要求を受け入れ心中をする……その模様が延々と書かれているだけの話だった。


 正直、面白いと思えなかったし、なんだか、暗い気持ちになった……佳乃にはこんなことをしてほしくないと思ってしまった。


「……ん?」


 と、私はあるページで目を止める。それは、作者のあとがきのページだった。短い言葉で文章が書かれている。


「『読者へ。事実は小説より奇なり。逆もまた然り。小説は事実より奇なり。読者もそれを体験することで、この作品の真髄を知ることになるだろう。文章をよく思い出してくれ給え。間違いのないように』……なんだこれ? まるで私に向けているかのような……」


 私が首を傾げている……その時だった。


「旦那? 読み終わった?」


 佳乃の声が聞こえてきた。


「ああ。読み終わった……え……どうしたんだ? 君……」


 見ると佳乃は……なぜか手に包丁を持っていた。


「え? だって、読み終わったんでしょ?」


「あ……で、でも、それ……その包丁は? 料理の途中だったのか?」


 私がそう問いかけると、佳乃は不思議そうな顔で私を見る。


「何言っているの? これから一緒に死ぬんだよ? そのための包丁」


 嬉しそうに笑顔でそう言いながら佳乃は私の方に近づいてくる。私は思わず杖をついて立ち上がってしまった。


「ま、待て! な、何を言っているんだ……私はそんな……」


「……死にたくないの?」


 悲しそうな顔でそう言う佳乃。


「あ、当たり前だ! 私はまだ、死にたくない……」


 私がそう言うと佳乃は信じられないという顔で私を見る。


「死にたくない……じゃあ……アタシのこと……愛していないんだ……」


 そういって、佳乃は自分の首元に包丁の刃を当てる。


「お、おい! 佳乃!?」


「もういいよ! それなら、アタシ一人で死ぬから!」


 佳乃は激昂しているが……何か違和感がある。


 佳乃のセリフ……どこかで聞いたことがあるというか……見たことがある。


 どこだろうか……


「……あ」


 私は思わず先程まで読んでいた本を手に取る。そして、ページを捲る。


「……『それなら、私一人で死にますから』……これか」


 私は佳乃が言ったセリフが本の内容と全く同じものだったことを思い出し、この行動の原因を理解するのだった。

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