第65話 交互日記 其ノ弐
「……どうぞ」
店の奥の居間で、佳乃が緊張した面持ちで女性にお茶を出した。
私が感じた既視感……確かに似ている。
私もあまり多く会った記憶はないが……如月さんと目の前の女性は瓜二つだ。違うのは髪の長さくらいだ。
黒い……まるで喪服のような服を来て、女性は悲しそうな雰囲気を纏っていた。
「ありがとうございます。その……お話、してもいいですか?」
お茶を目の前にして、女性はそう言った。
「ああ……えっと、森村さん……でいいのかな? アナタは……その……」
「弥生でいいです……古島さんは、お姉ちゃんの知り合いなんですよね?」
そう言われて、私は小さく頷いた。
「……新谷さん、来てたんですよね?」
そういって、弥生さんは不安そうな表情を浮かべる。
「……ああ。君は、新谷のことを知っているのか?」
「ええ……戦地から戻ってきてからずっと……一緒にいますから」
言われて私は驚いた。そもそも、如月さんに妹が居たことも驚きだが、その妹が新谷と一緒に住んでいたとは……
「……ふふっ。別に、新谷さんとは何もないですよ。ただ、目的が一緒ってだけですから」
私が想像していたことを見透かしていたかのように、弥生さんはそう言った。
「いや……それで、新谷はその……一体どうしてしまったんだ?」
私がそう言うと、弥生さんは少し悲しそうな顔をしながら、返事をする。
「新谷さんは、お姉ちゃんに元気になってほしいだけなんです。私と同じで、お姉ちゃんの笑顔をもう一度見たい……それが、私と新谷さんの目的です」
「目的って……如月さんの具合はそんなに悪いのか?」
私がそう言うと、弥生さんは我慢するように目頭を抑え、私を見る。
「いえ……大丈夫です。今は調子が悪いだけなんです……でも、きっといい方法が見つかる……私はそう思っています」
そういって、女性は私を見る。その視線は……新谷の視線とよく似ていた。
「……そうか。それで……新谷が私に渡そうとしていた、このノートは……」
私はそう言って、先程新谷が紙袋に入れていたノートを取り出す。
「あ……これ、お姉ちゃんの字ですね。ああ、これは……お姉ちゃんのノートか……」
弥生さんがそういってノートを見る。自分の妻の日記でも、新谷は私に売ろうとしていたのか?
「……アイツ、大丈夫なのか?」
「ええ……問題ありません。私が……支えますから」
そういって、弥生さんは立ち上がる。そして、少しふらつきながら、店の外ヘ向かっていく。
「……本当に、ご迷惑をおかけしました。でも……古島さん」
「ああ。どうしたんだ?」
「……新谷さんのこと、許してあげてくださいね」
それだけ言うと、弥生さんはそのまま店から出ていってしまった。
「……大丈夫かな? あの人……」
佳乃が不安そうな顔でそう言う。私も同感だった。
新谷と言い、あの弥生さんといい……まるで死人がさまよっているかのような、そんな不気味さだ。
それに……
「……ノート、置いていってしまったな」
私と佳乃はそう言って、ちゃぶ台の上に置かれたままになった、古びたノートを見つめるのだった。
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