第64話 交互日記 其ノ壱

 その日も、私は暇だった。


 相変わらず客は来ない……なんとも平和な一日だった。


 しかし……予感があった。何かがやってくる……具体的には、私にとってあまり良くないものが。


 良くないもの、というと少し語弊があるが、とにかく、そんな予感があったのである。


「……古島、いるか?」


 そして、聞こえてきた声。私は杖をつきながら立ち上がる。


 店先の方に向かっていくと、そこにいたのは……


「……新谷」


 新谷がそこにいた。しかし、相変わらず悠希のような表情である。


「悪いな……また、買い取ってほしいものがあるんだが……」


 消え入りそうな声で新谷はそう言った。私は新谷が手にしている紙袋を見る。


「……金が、ないのか?」


 私がそう言うと恥ずかしそうな顔をしながら、新谷は小さく頷いた。


「ああ……恥ずかしい話だが……無論、ダメならお前には迷惑はかけない。他のところにいくさ」


「いや、そういうわけじゃないんだが……お前がそんな感じだと……心配なんだ」


 私がそう言うと新谷は少し驚いた顔をする。それから、私のことを嘲るように嗤う。


「心配、か……本当にそうか?」


「当たり前だろう。なんでそんなことを言うんだ?」


「……俺が辛い時、お前は俺の近くにいてくれなかっただろう?」


 そう言われると……俺は何も言い返せなかった。実際その通りだからである。


「俺が辛い時も……お前は、佳乃さんと一緒だっただろう? 俺はそうじゃない……俺がつらい時、如月はいなかった……俺の側にいなかった。それどころか……如月自身も苦しんでいた……」


「……ああ。お前が辛いのは分かる。だけど……如月さんもそんな感じのお前を見ていたくないだろう? もっと、なんというか……元気になってくれないと」


 私がそう言うと共に、新谷は私のことを鋭く睨みつけた。それはまるで、飢えた獲物が怒り狂っているかのような……そんな恐ろしい視線だった。


「お前に……何がわかる!?」


 そういって、新谷は紙袋を地面に叩きつけた。その中からは……古ぼけたノートのようなものが飛び出した。


「おい、新谷……そんな怒らなくても……」


「うるさい! いいか! 古島、お前だって……お前だって、俺と同じような境遇になるべきだったんだ……いや、してやる……必ず、お前も……」


 それだけ言うと、新谷は走って去っていってしまった。


「おい! 新谷!」


 私がそう言っても新谷はそのまま駆けていってしまった。


 そもそも追いかける事ができない私であったが……そもそも、追いかける気持ちにもならなかった。


「新谷……アイツ……」


「旦那? どうしたの?」


 心配そうな顔で、佳乃も店の奥から出てきた。


「ああ……新谷が来ていたんだが……なんだか様子が変だったんだ」


「新谷さんが……大丈夫なの?」


「……わからない。アイツは――」


 そこまで俺が言った時だった。


「すいません」


 と、私と佳乃背後から話しかける声が聞こえてきた。私と佳乃は同時に振り返る。


 そこには、私にとっては、見覚えのある容姿……だが、どこか少し違う感じの女性が立っていた。


「……アナタは?」


 女性は少し悲しそうに目を伏せた後で、私の方をじっと見つめてきた。


「……私、森村弥生と言います。お姉ちゃん……新谷如月の……妹です」

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