第63話 乙女鉄刀:写し『一刀千鬼』 其ノ伍
「私、瀬葉と申します。どうぞ、お見知りおきを」
紳士は車に入るなり、私にそう挨拶した。私も軽く会釈する。
「あ、ああ……それで、アナタは……というか、アナタと伊勢崎はどういう……」
「……さて、何から話せばいいのやら」
老人は運転席に座ると大きくため息を付いた。
私も助手席に座り、ジッと老人を見る。
「……私は伊勢崎家の執事です」
「……執事?」
思わず今一度訊ね返してしまった。老人は小さく頷いた。
「ええ……お嬢様は……やはりお話していませんか」
老人は苦笑いしながら、後部座席で未だに眠っている伊勢崎を見る。
「ああ……そもそも……帝財局というのは……本当なのか?」
「ええ。最も……それはお嬢様の父上……先代の伊勢崎家当主、伊勢崎義隆様のご身分ですが」
「え……父上……ということは……」
「はい。お嬢様は……帝財局に務めたことはございません」
私は驚いてしまった。しかし、紳士は嘘をついているようには思えない。
「しかし……どうして、伊勢崎はそんな……」
「……お父上の、不名誉を晴らすため、でしょうね」
紳士は悲しそうな顔でそう言った。私は思わず黙ってしまう。
「……不名誉とは?」
暫く経ってから、私はようやく紳士に訊ねることが出来た。
「……終戦間際、帝財局から幾つかの物品が盗まれたのです。当時、帝財局の物品の管理をする立場に義隆様は就いておりました……結局、犯人は見つからず、そのまま敗戦となりました」
「ああ、そういえば、伊勢崎もそんなことを……」
「そうですか……ただ、問題はそこからです。本来ならば国の中枢……帝国の神秘なる物品を管理するという立場にあった義隆様は、主要な戦犯として彼の国に裁かれるはずでした……しかし、義隆様はお咎めはありませんでした」
「お咎めなし……? それは……」
私が驚いていると、その反応は当然と言わんばかり表情で紳士は私を見ていた。
「理由は簡単です。義隆様に死んでもらっては……彼の国も困るからです」
「困る? なぜ?」
「……もとより、伊勢崎の家は神秘なるもの、不可思議なものを管理する家柄でした。ですから、義隆様がいなくなると……そういったものの処理はどうしますか?」
「あ……あぁ。だからか」
「……ですが、義隆様は自ら命を絶った」
紳士は悲しそうな顔でそう言う。私も驚いてしまった。
「それは……どうして?」
「周囲から言われるようになってしまったのです。『伊勢崎は帝国の財産を売り払って彼の国に許しを乞うたのだ』と……」
「そんな……しかし、それで……」
「ええ。死ぬことはない、と言いたいのでしょう? ですが……伊勢崎の家にとって、帝国の財産の管理を徹底できなかったこと、そして、周囲の人間にそのような疑いを持たれてしまった時点で……それは死を選ぶ以外、選択肢がなくなってしまったのです」
私は絶句してしまった。伊勢崎にそんな過去が……流石に私も信じられなかった。
今一度、後部座席で眠っている伊勢崎を見る。伊勢崎は未だに眠っているようだった。それこそ、私がこんな重大な秘密を教えられていることもしらずに。
「帝国が敗戦しなければ……帝財局から物品が無くならなければ義隆様は死ぬことはなかった……よって、お嬢様は未だに、帝財局から物品を奪った賊を探しています。無論、私も……ですから……この通りです。古島様」
そういって、いきなり紳士は深く頭を下げてきた。
「え……な、なんだ、いきなり……」
「……お嬢様にもしものことがあれば、私は死ぬしかありません……どうか……どうか、お嬢様をお守り下さい……!」
紳士は深々と頭を下げたままでそう言った。私は断ることもできず、頭を下げている紳士を見ていた。
「あ、ああ……いや、それは……なるべく危険なことはしないようにするが……」
「……ありがとうございます」
紳士は嬉しそうに微笑んだ。深く刻まれた顔の皺は、彼の苦労を表しているようだった。そのため、余計に私はもう何も言えなくなった。
「それでは、お店までお送りします……ああ。そうです。古島様、単刀直入にお聞きしますが、今の奥様とご離婚されるお気持ちは?」
「……はぁ!? な、なんだ、いきなり……」
すると、執事は先程までの優しげなものではなく、鋭い眼光で私を見る。
「いえ、真剣な話です。お嬢様は今まで全ての縁談を断り続けておりまして……そもそも、女学校育ちのお嬢様は、男性が嫌いなのです。ですから、男性をなるべく近づけないようにと……あの男装は、元からです」
「え……そ、そうなのか……意外だったな」
「はい。ですが、どうやら古島様にはお気を許している様子……先代の当主が自害されたとはいえ、伊勢崎にはまだまだ財産も土地も……あらゆるものがございます。いかがですか?」
「……残念だが、お断りだ」
私がそう言っても、紳士は笑顔を崩さなかった。
「そうですか。残念です。お気持ちが変わったら、是非」
そう言って、老人は運転を再開した。どうやら、この紳士もあまり気を許してはいけない存在のようなのであった……
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