第48話 招き泥棒猫 其ノ壱
「はぁ……暇だ」
私は相も変わらず暇を持て余していた。客はこない、商品は売れない……おまけに佳乃は出かけている。
「……まぁ、暇で困ることも……そんなにないんだが」
「本当ですか? 旦那様?」
と、いきなり声が聞こえてきた。見ると……店の前に小柄な着物を来た人影が立っている。
「え……なんだ? 何かお探しか?」
私が立ち上がろうとすると、人影は店の方に入ってきた。
「フフッ……お暇なら、吾輩を雇ってみませんか?」
と、入ってきたのは……小柄な少女だった。背中には大きな風呂敷を背負っているが、薄い綺麗な桃色の着物を着ている。
髪型は日本人形のようなおかっぱ頭……そして、何より目が……細い。猫目というにふさわしい程に細い目つきだった。
「え……雇う? いや、ウチは今誰かを雇う余裕は……」
「いえいえ。問題ありません。吾輩はお給金などいりません。雇ってくれるだけでいいんです」
猫目の少女はニッコリと微笑む。お給金がいらない……つまり、唯で使ってくれていいということなのか?
「……悪いが、そういうわけにはいかない。さすがにこのご時世、無給で働いても良いって言う方が怪しく感じてしまうものでね」
私がそう言うと猫目の少女は小さく頷いた。
「それは御尤もですね……では、お食事。食事だけ頂ければ結構です。どうですか?」
「それは……住み込みで働くということか?」
「はい。寝床も必要ありません。吾輩は床でもどこでも寝られますから……ダメでしょうか?」
そういって、懇願するように頭を下げる少女。それにしても……佳乃が許すだろうか。
あれで佳乃は結構なヤキモチ焼きだ……勝手に女性を家に住み込みさせるなんてなっては……
「あれ? 旦那。その子、誰?」
と、そこへ丁度佳乃が帰ってきた。
「あ、ああ。佳乃、実は……」
「ああ! 奥様ですか! 良かった!」
そういって、今度は少女は佳乃の方に向かっていく。
「吾輩……行く宛もない迷い猫……どうぞ、この家に置いてやって下さい」
今度はより深く頭を下げる少女……私も佳乃も困ってしまった。
「え……どういうこと?」
「えっと……まぁ、この店で働きたいんだと」
私がそう言うと佳乃は目を丸くする。そして、今一度少女の方を見る。
「……ホントに働きたいの?」
「はい! よろしくお願いします!」
そういって、少女は今一度深く頭を下げる。佳乃は苦笑いをして私を見る。
「……いいんじゃない? 少しの間なら」
「え……いいのか?」
佳乃がそういったことに、むしろ、私の方が驚いてしまった。
「うん。アタシは全然構わないよ」
「奥様……ありがとうございます!」
どうやら……佳乃にしては珍しく快諾してしまったようだ。これでは私も断ることも出来ない。
「……そうか。まぁ、じゃあ……よろしく頼む」
「はい。旦那様もよろしくお願いします」
「そういえば……君、名前はなんだ? ウチで働くのに名前も知らないのでは困るからな」
そう言うと、少女は少し悲しそうな顔をする。
「……吾輩には、まだ名前はないのです」
その言葉を聞いて、私も佳乃も思わず顔を見合わせてしまった。それから、佳乃はなぜか少女の額を見つめる。
「え……なんですか? 奥様?」
「額……ここに細長い黒子があるね。面白い形の。なんだか……胡麻みたいだね」
佳乃にそう言われて、少女は慌てて額を隠す。
「あ……変……でしょうか?」
「全然。変じゃないよ。そうだな……胡麻、ごま、ご、ま……ごまごま、こ……あ! 麻子! 麻子ちゃん、でどうかな?」
「……へ?」
私も少女も思わず顔を見合わせてしまった。佳乃は満足げに少女を見る。
「さすがに胡麻ちゃんじゃなんだか変だし……アナタの名前は麻子ちゃん。ね? いい名前でしょ?」
そう言われて少女は明らかに苦笑いをしていたが、小さく頷いた。
ただ、少し嬉しそうな顔に見えた。それに、我が妻は満足そうだった。
そして……少女……ならず、麻子はウチで働くことになったのだった。
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