第47話 追憶の日記 其ノ伍

「……で、君も昨日、私と同じ夢を見ていたということか」


 私がそう言うと、佳乃は小さく頷いた。


「そうなんだよ。でも……アタシは今より小さい頃だったなぁ。それにお父様とお母様もいたし」


「……ああ。それは私を見た。それで……君は、伊勢崎彩乃を見たか?」


 私がそう言うと佳乃は首を傾げる。


「え? 誰それ?」


 私は困ってしまった。困りながらも、目の前に有るノートを見る。


 おそらく……原因はこのノートだ。しかし……どうにも腑に落ちない点が幾つかある。


 まず、佳乃は断片的なことしか覚えていないのだ。父と母がいたこと、そして、私がいたこと。


 父親が投資などしていないと私に言ったことや、伊勢崎彩乃のことは覚えていない。


 つまりあれは……


「……佳乃の無意識による……夢」


 おそらく、佳乃自身は覚えていないが、佳乃の脳は無意識に覚えているのだろう。


 何かの本で読んだが、夢を見る時というのは、脳が覚醒するときらしい。おそらく、昨日の夢ではそれが実際に起きたのだ。


 しかし、その佳乃の夢に私が巻き込まれたのは……間違いなく、佳乃がノートに書き込んだ内容のせいなのだろう。


 実際、ノートにはその程度の内容しか書かれていなかった。きっと、このノートは書いた人物の覚えている以上のことを、夢の中で再現するのだろう。


 そうなると……佳乃が以前、伊勢崎に会ったときに言っていたこと……佳乃と伊勢崎は会ったことがあるのだろうか?


 そして、武蔵野家は投資などしていなかった……それなら、なぜ没落したんだ?


「ねぇ、旦那。ノート、もう使っちゃダメなの?」


「え? そりゃあ君……危険だからなぁ」


「え~。家計簿でもつけようと思ったのに……それでもダメ?」


 佳乃にそう言われて私は少し躊躇った。


 しかし、家計簿用に使おうものなら……なんだか酷く目覚めの悪い夢を見させられそうだ。


「……ダメだ。とにかく、これは倉庫に戻しておくからな」


「え~。もう! そんなだから旦那、あの倉庫片付かないんだよ?」


 怒り気味にそういう佳乃。我が妻ながら……なんとも現実的な女だとつくづく思うのであった。

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