第46話 追憶の日記 其ノ肆
「伊勢崎……彩乃……?」
さすがの私も驚いてしまった。伊勢崎の容姿は……どう見ても私が知っている伊勢崎のものではない。
清楚な令嬢という言葉をそのまま人としたような……それくらいの美少女だった。
少なくとも……スーツを着た胡散臭い女性ではなかった。
「え? どうしましたの? 古島様?」
不思議そうな顔で佳乃がそう言う。伊勢崎も私のことを不思議そうに見ている。
「あ……いや、すまない……その……伊勢崎さんがとても……綺麗だったもので……」
「……フフッ。お上手ですね、古島様」
伊勢崎はそう笑って、私と佳乃に一礼する。
「すいません。他の方にも挨拶してまいります。彩乃さん、また、後で」
「ええ、また……」
そういって、伊勢崎は行ってしまった。残された佳乃は……私のことを鋭い視線で睨んでくる。
「……どうしたんだ? そんな視線で見て……」
「古島様……私のお友達に綺麗などと……あまり気障なお言葉はよろしくないと思いますわ」
そういう佳乃は……私が知っているとおり、不機嫌なときの佳乃だった。頬を膨らませ、私のことを見ている。
「……ああ、すまない。で……そろそろ教えてほしいんだが……この夢はいつまで続くんだ?」
私がそう言うと佳乃はキョトンとした顔をする。そして、苦笑いしながら私を見る。
「なんだ……気付いてたの?」
悪戯がバレたときの子どものように佳乃は笑った。
「君ねぇ……あまりにも言葉使いが不自然すぎるよ。もう少し上手くやったらどうだい?」
「あはは……もう大分前のことだからねぇ。お嬢様っぽい言葉使いも忘れちゃったよ……それにしても随分と現実感のある夢……っていうか、なんで夢の中で旦那と喋っているのかな?」
それは私も聞きたかったが……おそらく、あのノートだろう。
「……君、私が渡したノートになんて書いただい?」
「え……だから、昔のこと。今アタシ達がいる場所のこと。でも、さっき会った人とかのことは書いてないんだよなぁ」
「何? しかし、君は先程、彼女のことを友達、と言っていたぞ?」
「え? アタシ、そんなこと言ったの?」
驚いた顔でそう言う佳乃。佳乃自身にはまるで記憶がないようである。
どうやらあのノート……やはりただのノートではなかったらしい。
「……とにかく、この夢から出るか」
「え……もうちょっと居ない?」
意外な答えが佳乃から返ってきた。私は佳乃の方を見る。
「……いたいのか? ここに」
「そういうわけじゃないけど……なんだか懐かしいから」
そういって、佳乃は今一度、遠くで誰かと話している佳乃の父と母の方を見ている。佳乃の気持ちは……わからなくもない。だが……
「残念だが……こういう手合の夢は、長くいると良くない。下手をすると目覚めなくなる可能性さえある」
「え……それは……嫌だな」
と、佳乃がそう言った途端、世界がぐにゃりと歪んだ気がした。私は佳乃の方を見る。
「さて……どうやら、そろそろ目覚めそうだな。また、後で」
「あ……旦那」
と、歪み始めた世界で佳乃は私を見る。
「ん? どうした?」
「その……贅沢なこと言ってごめんね。アタシ……別に旦那との生活に不満とかそういうのは……ないから」
申し訳なさそうにそういう佳乃。私は苦笑いしながら佳乃を見る。
「別に。気にしていないさ。それに……その言葉だけ言ってくれれば十分さ」
私がそう言うと佳乃は安心した表情で私を見た。そして、私と佳乃の周りの光景が一層歪んだかと思うと……今度こそそのまま私は意識を失ったのだった。
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