第44話 追憶の日記 其ノ弐

 結局、倉庫の中の掃除は終わったような終わっていないような……そんな感じで私は店の中に戻ってきた。


「あ、旦那。終わった?」


 居間では、呑気にお茶を飲みながら佳乃が私にそう話しかけてくる。


「……君なぁ。あの倉庫の掃除が終わるわけ無いだろう? 手伝ってくれればいいのに……」


「え~……だって、あれは旦那のお父様のモノがほとんどでしょ? なんでアタシがやらなくちゃいけないの~?」


 不満そうな顔でそういう佳乃……こういう所だけは、元華族のお嬢様らしく、どこかわがままである。


「……って、君、何を書いているんだ?」


 そう言ってみると、佳乃は……私が先程渡したノートに何かを書いていた。


「さっき言ったでしょ? 昔のことを書いておきたい、って」


「ああ……しかし、君、昔のことなんて覚えているのか?」


 私がそう言うと、佳乃はふくれっ面で私を見る。


「あのねぇ……お屋敷に住んでた頃はすごかったんだよ? パーティとかもあったし……今はその時にあったことを書いてるんだ」


「パーティ……ねぇ。今の私との生活では無縁の言葉だな」


 私がそう言うと佳乃は少し怪訝そうな顔で私を見る。


「……別にアタシはそういう意味で言ったんじゃないんだけど」


「ああ、わかっている。とにかく……今日は私も疲れた。さっさと寝よう」


 私がそう言うと、佳乃もそれに同意したようだった。私達はそのまま寝床に就くことにした。


 そして、私はその日……不思議な夢を見た。


 まず、夢ということが理解できているのだ。これは夢で、私自身も夢の中にいるのだ、と。


 しかし、問題は、それだけの認識ではなかったということである。


 夢の中にいるということはわかるのだが……それが、自分の夢ではないという認識があったのだ。


 そして、私がその夢の中でいた場所は……


「……お屋敷」


 そこは……今まで行ったことのない豪華なお屋敷だった。


 天井には美しい装飾のシャンデリア……そこかしこに、燕尾服やドレスを着た富裕層らしき人間が立っている。


 そして、私も……なぜか燕尾服を着ていた。


「……一体これは……」


「古島様! ここにいらっしゃったのですね!」


 聞き覚えのある声で私は振り返る。そして、私は思わず言葉を失ってしまった。


 そこに立っていたのは……美しいドレスを着た我が妻……佳乃だったからである。


「佳乃……君、どうしてそんな……」


「え……嫌ですわ。古島様……名前で呼ぶなんて……恥ずかしいです」


 そう言って顔を赤らめる佳乃。意味がわからない。


「……とにかく! ワタクシのお母様とお父様にお会いしていただきますわ! 来てください!」


「え!? ちょ、ちょっと!」


 佳乃はそう言うがままに私のことを手を引き、そのまま半ば引きずるように私を連れていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る