第43話 追憶の日記 其ノ壱

「……なんだこれ?」


 その日は珍しく私は店の裏手にある倉庫を整理していた。無論、すでにガラクタの魔境と化してしまっているので、とてもじゃないが、人が立ち入るような場所ではない。


 しかし、定期的に佳乃が掃除をするように要求してくるのだ。どうせ、掃除をしたところで後から後から品物が増えていくのはわかっているのだが……掃除をしろと言われた以上、するしかなかった。


 そんなところで見つけたのは……古いノートだった。


「随分と古いな……親父のか?」


 私は表紙に積もったホコリを振り払いながら、そのまま倉庫から出た。


 しかし、明るい光の下で見ると……そのノートにはきちんと表題が記入されていた。


「……『追憶ノ日記帳』?」


 その表題は酷く汚い文字で記入されている。親父がこんなものを作るだろうか……どうにも怪しい気持ちがしてしまった。


 私は少し警戒しながらも、日記帳を開いてみた。


 日記帳のはずなのに、最初のページには文字が書いてあった。


「えっと……『今日有ツタコトデハナク、過去ニ有ツタ体験シタイ出来事ヲ書クベシ』……なんだこれは」


 意味がわからなかったが……おそらくロクでなものではないということは理解できた。


 日記というのは普通今日あったことを書くものであると思うが、過去にあったことを書くというのは……


「旦那! 掃除終ったの!?」


 と、そこへ佳乃の声が聞こえてきた。あいにく、ちょうど日記を読んでいるところを佳乃に見られてしまった。


「あ~! またサボって……それ、何さ?」


「あ、ああ……なんだかよくわからないものが出てきたのでな」


 そう言って私は佳乃にノートを見せる。佳乃も眉間にシワを寄せて日記を見ている。


「……過去にあったこと? それって、ずっと昔でも良いの?」


「え? あ、ああ……なんだ。君、書いてみたいのか?」


 すると、佳乃は少し恥ずかしそうにしながら私を見る。


「あはは……いや、その、最近さ……まだアタシがお屋敷に住んでいた頃のことを書いておきたいなぁ、って思って」


「何? お屋敷……武蔵野家にいた頃のことか?」


 急な言葉だったので、私も思わず目を丸くしてしまった。


「うん……実は、最近、たまたまそういう夢を見ちゃって……少し思い出しちゃったんだよね。お父様もお母様も今はどうしているかわからないけど……それでも思い出は残っているからさ」


 そういって、我が妻は少し悲しそうな顔をする。それを見て私もなんだか辛い気持ちになってきた。


「……そういうことなら、新しいノートを買ってこようか?」


 私が気を遣ってそう言うと、佳乃は首を横に振る。


「あはは。わざわざ悪いよ。余っているノートでいいって」


 そういって佳乃はノートを受け取った。


「じゃ、アタシはノートに昔のことを書いておくから。旦那、片付けよろしくね~」


「なっ……君……ちょ……はぁ……」


 佳乃は私を残して行ってしまった。ともすると、単純に掃除を私だけに押し付けたかっただけではないのか……そんなことを考えてしまいながらも、私は再度倉庫の中に戻っていったのだった。

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