第30話 蒸気機関義足・義手

 その日、私は久しぶりに医者のもとへ赴いていた。


 足が不自由な私は定期的に医者のもとへ向かわなければならない。面倒ではあるが、かといって行かないわけにもいかない。


「で、古島堂の旦那。最近はどう?」


 やる気のない感じでそう尋ねる眼鏡の中年医師……藪士郎は私のかかりつけの医師である。


 彼の医院は「藪医院」……近所ではヤブ医者という渾名で呼ばれているが、別にそういうわけでもない。


 藪先生はむしろ、なぜこんな町医者をやっているのかという感じの立場の人間だ。我が国でもトップの大学を出た後は、軍医として従軍していた……その後、内地に帰ってきてからはなぜか町医者をやっているのである。


「ああ、普通だよ。良くもならないし、悪くもならない」


「……まぁ、旦那のは生まれつきだからねぇ……でも、毎日ちゃんと歩いているみたいだな。良いことだ」


 先生はカルテに何かを書き込み、私の方を見る。


「まぁ……特に何も言うことはないよ。お疲れ様」


「……あ、先生。その……一つ聞いていいか?」


 と、明らかに診察が終わりそうな時に私は思わず聞いてしまった。


「ん? 何?」


「……先生は、軍医だったんだよな? その……戦地ではどんなことを?」


 私の質問があまりにもぶしつけだったようで、先生はキョトンとしてしまっていた。そして、少し怪訝そうな目で私を見る。


「そんなこと聞いて、どうするんだ?」


「え……あ、ああ。いや……最近、ちょっと気になることがあってな……」


 私が明らかにしどろもどろしていると、先生は小さくため息をつく。それから懐からタバコを取り出した。


「……まぁ、旦那がそんなこと聞いてくるなんてのは何か俺に聞きたいことがあるんだろ? タバコ吸っていいよな?」


「え……あ、ああ……まぁ……どうぞ」


 私がそう頷いている間に、先生はいつの間にかタバコに火を付けていた。


 この人は、たしかに名医なのだが、こういう時はいつも喫煙しているような人だ。


「……まぁ、簡単に言ってしまえば、最低だよ」


「最低……か」


「ああ、内蔵が飛び出たり、手足が吹っ飛んだり……嘘じゃないよ。俺はそういうのを間近で見てきた。で、ほとんど意味のない治療をしてきた……最低だろ?」


 そういって先生は煙を吐き出す。私は小さく頷いた。


「で……旦那は何を聞きたい?」


「……先生は、国健部隊って知っているか?」


 私は少し戸惑ったが、先生に聞いてみた。先生は少し時間を置いたが、何事も無いという感じで私を見る。


「ああ、知っている」


「え……知っているのか?」


 さすがに私は驚いてしまった。しかし、先生は特に驚く様子もない。


「ああ、勧誘も受けたしな。ウチに来ないか、って」


 先生は遠い昔を思い出すかのように目を細める。


「……なんでも、国民の健康を増進する……だったかな。ハハッ……くだらない。あの時の我が国がそんなことをするもんかね。俺だって知っていたよ。あの部隊が人体実験をする部隊だって」


「え……知っていたのか?」


「ああ。俺の知り合いは何人か実際に行ったからな。一度だけその中の一人が内地に帰ってきた時話を聞いた……ひでぇ話だったよ」


「……それは、どういう?」


 私がそう尋ねると、先生は私の足を見る。


「……旦那。義手とか義足って知っているかい?」


「え……ああ。その、手足の代わりになるという……」


「そうだ。戦地では腕や足がよく吹っ飛んだからなぁ。代わりに代替的な手足をくっつけたんだよ。ただ、これが……将来的にはどうなるかわからないが、今の時代、そこまで上等なものじゃないんだ」


 そういって、先生はタバコを灰皿の上に乗せる。


「俺が聞いたのは……『蒸気機関義足・義手』の話だ」


「……蒸気機関……義足……義手?」


「ああ、機関車と一緒だ。蒸気機関を使った、今までとは全く違う義足、義手だそうだ」


「……ちょっと待て。蒸気機関が手足サイズに小さくできるものなのか?」


「さぁ? でも、できたんだとよ。それがまぁ、最初は蒸気機関車みたいに、激しく義足と義手は動いたんだと。おまけに普通は発揮できない怪力を発揮できたそうだ……だけど、動きすぎだった」


「え……動きすぎ?」


「ああ、手の方は暴走で肩ごと爆発……足の方は挙動がおかしくなったのか、腰の部分より下ごと、曲がっちゃいけない方向に曲がっちまったんだと」


 そう言う先生の表情は本気だった。私は絶句してしまう。


「……フフッ。どうだい? 旦那もそういうの欲しいかい?」


 私は首を横にふる。すると、先生は満足そうだった。


「よろしい。では、これからも毎日健康に気をつけるように」


 それだけ言って、今度こそ診察は終わった。


 終わってから考えると、先生の冗談だったようにも思えるが……


「……あの目は、どう考えても冗談を言っている目ではなかったな……」


 そんなことを考えながら、私は古島堂に戻っていったのだった。

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