第29話 あの世ラジオ 其ノ参
「う~ん……」
私は思わず唸ってしまっていた。なぜ唸っているのか……理由は簡単である。
今私の目の前には……分解されたラジオがある。無論、新谷から受け取ったラジオだ。
私はどうしてもこのラジオのことが気になった。一体どういうからくりで如月さんの声が聞こえてくるのか、と。
適当に分解してみた。しかし……私が知っている限りでは、ラジオには声を再生できるような機械は搭載されていなかった。普通のラジオである。
ただ、気になることがあった。製造日、製造場所……それらがまったく記載されていないのである。これではどこで作られたのかもわからないので、連絡先もわからない。
「……そもそも、新谷は一体どこでこんなものを……ん?」
と、私はふいに店の床に転がっている何かを見つけた。
どうやらラジオの中から出てきたらしい小さい紙切れ……随分と古びた紙切れのようだった。
私は杖をついて、紙を拾い上げる。
「なんだこれは……あ」
私は思わず声を漏らしてしまった。紙切れにはただ一言、文章が書いてあったのである。
「健ヤカナル国家ノタメニ」と。
私は絶句してしまった。一体之は何を示している? 新谷は一体戦争中、どこで何を……
「それ、僕に譲ってくれないか?」
と、私は聞こえてきた声で我に返った。そして、前方を見る。
前方には薄めでニヤニヤとしながら、私のことを見る女性……
「……伊勢崎……彩乃」
私は思わずそう呟いてしまった。それこそ、まるで見計らったかのように、伊勢崎が現れたのである。
「フフッ……やはり君は不思議なことに巻き込まれやすい人間のようだね。羨ましいものだ」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。そのラジオ、存在だけは聞いたことあるんだよ」
私は思わず驚いてしまった。私の表情を見て、伊勢崎は嬉しそうにさらに目を細める。
「国健部隊の奴らは『あの世ラジオ』なんて名前を付けたらしい。なんでも、あの世と交信できるラジオとか。私は実際それが動いているのを見たことはないが……その様子だと、君は見たんだね? そして、死者の声を聞いた、と」
私は何も言わなかったが、それが無言の肯定であることは伊勢崎にも理解できたようだった。
「もし、それが実際に作動したのなら、おそらく分解しても無駄だよ。きっと、あの世からの声は聞こえてくる。君も嫌だろう? 奥様と一緒に毎晩死者の声を聞き続けるのは?」
「……馬鹿な事を言うな。あの時聞こえてきた声は……生きているはずの人の声だ」
それを言うと、伊勢崎は不思議そうな顔をした後で、嬉しそうに頷いた。
「なるほど……まだあの計画を遂行しようとする奴がいたのか……」
「……おい。君一体何を言って……」
私がそう言うと、伊勢崎を首を横に振ったかと思うと、持ってきたらしい袋を広げ、私が分解したラジオの部品をその中にすべて入れてしまった。
「フフッ……君と会っていれば、いずれヒラサカの鍵にもお会いできそうだ。また来るよ」
唖然とする私を他所に、伊勢崎は微笑むと、店を出ていこうとする。
その矢先だった。ちょうど、出かけていた佳乃が店に帰ってきた。
佳乃は珍しそうに伊勢崎を見る。伊勢崎はニヤニヤしながら佳乃を見たままで、そのまま店を出た。
「……旦那。今のお客さん?」
佳乃がそう聞いてきたので、私は首を横に振る。あんなものは客とは言わないだろう。
「今の人……私、会ったことあるかも……」
「……何?」
佳乃は不意にそんなことを言い出した。私は思わず不意をつかれて何も言えなかった。
「……どこで?」
ようやく私は佳乃に尋ねる。
「う~ん……どこだったかな……思い出せないんだよね……」
苦笑いしながら申し訳なさそうにそういう佳乃。
「なんだそれは……まぁ、いい。あんな人間のことはさっさと忘れることだ」
私は未だにもやもやとした気分……そして、親友に対する不安を抱いたまま、店先を睨みつけるのだった。
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