第24話 博打好きの拳銃 其ノ参
「あはは~……旦那……もう飲めないよ~」
すでにベロベロの霞を介抱しながら、私は歩いていた。
「君なぁ……いい加減にしろよ」
賭場での一件の後、私達は屋台で酒をのみ、帰路に就いていた。
拳銃はその後の処置はどうしようかと話し合ったが……とりあえず、私が管理することにした。
「なぁ、若旦那」
と、私と霞の後を歩いていた渡良瀬が話しかけてくる。
「ああ、どうした、渡良瀬さん」
「……どうして、あれが拳銃だと?」
渡良瀬は実際当たり前の質問をした。
なぜ、賭場に突如として現れた男の正体が、不良品の拳銃だと私が理解したのか、と。
「まぁ、色々理由はある。まず、彼の国の軍人は、あんな場末の賭場にやってこないだろう? 私の聞いた話では、彼等は専用の賭場があるそうだ。それでまず一番疑問に感じた」
私がそう言うと渡良瀬は頷いた。
「それに……よくあるんだ。モノが機嫌を損ねて人間に悪さをするってのは」
「何? モノが?」
「ああ。そういう場合、大体モノってのは不可思議な真似をする……今回は弾が入っていないはずの拳銃から音が出た……それを聞いてなんとなくおかしいと思ったんだ」
「……だが、それだけわかるものなのか?」
「まぁ……一応私も古道具屋だからね。そういうのは感じでわかるっていう部分もあるんだ」
私がそう言うと渡良瀬はわかったような、わからないような顔をしていた。
正直、私自身もあまり明確に説明できなそうだったので、話はそれで終わりにしておいた。
「……若旦那。ちょっとこいつも見てくれないか?」
そういって、渡良瀬は懐から何かを取り出した。それは……拳銃だった。
回転式拳銃ではない。我が国で生産されていたものだ。
「渡良瀬さん……なんでそんなもの……」
「ああ、敗戦時にな、外地から逃げてくる時そのままパクってきた。まぁ、使ったことはないが……さっきの回転式拳銃とは違って、弾は入ってるぜ」
そういって、渡良瀬は私と霞に銃口を向けてくる。
「……え、渡良瀬、ちょっとアンタ、何ふざけて――」
霞が怒り気味にそう言ったときだった。
「動くな」
霞がそう言うと共に、渡良瀬は引き金に指をかけていた。それまでベロベロだった霞も一気に酔が冷めたようだった。
「渡良瀬さん……君は……」
私がそう言うと渡良瀬は自嘲的な笑みを浮かべる。
「悪いな、若旦那。俺、昨日賭場で大負けしちまってなぁ。もうすっからかんなんだ。一文もねぇ。地獄から帰ってきてみれば……このザマだ」
「ま、待て、渡良瀬さん。金なら貸してやる。だから……」
「……ふざけんなよ」
渡良瀬はそう言って、剣先のような鋭い目つきで私を睨む。
「なんで……地獄に行ってきた俺がこんな惨めなのに……行かなかったアンタは、なんで良い思いしてんだよ!? おかしいだろ!?」
激昂する渡良瀬。霞は私の背後に隠れて完全に怯えてしまっていた。
「……いや、すまねぇ。若旦那。アンタ個人に恨みがあるわけじゃねぇ。ただ、理不尽だろ? 俺ばっかりひどい目にあってよ……だから、俺のために死んでくれ」
「待て……私には……佳乃が……」
私がそう言うと渡良瀬はキョトンとした目で私を見た後、苦笑いした。
「若旦那……アンタ、ホントに面白い人だ」
そういって渡良瀬は拳銃の引き金を引いた。私はそれを見て、死を覚悟した。
しかし、それと同時に……拳銃が爆発したのだ。
渡良瀬はそのまま地面にぶっ倒れた。
「え……わ、渡良瀬さん!?」
私は慌てて杖を使って渡良瀬に駆け寄った。銃が爆発し、その破片が喉元に突き刺さっている。
「ああ、若旦那……へっ。びっくりしたかよ……?」
「な、何を言っているんだ!? なんでこんなことを……」
「……さすがに、限界みたいなんでな。ここらへんで自分でケリを付けたかったのさ」
そういって、渡良瀬は私の服をつかみ、私の耳元で囁く。
「俺が外地で所属していたのは……国健部隊だよ」
「……え?」
私が驚いていると、渡良瀬はニヤリと微笑む。
「……あいつら、俺がこんなになってもやっぱり諦めねぇみたいだ。下っ端が知っていることは全部消し去りたいみたいだな。ったく、俺は元は別の部隊にいて、怪我で部隊替えになっただけだっていうのに……ツイてないぜ」
「……渡良瀬さん。それじゃあ、君は今、わざと……」
「へっ。銃なんて絶対使わない部隊で配布された銃だ。ロクでもねぇもんだと思っていたが……いいか、若旦那。俺がさっき言ったのは半分本当だ。実際、俺はもう金もないしな……だが、若旦那を殺すつもりはなかったぜ……あの奥さんに悪いしな……ここで俺は銃の暴発で間抜けに死んだってことにしたいんだ。これ以上奴らに付け狙われたくない……若旦那にも迷惑がかかるしな……ゴホッ」
そういって、渡良瀬は血を吐き出す。
「渡良瀬さん、もう……」
「……いいんだ。若旦那。アンタは変なことに巻き込まれやすい。アンタが、国健部隊の試製品を掴まされたときに心配になったよ……だから、アンタ、これ以上変なことに首を突っ込むな。変な品物を掴まされるなよ……」
そういって、渡良瀬は遠くを見るような目をする。
「……引き上げ船でなんとか内地に帰って来る時よぉ……その船で、女房が内地で死んだってこと知らされた国健部隊の後輩がいたんだ……アイツのその時の顔……今でも忘れられねぇ。幽霊みたいな青い顔でずっと言ってたんだよ……『妻ともう一度会う』って……あれは酷かったな……そう考えるとよぉ、誰も待ってくれる人なんていない俺の方が……マシなんじゃない……かな……」
そういって渡良瀬は目を瞑った。間違いなく、その体からは魂が抜けていた。
私が唖然としていたが、何となく理解した。
私達が経験した地獄は、未だ、その残り火を微かに燻らせているのだということを。
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