第25話 闇からの誘い

 その日も私はぼんやりとしていた。


 いや……いつも以上にぼんやりとしてしまっていた。


 渡良瀬の死……それは、私にとって意外にショッキングな出来事だった。


 あの後、警察にも色々聞かれたが……ゴロツキが使った銃が暴発した、という事件として処理された。


 しかし、渡良瀬は私に伝えた。あの行動が単なる思いつきではないのだと。


「……しかし、だからといって私がどうすればいいか、なんてなぁ」


 私はしがない古道具屋の主人……どうすることもできない。ただ、巻き込まれることしか出来ない人間なのである。


 佳乃も少し私のことを気遣ってくれているらしい……しかし、佳乃の忠告を受けておくべきだったかもしれない。大変な事に巻き込まれると。


「ふむ……随分と良い刀だな」


 と、そんなことを考えているといつのまにか店に客が入っていた。


「あ……申し訳ない。ぼんやりしていて……」


 私は慌てて杖をつきながら立ち上がる。


「ああ、いいんだ。気にしないでくれ」


 そういって私の方をみる客は……不思議な感じのする人物だった。


 まず男か女なのか……それがわからなかった。短く切りそろえた髪、体のラインを強調するようなスーツ……端正な顔立ちや綺麗な身なりは、ここらへんの人間にしては珍しい容貌だった。


 ただ……その客は常に笑顔を浮かべているのだ。細目なのかと思ったが、そうではない。女性は……何が楽しいかわからないが、常に薄目でニヤニヤしているのだ……こういう顔をしている手合にロクなのがいないのは、商売柄、私も十分理解している。


「ところで……あれは、貫木鉄心の作品だろう?」


 と、いきなり客は唐突にそう言った。私は不意をつかれて驚いてしまった。


「……え? お客さん……なんで……」


 驚いてしまった。客が指差したのは、私が以前痛い目を見た鉄心の刀「良妻剣母」……それを指差して客は淡々とそう言う。


「古島知蔵……君は、この店の店主。妻には旧武蔵野家の令嬢、佳乃がいる……そうだね?」


 ニンマリと気味の悪い笑顔を浮かべながら客はそう言った。


「君は……一体……」


「僕は伊勢崎彩乃。こんな身なりだが、女だ。そして、元は帝国財産管理局所属……最終階級は大佐だ」


 そういって伊勢崎は私のことを見る。帝国財産管理局……聞いたことのない機関だった。


「……元軍人さんが何の用で?」


「先日、周辺で男が死んだだろう? 渡良瀬徹人。元は国家健康研究部隊所属……君の知り合いだね?」


「……君は、国健部隊と関係が?」


「ああ、帝財局……つまり、帝国財産管理局と国健部隊は元々は同じ機関でね。外地と内地で庶務が分担されていた……最も、国健部隊は徐々に人体実験中心の部隊になってしまったようだが」


 それから伊勢崎は店の商品を見てから今一度私の方を見る。


「帝財局の仕事は我が国の不可思議な道具、品物……それらを管理することだった。現在、帝財局は彼の国によって事実上解散したことになっているが、実際は活動している」


「……どういうことだ?」


「彼の国は……我が国の不可思議な道具や品物に興味があるんだよ。だから、敢えて私達を飼い殺しにしているというわけだ」


 それから伊勢崎は私の方に顔を近づけてくる。私は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。


「そこで、だ。君……僕に協力しないか?」


「……はぁ? 私が?」


「ああ、君は大分その手の珍品や道具に詳しいようだ。だから、僕は君に協力を仰ぎたい。そのためにやってきた」


 私はそう言われて一瞬理解が追いつかなかったが……無論答えは決まっていた。


「……残念だが、お断りする」


 私がそう言うとわかっていたと言わんばかりの顔で伊勢崎は頷いた。


「そうだろうね。わかっていた。いいさ、すぐにとは言わない。それに……君に探してほしい物品もあるしね」


「……物品? 何を?」


 すると、伊勢崎は少し間を置いてから、話を再開する。


「『ヒラサカの鍵』……という物品だ。知っているかね?」


「……さぁ、知らないな」


 すると、伊勢崎は少し不満そうな顔をしていたが、仕方ないという感じで私に背を向ける。


「今日はこれで失礼するよ。また折を見てお邪魔する」


 そういって、伊勢崎は店から出ていってしまった。


「……ヒラサカの鍵、か」


 私は先程、伊勢崎が口にした言葉を反芻する。何か……どこかで聞いたことのあるような名前。おそらく、親父が言っていたような……


 しかし、思い出してはいけないような、そんな感覚のする言葉だった。


「……旦那? どうしたの?」


 と、すぐに佳乃が帰ってきた。


「あ、ああ。すまない。少しぼんやりしていて……」


 私がそう言うと佳乃は不安そうな顔をする。すぐに私はそれに気づいた。


「……すまない。君の忠告を聞かなかったばかりに……」


「……旦那。アタシ、旦那のこと、すごく心配しているから。ホントに、もう……危険なことはしないでよ」


 真剣な顔でそういう佳乃。私は頷く。


 しかし……ああいう謎の手合が来るとどうにも嫌なことに巻き込まれる予感は終わらないと感じてしまう私なのであった。

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