第18話 試製人体活性化薬第壱號 其ノ参
「……なんでだろうか」
駅前の屋台……闇市にあるような法外な値段で売っているものではなくて、割りと普通の値段で商品を提供している店だ。
無論ほとんどがかなりアルコールが薄い安酒だが……何が入っているかわからない闇市で売られているカス酒よりはマシである。
殆どの店が戦災の煽りを受けて潰れてしまったが……運良く此の店だけは残っている。
そんな店で私は一人なんだかあまリ楽しい気分ではなかった。
「どうしたのさ、旦那? 元気ないじゃん」
隣の霞は相変わらず呑気に飲みまくっている。まぁ……霞には関係のないことなのだから、当然といえば当然か。
なぜ……佳乃はあまり嬉しそうではなかったのだろうか……考えるとなんだか悲しい気分になってくる。
私が健康になっても大して嬉しくないってことか? そう考えると益々悲しい気分になる。
「旦那さ~。もっと飲みなよ~。ね?」
霞はさっきからしきりにそう言ってくるが、私は適当にあしらっている。
……まぁ、でも霞の言うとおりかもしれない。こんなこと、考えていても仕方ないのだ。
そんな時だった。
「邪魔するぜ……お、やっぱりここにいたか」
と、屋台に人が入ってきた。
明らかに異様な風体……眼帯に派手なシャツ……
「あ……渡良瀬さん」
渡良瀬徹人だった。相変わらずそこにいるだけで異様な雰囲気を醸し出している。
「若旦那……なんだ。放蕩看板娘も一緒か」
「はぁ!? 渡良瀬……何よ、アンタ……喧嘩売っているの? っていうか、この前貸した金早く返してほしいんですけど!」
「あー、はいはい。また今度な」
渡良瀬を見るなら、霞は食って掛かるが、渡良瀬は構う気はないようである。
「……渡良瀬さん。どうして……」
「ふっ。古島堂の若旦那が杖を小脇に抱えて走っていた……もう、ここらへんで噂になってるよ。で……なんで歩けるようになったんだ?」
「え……そ、それは……」
私が言いよどんでいると、渡良瀬は私の方に顔をぐいと寄せてくる。
「……何か、変なもんでも買ったんじゃないか?」
そう言われて私は思わず渡良瀬から顔をそらしてしまう。すると、渡良瀬は小さく笑った。
「ふっ……わかりやすいねぇ、若旦那は。で、何を買った?」
どうせ、言わなくてもバレている……そう思って私は小瓶を取り出した。
「……これだ」
すると、渡良瀬は小瓶を手に取り、それを眺める。
「薬……若旦那。あんまり感心しねぇな。闇市ではまじでやばい薬も売っているって話だぜ。あんまりにも不用心じゃねぇか」
「だ、だが……これを売っていたのは……」
そう言ってから、私は霞を見る。霞はすでに半分酔いつぶれている……私は渡良瀬に耳打ちした。
「……元軍の関係者、と自称していた」
「何? そんな適当な……どこの部隊って言っていた?」
「外地で……研究をしていたとか……」
私がそう言うと、渡良瀬の顔が変わった。いつものちゃらんぽらんな感じではなく……鋭い視線で私を見ている。
そして、今一度渡良瀬は小瓶を見る。小瓶を見回し……その底を見ている。
「……あー。なるほど」
そういって渡良瀬は小瓶を置いた。それから、シャツのポケットからシワシワになったタバコを一本取り出す。
「何が……わかったんだ?」
「……まぁ、俺も実際に見たことはねぇんだが……『国家健康研究部隊』……通称『国健部隊』……知らねぇだろ?」
私は当然だと言わん感じで頷く。渡良瀬は煙を吐き出しながら話を続ける。
「……そもそも、これは噂とか……与太話みたいなもんなんだ。戦時中、外地のとある場所では、戦時下における国家の健康を増進するための研究をしている部隊があると」
「え……健康を研究しているなら……良い部隊では?」
「はっ……爆弾を持って敵に突っ込めと教えられる軍隊で、健康なんて研究するわけないだろう? あくまで名前は看板だけ……実態は人間を使った薬や医学の実験……人体実験を行う部隊だった。捕虜や、戦闘で負傷した兵士を実験材料にしてな」
そういって、渡良瀬は大きく煙を今一度吐き出す。
「……国健部隊は敗戦時に全員、敵軍に抹殺された……はずと聞いたんだが、噂では研究員の何人かは上手く逃げおおせたらしい」
「それじゃあ……私が会ったあの男は……」
「それに……この瓶の底を見ろ」
そう言われて私は小瓶の底を見る。
「『健ヤカナル国家ノタメニ』……これは?」
「国健部隊の標語……みたいなもんだ。くそっ……胸糞悪い話だ」
そういって、渡良瀬は酒を一気に飲み干すと、私を睨みつける。
「……今回は初めてのことだったからな。相談料はとらない。だがな、若旦那。あんまり不用意にそういうことに関わるな。巻き込まれたら一度は俺に相談しろ、いいな?」
「あ、ああ……しかし、渡良瀬さん。なぜ、アナタはそんなことを……」
私がそう聞くと渡良瀬は怒りの視線で私を見る。明らかにそれ以上聞くなと、言うサインだった。
「あ……ああ、すまなかった。本当に」
「……若旦那。本当に謝らなくちゃいけないのは、アンタの奥さんの方に、じゃないか?」
と、渡良瀬はいきなりそんな、わけのわからないことを言ってきたのだった。
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