第12話 黄泉壺 其ノ壱
「……暇だな」
基本的に「古島堂」に客はほとんど来ない。つまり、流行っていないのだ。
では、どうやって生活しているかと言えば……恥ずかしい話ながら親父の代の蓄えを切り崩して生活している。
こういう時は一体どこからそんなに蓄えていたのかわからない金額を持っていてくれた親父に感謝するしかない……
まぁ、ただでさえ敗戦で国全体が貧しい中で、そんな風な生活をしているとなるとなんだか周りに申し訳ない気分になってくるが……それしか生活方法を私は知らないのだから仕方がない。
後……たまに、佳乃が近所の店の手伝いをして、小金を稼いでいる。
妻にはたからせてばかりとなると益々情けない夫ということになるが……どうしようもないのである。
後は……ごくたまに本当に価値のある骨董品を売りに来る人物がいる。
その人物が売った骨董品を、他の客に売る……至極正当な方法で金を稼いだりしているのである。
ただ、その日は……特に客も来ない一日であった。暇にしている私は店の番台から、道行く人を眺めている。
今日はもう店を閉めてしまおうか……そんなことを考えていた矢先だった。
「……古島、いるか?」
聞き覚えの有るの声……私は声のした方に視線を向ける。
「え……まさか……」
私は信じられない思いで声のしたほうを見る。見るとそこには……顎に薄く髭を生やした白髪の男が立っていた。
男の着ている服は酷くヨレヨレで、男自身も酷く元気がなさそうだった。まるで幽霊のような視線で私のことを見ている。
「……新谷か?」
私は信じられない思いでそう訊ねた。男はフッと小さく微笑むと、頷いた。
「……久しぶりだな。元気だったか?」
「お前……帰ってきていたのか?」
私は杖を付いて立ち上がり、新谷の方に近づいていく。
「ああ……なんとかな」
「それなら早く連絡してくれれば……とにかく上がってくれ。お茶でも出すから」
私は……嬉しかった。新谷公造……私の大学時代の同期で親友だった。
新谷とは良く遊び、飲んだ仲間だった。しかし、戦局の悪化に伴い大学からも兵士を出すとなった時、足の悪い私は外され、新谷は選ばれてしまった。
「あはは……いや、気を使わないでくれ。それに、すぐ帰らないと」
「そ、そうなのか……如月さんは元気か?」
俺がそう言うと新谷の顔が少し変化した。そして、なぜか少し寂しそうな顔で俺を見る。
「……ああ、元気……ではないな」
「え……そ、そうなのか?」
「如月さん」というのは……新谷の恋人だ。
佳乃とは対象的に、まるで美麗という言葉をそのまま体現したような女性で……戦地に赴く前に結婚したと聞いていたが……
「……細君は今身体があまり良くなくてね。俺が世話をする必要があるんだ」
「そ、そうなのか……大変だな」
「ああ……それで今日はお前に頼みがあって来たんだ」
そういって新谷は……手にしていた袋を俺に見せる。
「ん? なんだ?」
「これは……俺が外地にいる時に現地で手に入れたものなんだが……お前に価値を判断してもらいたい」
そういって新谷が袋から取り出したのは……壺だった。
見たこともない造形……まるで壺全体に蛇が絡みついているかのような模様があるそれあ、どこか不気味で、私も初めて見るものだった。
「ふむ……見たこと無いな。君が見つけたのか?」
「ああ……その恥ずかしい話なんだが……細君の看病にも金がかかるものでね。少しでも金になればいいんだが……」
恥ずかしそうに頭をかきながら、新谷はそういう。
正直、壺自体はどう見ても価値がなさそうなものだが……
「……よし。わかった。まぁ、それなりの値段は付けられそうだ」
「え……本当か?」
私がそう言うと新谷は嬉しそうに俺のことを見た。
「ふっ……ああ。私だって骨董品店の端くれ。間違った値段は言わないさ」
「古島……ありがとう。細君にも伝えておくよ」
古島はそう言って喜んでいた。久しぶりにあった友の笑顔を見るのは、私も嬉しかった。
「しかし、新谷……お前、随分と……痩せたな」
私は思わずそう言ってしまった。新谷はそう言われて悲しそうに目を細める。
「ああ……地獄から帰ってきたからな」
「そうか……その……こんなことしか言えないが……本当に、大変だったんだな」
俺がそう言うと新谷は少し黙ったままでそれから先を続ける。
「ああ……でも、帰ってこられたんだ。それもこれも俺は……如月が俺のことを待っていてくれていると分かっていたから……だから、帰ってこられたんだ……」
新谷は心底辛そうにそう言う。私は掛ける言葉も見つからなかった。
「……如月さん。早く元気になるといいな」
私がそう言うと新谷は小さく頷く。
「……そうだな。じゃあ、古島、悪いが、俺はこれで……」
「ああ。あ! もしまた困ったことがあったら、いつでもこの店に来てくれ」
私がそう言うと新谷は目を丸くする。それから、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「……変わらないな。お前は」
それだけ言って、新谷は背中を向けたまま、店から出ていったのだった。
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