第13話 黄泉壺 其ノ弐

「へぇ。新谷さん来てたんだ」


 夜。私は佳乃に今日新谷が来たことを話した。


 佳乃は過去に二回、三回会っただけの私の親友の訪問に関しては、特に気に留めることもなく淡々と私の話を聞いていた。


「ああ。この壺を渡してすぐに帰ってしまったのだがね」


 そういって、私は佳乃に壺を見せる。佳乃は壺にも興味がないようだった。


「ふぅん……あの綺麗なお嫁さんは?」


 と、佳乃も如月さんのことを覚えていたようで、私にそう聞いてきた。


「ああ。なんでも体の調子が良くないそうだ……美人薄命とも言うし、心配だ」


「そうだねぇ……あ~。アタシも自分のことが心配だなぁ」


 そう言って、佳乃は笑うが……佳乃には1番関係のない言葉のように思える。


「……というか、君。また魚を綺麗に食べていないのか」


 と、私は思わず食卓に並んだ鯵の干物を見て憤慨する。


 貴重な食料だと言うのに、旧家族特有の大雑把さが残っているのか……佳乃は相変わらず魚を綺麗に食べられなかった。


「え~……いいじゃん。骨があって面倒なんだよねぇ」


「君なぁ……このご時世、魚が食べられるだけでもありがたいんだぞ。まったく……」


 私が注意すると佳乃は少し不機嫌そうな顔で私を見ながら魚を持ち上げる。


「……はいはい。もういいですよ~。アタシは鯵を食べませんから……あ! そうだ。ここに入れちゃおうっと」


「え……お、おい、君!」


 私が止める間もなく……佳乃は食べかけの鯵を、新谷が渡してきた壺の中に入れてしまった。


「あ……ダメだった?」


「君なぁ……一応商品にするつもりだったんだぞ……まったく」


 まぁ……商品にするといっても、価値もなさそうだから、二束三文……ここで魚の骨捨て場にされてもそこまで怒るわけではないが。


「……ん? 旦那。なんか聞こえない?」


「何? なんだ?」


 と、佳乃がそう言う通り……何か物音が聞こえてきた。それは……ビチビチと、まるで何かを叩くような……それと同時に何か生臭い……魚臭い匂いまで漂ってきた。


「……あ!」


 と、先に気付いたのは佳乃だった。


「どうしたんだ? 君」


「旦那……これ」


 と、恐る恐る佳乃は壺の中から何かを取り出した。それは……


「……鯵?」


 まさしくそれは魚……しかも生きている魚だった。


「え……これって……さっきアタシが食べた鯵?」


 佳乃は信じられないという思いで鯵を見つめている。


 実際、壺の中身を除いてみると、佳乃が入れたはずの食べかけの鯵は残っていなかった。


「……おそらく、そうだな」


「え~……旦那、この壺って……」


 私は今一度壺のことをよく見てみるが……特におかしなことはない。


 しかし、私は興味から、もう一度だけ、実験をしてみたくなった。


 私は先程割った生卵の殻を壺の中に入れてみた。すると……暫く経つと、ピヨピヨと泣き声が聞こえてきた。


 そして、壺の中身を覗いてみると……そこには確かにひよこがいた。


「え……ひよこ?」


 私が取り出したひよこを見て、佳乃も驚く。


「……どうやら、この壺は……命がなくなったものに、命を与える壺のようだな」


「え……それって……すごいね」


 佳乃は驚いていたが……私は内心恐怖していた。


「……佳乃、悪いがこの壺、明日にでも店の裏手の蔵の奥深くにでもしまっておいてくれ」


「え!? しまっちゃうの? 旦那~。これがあればお魚食べ放題だよ? 置いておいた方がいいんじゃ――」


「ダメだ! しまってくれ! それに……絶対に二度とこれを使ってはいけない」


 私が怒るのが珍しかったのか、佳乃はショックを受けたというか、呆然として私を見ていた。


「……すまない。食事に戻ろう」


「あ……うん。まぁ、旦那がそこまで言うなら……しまっておくね」


 佳乃は特に不機嫌になることもなく、俺にそう言った。


「……ありがとう」


 私は小さな声でそう言ったが、佳乃には聞こえていたらしく、嬉しそうだった。


 しかし……これはとんでもないものだ。


 本当なら破壊すべきだが……破壊して何かが起こるかわからない。


 ただ一つ言えるのは……とんでもない代物だと言うことだ。


 魚の骨、割った後の卵の殻……こんなものからでも生命が再生された。


 ということは、おそらく人間の骨や遺体の一部でも……


(新谷、どうしてお前、こんなものを……)


 私は心のなかでそう疑問に思ったが……無論、答えが出るわけもなかった。


 そして、翌日、佳乃は言ったとおりに壺を蔵の奥深くにしまってくれた。それと同じくらいの時間に、壺で再生されたひよこは死んでしまっていた。


 どうやら再生された命は非常に短命らしい……私はその事実に何か気にかかるものを感じながらも、過去の親友に対して何かしら不安を抱いていたのだった。

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