第11話 サイコロテントウ 其ノ肆

「あっはっは! やっぱり旦那は頼りになるねぇ!」


 帰り道。店を手放す心配がなくなった霞は、酒屋の娘の面目躍如と言わんばかりに酒をたらふく……それこそ、浴びるように飲んで私と帰路についていた。


「……君。こういうことは……もうこれっきりにしてくれよ」


 私がそう言うと霞は私の背中を思いっきり叩いてきた。


 ……正直、ものすごく痛かった。


「何言ってんだよ! ウチと旦那は夫婦なんだから! 嫁さんが困っていたら、旦那が助けなきゃ!」


「……私の妻は、君じゃないんだがな」


 私がそう言うと霞は不満そうな顔で私のことを見る。


「え~……旦那さぁ。佳乃さんのどこが良かったわけ?」


「はぁ? 君ねぇ……酔いすぎだ。もう今日はここで別れよう」


 私がそう言うと霞がいきなり私に持たれかかってきた。杖をついている私は仕方なく持っていない方の手で霞を支えることになる。


「き、君……どういうつもりだ……」


「えへへ~……旦那さえ良ければぁ……ウチは二号さんでもいいよ?」


「なっ……君、冗談でもそういうことを言うな、もし、佳乃にこんな所見られたら――」


「見られたら……どうなるの?」


 その瞬間、私と霞は同時に硬直した。そして、私にもたれかかっていた霞は、ゆっくりと私から離れていく。


「……こういう場面、私に見られたら、どうなっちゃうのかなぁ?」


 そこには、笑顔の佳乃がいた。いや、笑顔といっても、まるで貼り付けた仮面のような……見るからに怒っている我が妻の姿があった。


「あ……佳乃……これは――」


「旦那は黙ってて」


 いつもはほんわかとした佳乃がピシャリと私にそう言う。私はそれ以上何も言えなくなってしまった。


「……霞ちゃん?」


「え……あ、あぁ! こ、これは古島堂の奥様じゃないですか! ぐ、偶然ですね!」


 明らかに不自然な調子でそう言う霞。しかし、佳乃は無表情のままで霞を見ている。


「……アタシ、こういうことはしないでね、って言ったよね?」


「え……お、奥様、違いますって! こ、これは……」


「これは? 何? 二号さん、って言葉も聞こえたけど?」


 佳乃が……怖い。我が妻ながらここまで怒っているのは久しぶりに見た。


 霞も既に恐怖に目が完全に泳いでいるようである。佳乃は鋭い目つきで霞を見る。


「……今度、旦那にちょっかい出したら、清浦酒店の看板娘は人の夫に手を出す人だ、って町内に言いふらしちゃうよ?」


「え、えぇ!? お、奥様、それは……す、すいませんでした! ね? 旦那、ウチと何かあったとか、そういうことないよね?」


 頭を低く下げて俺にそう言う霞。俺は小さく頷いた。


「そんなの……当たり前でしょ!」


 佳乃が明確に怒鳴った。さすがの霞も私も何も驚いて呆然としてしまった。


 そして、そのまま佳乃は私の腕をガシッと掴んでくる。


「……旦那も。どういうことか説明してもらうから」


「……はい」


 そういって、呆然とする霞を放っておいて、そのまま私は半ば連行されるようにして佳乃に連れて行かれてしまったのであった。

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