第10話 サイコロテントウ 其ノ参

「さぁ! 兄ちゃんもみとけよ! 俺が戦地で見つけた宝物をよぉ!」


 軍服の男はサイコロを握ったままで、それを上下に振っている。


「神様、仏様~……どうか、俺に福を……頼みます~!」


 そういって、まるで祈祷するかのように男は何度もサイコロを握った手を上下に振る。


 しばらく、儀式のようなその行動が終わった後で男は急に冷静になると、目の前にある茶碗の中に的確にサイコロを振り込んだ。


 茶碗の中に振り込まれたサイコロは暫く転がっている……それが止まるまで思わず私も霞も固唾を飲んで見守ってしまう。


 そして、サイコロは徐々に落ち着いてきた……だが、やはり動きがおかしい。


 まるでサイコロ自体が震えているかのように……生きているかのように、サイコロは本当にゆっくりと動きを止めていくように見えた。


 そして、動きを止めるか……と思った瞬間、まるでそうなることが最初から決まっていたように、サイコロはピタリと目を出して止まった。


「四、五、六……ヒヒッ……兄ちゃん、これに勝てるのかい?」


 男はニンマリと得意気に微笑む。正直、この手の博打には私はまったく詳しくなかったのだが……


「だ、旦那ぁ……これじゃウチの時と一緒になっちゃうよぉ……」


 ……霞のうなだれ具合でこの4、5、6の手が、まず勝つことが難しい手だということは理解できた。


 しかし、私はこうなることのからくりを知っている。


 だから、まったく慌てる必要はない。そして、博打をやるにおいてはあってはならぬことだが……私は知っているのだ。


 私自身が確実に勝つことを。


「……こちらも、こちらで用意したサイコロを使っていいか?」


 私がそう訊ねると、流石に自分は自分用のサイコロを使っていた手前、男は文句も言わずに小さく頷いた。


「ああ。どうせ、勝てないと思うが……確認するが、勝負はナシは、なしだぜ?」


 男は鋭い目つきでそう言う。私も小さく頷いた。


「だ、旦那ぁ……」


 今にも泣き出しそうな霞は放っておくとして、私は持ってきた小瓶の中からサイコロを取り出す。


 そして、私は男と同じように茶碗の中にサイコロを振り落とす。


 茶碗からはみ出すと不味いと思ったが……運良く茶碗の中に入れることが出来た。


「さぁ……神様はどっちに微笑むかな?」


 男は茶碗の中でサイコロが転がっている最中に、私にそう言った。私は小さくため息をつく。


「……悪いが、これは博打ではない。最初から私の勝ちが決まっているからだ」


 私がそう言うと男も霞も驚いた顔で私を見る。


「あ? 何だそれ兄ちゃん……イカサマ……している風には見えなかったが」


 男は怪訝そうな顔で私を見る。


「……サイコロテントウ。そのサイコロ……いや、その昆虫の名前だ」


 私がそう言っている間にもサイコロ……ではなく、サイコロテントウはコロコロと茶碗の中を転がっている。


「サイコロ……テントウ? なんだそりゃ……」


 男はやはり知らずにサイコロを使っていたようだった。それを見て、私は男に手を伸ばす。


「そのサイコロ、少し見せてくれ」


 男は言われるままに、先程男が使っていたサイコロの一つを私に手渡す。私はサイコロを手のひらの上に置く。


「サイコロテントウは……ほぼサイコロと同じ形状だ。形状と言うか、模様も同じなんだ。違いなんてほぼわからない。ただ、違うのは……」


 手のひらに乗せていたサイコロは最初、上に3を向けていた。しかし、ぶら下がっている電灯の下にサイコロを持っていくと……


「あ」


 サイコロはまるで素早く身を翻すように、一瞬にして4の目を上にして、俺の手のひらに収まった。


 男も霞も唖然として私の手のひらを見ている。


「……サイコロテントウは、光のある方向に自分の背中の模様を向けるんだ。多少身体を動かされても、習性として、背中を光のある方向に向ける……そして、面白いことに、光に向ける背中の模様は個体によって違う……貴方の持っているテントウは3匹とも、ちょうど良い数字を光に向けてくれていたわけだな」


「そ……そんな……ま、待てよ。じゃあ、兄ちゃんが勝つっていうのは……」


 男がそう言っている間にも、茶碗の中のテントウは既に転がるのをやめていたようだった。


 茶碗の中のテントウは三匹とも同じ出目を示していた。


 すべてサイコロの目は「1」を出している。


「ぴ……ピンゾロ……!」


 霞が嬉しそうにそういったのを聞いて、博打に疎い私でも、どうやら霞の負け分はチャラになったようであることを、理解したのだった。

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