第9話 サイコロテントウ 其ノ弐

「こっちだよ! 旦那」


 霞が案内するのは……やはり私の思った通りの場所だった。


 駅に近い場所にある、汚らしい掘っ立て小屋……あまりガラの良くない連中が集まっている場所だった。


「……君。あまりこういうところに出入りするなと言ったはずだが?」


「あはは……と、とにかく! 早く行こう!」


 私が怒っているのをごまかして、そのまま霞は掘っ立て小屋の中に入っていく。


 掘っ立て小屋の中は……既にガラの悪い連中でごった返していた。そこらなかでタバコの煙、あるいは酒で酩酊しているもの……あまり長居したくない場所だった。


「こ、コイツだよ! 旦那!」


 と、少し先を行っていた霞が私を呼ぶ。私は杖をつきながらそちらへ向かった。


 私が霞の近くに行くと、そこには一人の男が椅子に座っていた。


 男はボロボロの軍服姿だ。あまり裕福そうには見えないしくたびれている……戦地帰りだということは容易に理解することが出来た。


「ほぉ……助っ人を呼んできたか」


 男はしわがれた声でそう言う。霞は男の対面に座って男を睨みつける。


「ああ! もう一回勝負だよ!」


「おいおい、霞……待て」


 と、私は霞の肩を叩いて、勇む彼女を今一度立ち上がらせる。


「なんだよ! 旦那。さっさと始めようぜ!」


「君……なんで彼と賭けをすることになったんだ? 彼はどう見てもその……金を持っているようには見えないぞ?」


 すると、霞は少し恥ずかしそうにしながら、私から視線を逸らして先を続ける。


「だ、だって……あのおっさん、戦地で手に入れた宝物があるから……それを賭けるって……」


「戦地で? ……なぁ。君が使ったのは彼が用意したサイコロだったか?」


「え? ああ。で、おっさんも私とは違う、自分用のサイコロを使ってた」


 霞の話を聞いてから、私は周りを確認する。


 すると、先程の軍服の男の頭上には小さな電灯がぶら下がっている。これで、私はどうして霞が負けるべくして負けたのか理解した。


「……そうか。わかったよ。彼が戦地で手に入れた宝物が」


 私がそういったのも理解したのかしていないのか、霞は呆然としていた。


 そして、私はそんな彼女を放っておいて、軍服の男の対面に座る。


「おまたせした。私が彼女の代役だ。さぁ……勝負を始めよう」


 そう言うと男は汚わしい歯をむき出しにしながら、ニヤニヤして私を見る。


「はっ……もしかして、兄ちゃん。あの姉ちゃんの『コレ』かい?」


 男はそう言って右手の小指を立ててみせる。ただよく見ると彼の小指は……第一関節から先がなかった。


「……それはどうでもいい。その小指は……」


「ん? ああ。戦地でな。兄ちゃんは……その足だと、戦地には行ってねぇよな?」


 男はそう言って私の杖と足を交互に見る。


「……ああ。恥ずかしながらな」


「恥ずかしい? 何言ってんだ。戦地では俺は小指どころじゃねぇ。友達も、仲間も失ったんだぞ? 兄ちゃんも行かなくて正解さ」


 そう言うと、男は古びた茶碗を懐から取り出した。


「だけど……手に入れたものもある。それがコイツらだ」


 そういって男は、手のひらの上に三個のサイコロを置いてみせる。


「コイツが俺に福を呼んでくれる……だから、俺の宝物なんだ」


「……出来るなら最後に聞いておきたいんだが……勝負はなかったことには出来ないか?」


 私がそう言うと男は目を丸くする。その後、いきなり下品に笑いだした。


「兄ちゃん……ソイツは無理な相談だ。すると何か? 俺らの国が負けたことも、なかったことにできるっていうのかい? 勝負ってのは一度始まったら、どっちが負けるか勝つまで続くもんなんだよ」


 男はそう言って鋭い目つきで私を見る。戦地で生き抜いた男の目……私にはできない目つきだった。


「……まぁ、嫁さんの負け分を取り返すためにわざわざここに来た兄ちゃんに免じて、にいちゃんが勝てば、嫁さんの負け分はなかったことにしてやるよ」


 男はそう言ってサイコロを手のひらで握る。私は大きくため息を付いてから、男を見る。


「なるほど……今の言葉、後でなかったことに、はナシだぞ?」


「ひひっ! わかっているって。もっとも兄ちゃんが勝てればな」


「……わかった。後、もう一つ頼みたい。勝負は……一回勝負にしてくれないか?」


 私がそう言うと男は少し驚いたようだったが、すぐに表情をもとに戻した。


「そうだねぇ……別にいいけど、その分、負けた時は――」


「いや、貴方が負けた時には何もいらない。私が負けた時だけ、貴方にそれ相応のものを支払う。そうだな……うちの店と土地でどうだ?」


「え……だ、旦那……大丈夫なの?」


 霞が心配そうに訊ねてくる。私は小さく頷いた。


「ひひっ! 面白い兄ちゃんだ! 良いだろ! 一回きり! 真剣勝負だ!」


 そう言って男は手のひらのサイコロを握り、茶碗を私の前に置いた。

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