第7話 作品名『疑心暗器』 其ノ貮
天才陶芸家、濃部折鶴。
骨董品売買することを生業とする人間としては知らない人間はいない……そんな人物である。
ただ、彼の作品には問題があった。
あまりにも作品として超常的に完成された出来である彼の作品は……人の心にまで影響を及ぼすのである。
つまり、彼が作った作品の中には、ただ見ただけで、あるいは触れただけで、ある種の感情を強烈に人に想起させるのである。
そして、今私の目の前にあるのは……
「……『疑心暗器』」
折鶴の作品としては有名な『疑心暗器』
名前の通り、暗い黒を基調としており、見事な出来栄えであるといえる。
ただ……問題はこの器の表面を直視してはいけないということである。
器の表面を見ると、この器の名前の通り……人に対して疑いの目を向けるようになる。
それはどんなに些細なことであっても、疑わずにはいられない程。丁度今の佳乃の症状そのままである。
私は一応、親父にこういうものがあるということを教わっていた。しかし、佳乃は……
「私の留守中にこれが届いて……包装を開けた結果、ああなったのか」
確かに、疑心暗器の隣には破かれた包装紙が置かれている。
私は思わず大きくため息をついてしまった。
「……さて、どうするか」
無論、疑心暗器をの表面を見てしまった結果の解決方法も、私は知っている。
しかし……それを実行するのは、どうにも恥ずかしいのである。
「だが、このままでは佳乃が……あぁ! 仕方ないな!」
意を決して、私は居間に戻っていった。居間では相変わらず不貞腐れたように佳乃が座り込んでいる。
「……何さ。まだ何か用?」
冷たい目つきで私にそういう佳乃。私は少し間を置いてから、杖に力を込めて、一気に佳乃までの距離を詰めた。
「佳乃」
いきなり距離を詰められたので、さすがの佳乃も目を丸くして私を見ている。
「え……な、何?」
「……私は、不器用な人間だ」
「え……」
「……不器用だから……あまり、はっきりと言うことが出来ないのだが……一つだけ、信じてほしいことがある」
「な……何?」
佳乃は不安そうに私のことを見る。私は……覚悟を決めた。
「……私は……君が、店の手伝いをしていた頃から君のことが好きだったし……正直、親父が君との結婚を決めてくれて……嬉しかった……」
自分でも相当恥ずかしい気持ちになっている。佳乃も何も言わずに目を丸くしている。
「……それは……本当?」
私は何も言わずに小さく頷いた。佳乃はしばらくすると、我に返ったようにハッとした。
「あ……あれ? 旦那、アタシ……」
「お、おお……戻ったか。よかった」
どうやら佳乃は元に戻ったようだった。これで一安心である。
疑心暗器による症状の解決方法、それは……
「……嘘偽りない真実を、相手に告げること」
私は一人で小さく呟いた。
「旦那? 何か言った?」
「え……き、君。さっき私が言ったこと……覚えてないのか?」
さすがに驚いてしまった。佳乃は考え込むように腕を組む。
「うーん……あははー……なんかぼんやりしてて……あ! そうだ。旦那、さっき何か高そうな焼き物が届いてたよ。見た?」
「あ……ああ。見たよ」
「え……旦那? どうしたの? なんで、落ち込んでいるの?」
「……いや、大丈夫だよ。あはは……」
恥ずかしい思いをしたのは私だけ……あまりにも納得がいかない。
私はふと、佳乃にも同じような思いをさせなければ気が済まない……そんな気がしてきた。
「……佳乃。一つ聞いていいか?」
「ん? 何?」
「君……私のこと、好きか?」
またしても恥ずかしい気持ちだったが……私はなんとか訊ねることができた。
これはいきなり聞かれれば恥ずかしいだろう。なにせ、聞いている私も恥ずかしいのだから。
「うん。好き」
「そうか……え?」
しかし……佳乃は何食わぬ顔でそう言った。私は思わず唖然としてしまう。
「……え。えっと……そうか……うん。ありがとう」
「ん? 何? 旦那、変な事聞くね。まぁ、嬉しいけどさ」
佳乃は全く恥ずかしそうではない……逆に私が益々恥ずかしくなってきた。
恥ずかしい気持ちをしたのは、私だけ……なんとも厄介な骨董品だと、つくづく思ったのであった。
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