第6話 作品名『疑心暗器』 其ノ壱

 私の店『古島堂』には様々なよくわからないものが売られてくる。


 よって、私とて、そういう厄介なものに対して全く知識が皆無というわけではない。


 もとより、親父から幾つかそういう話を聞いているもので、私もそういう危ないものには注意を払うようにしているのである。


 ただ、問題というものは気をつけていても起きてしまうものであるから、問題なのであるが。


 その日、私は店番を我が妻に任せ、近所を散歩していた。


 足が悪いとはいえ、歩かないと益々悪くなるとい知り合いの医者に言われたもので、仕方なく数日に一度は散歩をするようにしている。


 しかし、どうにもその日は嫌な予感がしていた。いつもは数十分はかける散歩を、その日は15分程度で切り上げ、私は早々に店に帰ってきた。


「おーい、帰ったぞ」


 店先から呼びかけたが、返事がなかった。佳乃のやつ、まさかとは思うが、店番を放り出してしまったのではあるまいか。


 私はそのまま店の中に入っていく。と、店とつながっている奥の居間で、我が妻が佇んでいた。


「なんだ。いるなら返事をしてくれ」


 すると、佳乃は私の方を見る……その目は、まるで私を責めるかのようなものすごい目つきであった。


「……どこに行ってたのさ」


「へ? 散歩だ。出かける前に言っただろう?」


「ふ~ん……散歩、ねぇ……」


 すると、佳乃は私から顔をそむける。なんだか様子がおかしい。


「なんだ? どうしたんだ? そもそも、なぜここにいる? 店番を任せたはずだろう? 大体君はいつも――」


 すると佳乃は酷く鋭い目つきで……いつもの佳乃ならば見せないような鋭い目つきで、私のことを見る。


「……ふんっ。……自分はどうせ、他の女の人と会ってたくせに」


「……はぁ?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。私は思わず耳を疑う。


「え……君……今、なんと?」


「……どうせ、アタシは地味で魅力のない女ですよー……旦那も、アタシなんかと結婚して後悔しているんでしょ?」


 まるでふてくされた子どものように、佳乃はブツブツと意味の分からない文句を呟いている。


「な……なんだ? どうしたんだ? 悪いものでも食べたか?」


「……どうせ心配なんてしてないくせに。アタシが悪いものを食べて身体を壊せばいいと思っているくせに」


 完全におかしかった。というよりも、会話にならない。


「うーん……なぁ? どうしたんだ? 私が何か君の気に障ることをしたか?」


「……してない。してないよ。旦那は……アタシに何もしてくれないじゃん」


 そして、遂には私に背を向けてしまった。正直、お手上げだった。


 いつもはのんびりとしていて何を考えているかわからない佳乃が、こんな風な態度をとるのは珍しい……と言うか、あり得ない。


 私は仕方なく店の方へ戻ることにした。


 と、客対応をするのに使用する机の上に、何かが載っている。


 机に表面を伏せられたような形で置かれているが、まるで黒い皿のような……


「あ」


 私は理解した。そして、その物体の近くに駆け寄る。


 それは……やはり、黒い器だった。非常に美しく、できが良い陶芸品であることは私にも一目で理解することができた。


 ただ、私は注意深く、その皿の表面を見ないようにした。


「……なるほど。これのせいか」


 私はこれにて、佳乃が、とても面倒なことに巻き込まれてしまったことを理解した。

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