第3話 繰り返す懐中時計 其ノ壱
さて「古島堂」にはほとんど客が来ない。
これは、普通の客は来ない、という意味だ。
ではどのような客が来るのか。
それはあらゆる意味で不思議な客である。そしてそういう客は、いつも唐突に現れるのである。
「すいませーん」
その日も私は店の奥でダラダラとしていた。店先から声が聞こえてきたので、私は立ち上がった。
「はいはい……どうしました?」
私は杖をつきながら店の番頭に座る。
「ちょっと、よろしいですか?」
見ると、店先には、一人の婦人が立っていた。おっとりとした小奇麗な感じの普通の女性である。
「ええ、何か探しものでも?」
「いえ、その……これ、引き取ってもらえないでしょうか?」
そういって、婦人が見せてきたのは……綺麗な作りの懐中時計だった。
「え……引き取る? 買い取るではなく?」
私が頷くと、婦人は懐中時計を指差す。
「これ。壊れているんです」
そういって、婦人が指差した通りに、時計は止まっていた。
「……修理もできない?」
「はい……ですから、お金はいりません。引き取ってもらえませんか?」
正直、困った。はっきりと「ウチはごみ処理屋ではない」と言いたかった。
無論、私の店の看板には「ガラクタからお宝までなんでも買い取ります!」と書いてあるが……これは私ではなく親父の書いたものなので、私は本当はそういうスタンスではない。
「……わかりました。まぁ、これもご縁と思って、引き取りますよ」
「え? よろしいんですか? よかったぁ……」
嬉しそうにしながら婦人は私に懐中時計を渡してくる。
「フフッ……これ、実は主人のですのよ」
「え……売ってしまって、良いのですか?」
「ええ。どうせ、壊れているんだし……それに、主人ったら、最近毎日毎日、同じことを繰り返すような生活ばかりしていて……これはちょっとした罰です」
婦人はそういって、そのまま店から出ていってしまった。私は手渡された懐中時計を今一度見る。
「……本当に、壊れているようだな」
私は大きくため息をついて、今一度居間の奥に戻った。そして、再度ダラダラすることを再開した。
それから、しばらくして佳乃が帰ってきた。いつも通り夕食の支度をして、飯を食って風呂い入って、床についた。
「旦那」
寝る前に、横の布団から佳乃が話しかけてきた。
「ん? なんだ?」
「今日、どんな一日だった?」
佳乃に聞かれて私は少し考えた後で、こう答える。
「……特に何もない一日だった」
私がそう答えると、佳乃は苦笑いした。
私はそれを確認してから、眠りについたのだった。
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