銜え煙草

圭琴子

銜え煙草

「二名様ですね。煙草はお吸いになりますか?」


 レストランの女性店員が、営業スマイルばかりじゃなく、にっこりと媚態を見せて訊いてくる。

 女性に色目を使われるのは、慣れっこだ。だけど俺の理想は昔から、『俺より美しい女性』。


「はい。喫煙席で」


 俺は美容の大敵のそれは吸わないのだが、同席する同僚の彼の為に口にする。

 席に着くと、彼は当然のようにシガレットボックスをトントンと指で叩いて一本を取り出し、口に銜えて火を点した。

 深く吸って、俺に煙がかからないように男臭い横顔を見せて、美味そうに吐き出す。


「万病の元が、そんなに美味しいかい?」


 俺が思わず訊くと、彼はニッと、無邪気とも言える白い歯を見せた。


「ああ。トイレ行ってくる。銜えてろ」


 立ち上がったかと思ったら、彼はその細い紙巻きを俺の唇に押し込んだ。


「うっ……ゲホッ」


「イイ女は、銜え煙草くらいのチョイ悪に引っ掛かるんだぞ。顔ばかりが魅力じゃねぇ。覚えとけ」


 俺はむせながら、そう言って一瞬、艶っぽい流し目を残していく彼の背中を見送った。

 嗚呼、そんなのとっくに分かってるさ。俺は、お世辞にも美しいとは言えない、お前の魅力の虜なのだから。

 思春期の子供みたいに、間接キスをした唇がドキドキと脈打って、俺は苦い煙草の味を噛み締めながらまだ知らぬ『彼の味』を想像するのだった。


End.

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銜え煙草 圭琴子 @nijiiro365

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