ある晴れた日に 8

 森高町子、十八歳。

 今日は近くに住んでいるローズさんという薔薇のシリンの女性と一緒に、人工シリンであったクロード達の家を訪問することになっている。

 向こうでお茶は用意するから、何かお茶菓子を用意してくれと言われた。だから、二人とも芳江に教わって慣れない手つきでパウンドケーキを作っていった。

「初めてにしては上出来ですよね、ローズさん」

 いい香りのする包みを持って、うきうきしながら町子は近所に建てられた新しい家に向かった。クロード、エリック、ルークの三人は男だけの三人暮らし。女性の客をもてなすのは初めてだ。

「私は最近火薬の調合ばかりだったから、自信ないわ」

 ローズが少しへこんでいる。パウンドケーキはうまくいかなかったのだろうか。

 今日は晴れていい天気だった。こんな日は外に出てお茶会をしてもいいだろう。町子の持っているパウンドケーキはいい香りがする。きっと大丈夫だ。

 三人の男性シリンの家に着くと、ローズがドアをノックした。するとすぐに鍵が開いて、三人が目の前にずらっと並んで出迎えてくれた。

「今日は外でやろうと思っているんだ。テーブルと椅子を出すから手伝ってくれな」

 照れて何も話さない二人の代わりに、クロードが音頭を取ってくれた。テーブルと椅子を人数分設置してそこに紅茶とケーキスタンドが並べられた。しかし、いざパウンドケーキを出す段になると、ローズが町子の手を止めた。

「待って、やっぱり作り直しましょう。こんなものはとても出せないわ」

「何言ってるの、ローズさん。ここまで来ちゃって、お茶の用意までさせちゃったんだから。出さないと」

 町子がそれでも出そうと手をカバンの中に突っ込むと、またローズがその手を止めた。

「出さないわ!」

「出します!」

 食い違った二人の意見の応酬で、三人の男たちは肩をすくめてしまった。しかし、そんな町子とローズの言い合いを止める手があった。

 その手は柔らかく、褐色で、二人の腕を優しく包み込んでいた。

「町子さん、ローズさん、ここは出してみましょう」

 そこにいたのは、アニラだった。隣にはスタンリーもいる。

「形は不格好でも、味は美味しいはずです。お二人が心を込めて作ったものに偽りはありません。出しましょう、ローズさん」

「でも、本当に変な形をしているんです。アニラ、心の広いあなたには分からないわ。あれは絶対受け入れられない」

「そんなことないと思うけどなあ」

 そう言って、スタンリーは懐から何かを取り出した。町子にはそれに見覚えがあった。

「ほらこれ。これを塗ればもっとおいしくなるだろ!」

 マーマイト。

 チョコレート・ペーストのような姿をした悪魔だ。

 町子はそれを見るなりそのマーマイトの箱をチョップで地面にたたき落とした。

「何をするんだ町子! せっかくロンドンで仕入れてきたのに!」

「大体ニュージーランドにいるスタンリーさんがどうしてここにいるんですか! マーマイトはもういいですから、他に何かあるでしょ、キウイとか!」

「キウイフルーツもキウイも空港には持ち込めないよ」

 スタンリーは両手を上げて町子に降参した。マーマイトは仕方がない。他にもきっといいものがあるはずだ。とりあえず、ローズの心を解かしてパウンドケーキを手にしないことにはどうしようもない。

 アニラは、頑なにパウンドケーキのお披露目を拒むローズの手をどかした。

「ローズさん、とりあえず私だけに見せてください。私が問題あると思ったら出さなければいいのですから」

「そ、それじゃあ」

 真実しか言わない。嘘はつかない。それがアニラの特徴だ。だから、ローズは彼女を信じて手をどかした。アニラは皆に見えないようにバスケットの中のパウンドケーキを見た。

 すると、幸せそうな顔をしてバスケットの布を閉じた。

「問題があるとは思えませんよ、ローズさん。いい香りですし、形もそんなに不格好ではありません。出しましょう」

 アニラがそう言ったので、スタンリーが嬉しそうにバスケットの中に手を突っ込んでパウンドケーキを出した。そして、それを町子と一緒に切ってケーキスタンドに乗せる。

 ローズは、終始不満顔だった。

「本当に何の問題もないじゃないか。ローズさん、あんたどうしてこれに問題があると思ったんだ?」

 これからお茶会を始めようとしている時、ふと、クロードが聞いた。すると、ローズはパウンドケーキの端にある、少しの出っ張りを指さした。

「あれが、どうしても許せないんです」

「なんで?」

 町子がよく見てみると、それは、パウンドケーキのタネを型に入れた時にできたものだった。町子には少しの偏りにしか見えなかったが、ローズには大きな出っ張りなのだろう。

「ローズさんったら、几帳面なんだから!」

 町子は、そう言って笑った。皆も、それにつられて笑った。

 ああ、これが平和というものなのか。

 クロードは、皆と一緒に笑いながら、今まで感じたことのない幸せと充実感を感じていた。そして、まだ近くにいて、それでもどこにいるのか分からない、地球のシリンに空への伝言を送った。

 その伝言は、誰にも知られることなく、そっと送られ、そして、そっと、地球のシリンによって受け取られることになった。

 時に曇り、時に雨や雪を大地に振らせる空。その空は今、きれいに晴れ渡っていた。



「空への伝言」終わり

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空への伝言 瑠璃・深月 @ruri-deepmoon

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