ある晴れた日に 7
劉天佑と、その姉、劉紫萱は、屋敷に正式に部屋をもらって住むことになった。いつの間にか与えられた部屋でなんとなく過ごしていたが、正式に住人になると、気分も変わってきた。
姉弟の番の心配事は、以前住んでいた家に置いてきたお茶のことだった。たしか、干しただけで何の加工もしないままここに飛んできてしまったはずだ。
劉姉弟のその心を汲んでくれたのは、なんと、アースの友である暁の星のシリン、メティスだった。
彼は劉姉弟の要請を受けて、彼らの住処まで言ってお茶を引き上げてきてくれた。草が生えて荒れかけていた畑もきれいにして、収穫時を迎えていた作物もきちんと収穫してきてくれた。それに喜んだ劉姉弟は、メティスをお茶の席に呼んだ。
「これだけの野菜があれば、キッチンのイーグニスさんも喜ぶことだろう。お茶はどうする? この屋敷では加工が困難だが」
メティスの問いかけに、ほっと胸をなでおろした紫萱が、乾いたお茶を手に取って香りを確かめる。
「何回か雨に打たれたようですね。浩然なら一時的にお茶を作る気候を作り出せますから、小さな温室かビニールハウスでも作って、そこで加工したいのですが」
「温室なら作れそうだね」
メティスは、そう言って、どこからか紙とペン、それに封筒を出して何かを書き始めた。書き終わると、紙を封筒に入れて、その封筒にフッと息を吹きかけた。すると、息のかかった部分から封筒は姿を消し始め、メティスの指をパチンと鳴らすと、完全に消えてしまった。
そして、改めて、劉姉弟の用意してくれたお茶の席に戻ると、屈託のない笑顔を見せた。
「この地球という星は、実にいろんな要素を含んでいるのだね」
劉姉弟は、メティスが突然、突拍子もないことを言うものだから、少しびっくりした。しかし、気を取り直して聞き返してみることにした。
「メティスの旦那、そりゃそうかもしれませんが、暁の星やナリアはそうじゃないんですかい?」
天佑が訊くと、メティスは少し寂しそうな顔をした。
「我々の星は、自然に恵まれていないんだ。鉄分を含んだ赤土の星だから、地球人の移民が土壌改良して住みやすくした場所以外は人がいない。以前から住んでいた先住民も、だいぶ土には苦労したようだ。それに、つい五十年ほど前まであの星には戦争も紛争もなかった。内乱さえもなかったんだよ。それはとてもいいことなのだが、ひとたび力を得てしまったら、それに食いつくのも早かった。危うく核戦争にまでなってしまうところをアースが助けてくれたけどね。私たちの星は歴史こそ浅いが、今も昔も平和なんだ。ナリアもそう。今のナリアにはいさかいがない。極端な話、国境さえもあやふやな地域が沢山ある。だから、ほとんどの地域には名前が付いていないんだ。国という単位を作って名前で区別しないようにね。だが、地球にはいろいろな要素がありすぎて、正直言ってめまいがする。君たちのお茶を取りに行ったときにそれを少し吸収したんだ」
「確かに、豊かな自然もあれば、いさかいも戦争も、たくさんあります。いいことも悪いことも、あらゆるものが交じり合って、それが当たり前のように共存している」
紫萱は、メティスの言葉を受けて、少し考えながらゆっくりと自分の考えを口に出してみた。すると、天佑が紫萱の服のそでを引っ張った。
「なあ姉さん、俺たちって地球の子だろ」
天佑の言葉に、紫萱もメティスも、二人とも目を丸くした。
「たしかにそうだけど、そうしたら、私は暁の子だし、ナリアやセベルはナリアの子ということになる。地球の子というのは正しい見地かもしれないが、それは惑星間に線引きをしてしまう、危険な考えではないのか?」
天佑は、首を横に振った。
「その逆でさあ、メティスの旦那。もう分っているはずだ。俺たちが地球の子だって言う、その意味を」
その言葉に、しばしメティスは黙ってしまった。
紫萱は、そんなメティスの様子を見て、弟の頭を拳で殴った。
「お馬鹿さん。あなたの頭で考えた浅はかなことで、メティスさんを悩ませて」
すると、メティスがその姉のほうに掌をやり、制した。
「もう少しで答えが出そうなんだ。地球の子、たぶんそれは生きとし生けるものが存在する、すべての宇宙にあるものすべてへのメッセージ。地球という星が抱えるすべての問題を共有できるすべての生き物への警鐘と賛美」
そこまで答えを出して、メティスはハッとした。
「私はいったい何をしていたんだ?」
メティスは、それ以上、『地球の子』に対して考えを巡らせるのをやめた。
正直ほっとしている紫萱と天佑の淹れたお茶を口にする。それは、身体じゅうに広がっていき、口の中を洗っていくような爽やかさを持っていた。
劉姉弟とメティスは、そこでそのまま、夕方になるまでお茶を楽しむことにした。劉姉弟はいずれ英語を学びながらこの英国で何かの仕事に就きたいと考えていた。おそらく、今までの経験を活かすなら、お茶の関係になるだろう。メティスも、何らかの形でここにいることになるだろう。まだ解決していないことがあったからだ。
午後の日差しは温かく、三人がいるこの部屋を照らしていた。
『地球の子』、天佑が呟いたその言葉の意味を、深く残し、地球の奥底に刺したままにして。
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