翌朝からは普段の生活が始まった。

 あの夢のような時間は酔いのせいにして、目の前の仕事を整理していく。あれが仮に本当だとしても、きっとすぐに会えるだろうと高を括っていた。


 しかし、夜は二度と私の前に姿を見せなかった。


 どんなに酒に酔ったところで、どんなに呼びかけたところで、夜は応えなかった。

 ただ割れた月が水面で揺れていただけだった。その残り香はすぐに潮騒にさらわれて削れて消え去った。心のどこかではもう二度と会えないということを悟っていた。

 思えば夜が私を助けることも気まぐれだ。私が夜に気づいたことも偶然なのだ。ならばこうなる結末も偶然か気まぐれなのだろうか。そんなにもあっけないものなのだろうか。そのような考えが廻りはするが、次第に心が離れていくのも事実だった。



 それから数年が経ち、私は小高い場所にある家に引っ越していた。今の家は縁側から外が眺められる。平日の朝など人が通るのが見える。学生、年寄り、社会人など様々だ。そうしてすべての人が影を携えていた。

 いつしか事実のさらに奥を探ろうと推測することが多くなった。だからこそ人にはひねくれた考えだと揶揄されることもある。ただ、どうしてか一つだけ譲れない考えがあった。


 ――人は実に夜の生き物である。


 ああ、きっとこんな朝には夜が似合う。

 今となっては夢ともしれない何かがそう思わせるのだ。

 あいつは元気だろうか。


 ――はて、あいつとは誰だったか。

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こんな朝には 星野 驟雨 @Tetsu

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