古びたシーツ

波来亭 獏象

古びたシーツ

「もうそろそろ終わりか……」

ある病院のベッドの上で何となくそう感じた。

この部屋は本来、いかにも病院というような白で統一された部屋で、あるのは古びたベッドとシーツだけである。今だけは窓の外から夕日が差し込みオレンジ色に部屋全体を染めてしまっている。このオレンジ色が悲しみを引き出すのか。


遠くから救急車の音が聞こえる。おそらくこの病院への急患だろう。今頃救急のエントランスは大変な事になっているに違いない。


いつから病院にいるのだろうか。気が付いたらこの病院にいた。先ほどの急患のように救急車で搬送されてきたのだろうか。少なくとも記憶している限りでは、ここへ来てまだ日が浅いうちは悪いところなど何もなく、月日を重ねだんだんと悪くなっていった気がする。

最初のうちは病院内を色々と動き回ることもあった。天気のいい日は病院の屋上にいることもあった。今では動くこともできないのに誰も来ない。医者も来なければ看護師も来ない。以前は医者にもよく会ったし看護師とは毎日会っていた。それなのにだいぶ前に看護師がシーツを運んできて以降しばらく誰とも会っていない。


「お父さん、具合はどうですか」

どうやら見舞が来たようだ。この部屋ではなく、隣の部屋に。今、見舞いに来ているのは奥さんだろうか。

どうやら隣の部屋の患者は癌のようだ。末期でもう手の施しようがなく本人も死を覚悟しているらしい。本人には会ったことはないが、以前見舞いに来た息子らしき人物と奥さんが話しているのが聞こえた。治る見込みもないので病院ですることといえば鎮痛薬を投与するだけである。鎮痛薬の影響からか患者本人は家族が見舞いに来ても死人のように眠って過ごしている。これから永遠に眠るというのにそれを先延ばしにするため眠って過ごすしかないとは実に面白いジョークだ。

しばらくして隣の部屋のナースコールが響いたと思うと、どたどたと慌ただしい雰囲気が伝わってきた。



「じゃあね、また明日」

外から子供たちの声が聞こえる。今までどこかで遊んでいて、夕方になったので家に帰るのであろう。

そういえば以前いた病室で、小さい子供がシーツを首に結び付けてマントのようにしてベッドの上から飛び降りるヒーローごっこをしていた。一見して無邪気でほほえましいかもしれないが、危険に思えた。ベッドにシーツが引っかかったりしたらどうするというのだ。シーツは破け、子供は首つり。シーツと心中することを望むか。そんなのは誰も喜ばない。その時は子供が看護師に注意されけがをすることもなく済んだが、病院は子供がヒーローごっこするところではないし、そもそもシーツは首に巻くものではない。


そんなことを考えていると、廊下から人の話し声のようなものが聞こえた。

「どうぞこちらです」

看護師が一緒に見知らぬ男とともに部屋に入ってきた。

「えーと、処分するのはここにある大量の古びたシーツですか」

見知らぬ男は看護師にそう尋ねた。

「えぇ、はい。そうです。本当に助かります。私たちの方で片づけるべきなんでしょうけど、量が多くて困っていたんです。ありがとうございます」

「いえ、しごとですから」

男はすぐさま仕事へ移るとてきぱきとシーツを運び出し車に乗せた。全て乗せ終わると男は車に乗り込み看護師に挨拶をした。

「それでは、また何かありましたらいつでもご連絡ください。」

この車でシーツはこれからどこへ行くのだろうか。

「これで今日の仕事は終わりだ」

男は車を運転しながら煙草に火をつけ、つぶやいた。シーツの仕事もこれで終わりだ。

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古びたシーツ 波来亭 獏象 @Haraitei

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