第7話 河畔

2月21日 火曜日


目を覚ますと強い雨が降っていた。今日の日程を考えていると、まだ寝ている最強の晴れ女の寝息が100回を超えようとしていた。


ハルヒ「ん…おはようキョンっ…」

キョン「おはよう。この天気はどうにかならんのか?かなり強い雨が降ってるぞ。」

ハルヒ「電車移動で時間がかかるし心配するまでもないわ。とりあえず私についてきなさい。」


団長スマイルを信じて身支度を終え、重いホテルの扉を開く。

地下鉄で東へ数駅、今日の最初の目的地へ向かった。


2日ぶりの真新しいターミナル駅が見え、雨合羽を着たまばらな観光客達の流れに合流する。

平日の朝8時なので通勤ラッシュのはずだが、人はそこまで多くなさそうだ。スーツケースの上に座り案内板をまじまじと見つめるアメリカ人の集団を横目に待合室に入っていく。


ハルヒ「ねぇそろそろ行かない? 団体ツアーの観光客の後だと絶対移動が面倒くさくなるわよ。」

キョン「プラハ駅だとそんなことはなかったけど、早めに移動しておくか。」


ハルヒの言ってることが理解できた。プラハよりも観光客が少ないと思ったらホームでスタンバイしていた。

列を作って並んでいるわけではないので、早くホームに向かわないと人の壁が厚くなって突破できなくなってしまう。


何とか特急列車に乗り込む。まばらに空席があり前と後ろには人は座っていない。

ウィーンを出発すると田園地帯に入り、遠くを見つめながら静かな車内で朝食を食べていた。


ハルヒ「じゃああたしは寝るからよろしくね。」

高校時代の宣言はどこへやら、昨日あれだけ飲んだからだろうか団長は早々に寝てしまった。


息を立てて寝始めたのでまず目は覚めないだろうと高を括り、髪を弄り唇を撫でていた。

こうしているとこいつを手放したくない、一生俺のものにしたいと思う。


国境を越えアナウンスがマジャール語に変わり、今回の旅の最後の国、ハンガリーに入った。

ハルヒが目を覚まし復活する頃にはドナウ川を越え、ブダペスト市街地に入っていた。


キョン「ほら起きろ~ もう着いたぞ。」

ハルヒを起こし、手を引いてBudapest Keleti駅に降り立った。プラハとウィーンとは明らかな違いがあった。

駅舎はより古く、雑然とした感じがした。タクシーの客引きがホームにまで入ってきて観光客を捕まえようとしている。

駅の外に出たが荷物が重いので、1㎞も距離がないホテルにタクシーで移動した。


チェックインを済ませていざ外に出たが、2時近くになっていた。

ハルヒ「とりあえずあたしもフォリントはそこまで持ってないから、金を下ろしに行きましょ。」


そう言って銀行に向かった。Googlemapで検索すると国立銀行の近くに為替所があるのでここで良いだろう。

中に入るとガチガチにスーツを着た男がいた。ただ立っているだけだったので誰かを待っていたのだろうか。

奥へ進みおっさんに日本円をハンガリーフォリントに換えてもらいそそくさと外に出た。


市街地を歩いて博物館に向かうことにした。

シナゴーグの前に集まっているユダヤ人、昼間からビールを飲みながらドイツ人が集まっている。

オーストリア帝国時代から代々ここに住んでいるのだろう。

パリやウィーンと比べて海外からの観光客は少なかった。


ハルヒ「キョン、ここの大聖堂に入りましょ。ベタだけどせっかくブダペストに来たんだから行っときたいわよね。」


聖イシュトヴァーン大聖堂はハンガリー王国の初代国王イシュトヴァーン1世にちなんで名づけられたカトリックの聖堂だ。

中央ドームと左右の塔がとても大きく優雅だ。中に入ると聖イシュトヴァーンの王冠や装飾品がありハンガリーの象徴であることを感じることができる。


途中でソ連赤軍の記念碑のそばを通り、民族博物館と美術館をハシゴするともう夕方になっていた。

今日は珍しく普通の観光でイベントは少なく、それもあってかハルヒのことをゆっくり考える余裕があった。

別れが近づいていることを感じ、何かをしなければと思っていたのだろう。

美術館で買った装飾品を袋から出し、ドナウ川の河畔に差し掛かったところでハルヒに声をかけた。


キョン「これを開けてくれないか?」

ハルヒ「何これ? 指輪入れ?」

キョン「また半年会えないんじゃ寂しいだろ。」

ハルヒ「あんたこれが何を意味するか分かってやってるの?」

キョン「俺はいたって正常だぞ。」

ハルヒ「じゃ、じゃあ...。」

キョン「ほら左手を出せよ。もちろん薬指だ。」


キョン「今は自分の金で稼ぐようになったら高いのを買ってやるから。」


ハルヒ「ねえキョン、」

ハルヒ「こんなあたしでもお嫁さんにもらってくれる?」

キョン「もちろんだ。先に言われちゃったな。」

ハルヒ「ヘタレキョン、一生ついてきなさい!」

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