第6話 都

ハルヒ「ん… おはよう…。」

キョン「……」

ハルヒ「んっ……」

キョン「ん… ああおはよう」

ハルヒ「おはようねぼすけさん。ほら焼きたてのクロワッサンが無くなる前に朝食食べに行くわよ!」


~~~


今日のウィーンは晴天で、元々かなり歩く予定だったので都合が良かった。


ハルヒ「まず円をオイ…ユーロに換えない? あたしは元のお金がユーロだからどうにかなってるけどあんたはそうもいかないでしょ。」

キョン「確かにな。昨日は両替しようがなかったし『オイロ』不足なのは否めないな。近くに銀行があるしさっさと両替を済ませてしまうか。」

ハルヒ「だからオイロがユーロなの! まあフランスの「ウホ」とかリトアニアの「エウラス」みたくユーロの原形すらとどめていない国よりはマシでしょ!」


街のあちこちにEXCHANGEと書かれた看板があるが、銀行の方が丁寧なのは言うまでもない。前者は札を突き出して終わりのところも少なくないが、

銀行なら札を数えるところまで確認できるので安心感がある。俺たちは道路を渡ってすぐ、ウィーン西駅に近い所にある銀行へと向かった。


キョン「すみません。」

銀行員「何でしょうか。」

キョン「日本円をユーロに両替できますか?」

銀行員「もちろん可能ですよ。おいくらですか?」

キョン「一万円でお願いします。」


もちろん全ての円を両替するわけではない。正直言うとクレジットカードを使うことがかなり多く、現金で財布をパツパツにしなくて良いのは助かる。

しかし日本円・ユーロ・チェココルナ・ハンガリーフォリントの4つの通貨が全部財布に入るわけもなく、首から下げたポシェットの中に収納してその上に上着を着ている。これなら防犯も兼ねられるし、かなり便利だ。



ハルヒ「今日はあたしが案内するからキョンは地図見なくていいわよ。あたしに付いて来なさい。団長命令!」

キョン「で、これからどこに行くんだ?」

ハルヒ「まず公園に寄ってから大学を案内するから楽しみにしといて。」

ハルヒ「まずWestbahnhof駅から地下鉄に乗って移動ね。」


ハルヒによれば地下鉄6号線から4号線へ乗り継ぎ中心市街地へ出るようだ。地下鉄4号線の5駅目のStadtpark駅へ向かう。


ハルヒ「ウィーンの通勤ラッシュは日本みたく乗車率200%なんてことはないし安心して。移動時間は20分程度だしすぐ着くから。」

キョン「確かに駅の通路も急いでる人がいない感じだし大丈夫そうだな。10時だし余裕がありそうだ。」


Stadtpark駅に到着し、階段を登り外に出たそこがStadtparkそのものだった。駅名にparkとある位なので何となく公園というのは分かっていた。シューベルトやシュトラウスの像があるこの公園は要するに市民公園でウィーン市民に親しまれている…らしいのだが冬の朝に公園に来る人はランニングや散歩目的の人以外にはまずいない。

 

ハルヒ「ここから大学まで歩くわよ。見るだけでも楽しいんじゃない?」

キョン「帝国時代から続いているっぽい建物が多いし見ていて飽きないんだが… それにしてもスケートリンクがある建物はなんだ? 近くにポーランド国旗があるようだけど大使館にしては豪華すぎるよな?」

ハルヒ「知らなきゃ普通そう思うでしょ? ウィーン市庁舎とウィーンの旗なのよね。ほら写真撮るわよ!」



正門からウィーン大学へと入った。600年以上の歴史があるこの大学は、外観からして歴史を感じられる。


ハルヒ「このエレベーターやたら古いのよね。あと明日行く予定の『恐怖のエレベーター』も名物だと思うわ。」

キョン「なんだよそれ…っていうか明日は大学で学食じゃなかったのか?」

ハルヒ「まあ楽しみにしといてよ。気に入ってくれると思うしそれにいいじゃない。」


さらに奥へと進んだ。ハルヒは職員の人と話しているが俺には分からない。入るのにどうやら許可証が必要なようだ。


ハルヒ「少し待っててくれる?」

キョン「ああ、ってどこに行くんだ?」

ハルヒ「ちょっと紹介したいから!」

キョン「紹介って誰にだよ…。」


スマホを充電しながらロッカー室でハルヒを待った。自分も大学生なわけだし違和感なく溶け込める……はずだ。


ハルヒ「ああごめ~ん」

キョン「って何してたんだ?」


キョン「もしかして同級生で良いのか?」

ハルヒ「うんっ。」


キョン「初めまして。いつもハルヒがお世話になっております。「あたしの彼氏。キョンって呼んで。」

キョン「ってそれは俺が言うことだろう。またしても本名を紹介する機会を逃したわけだ。」


~~~


同級生「でさ、前から付き合ってるんじゃなかったの?」

ハルヒ「実のところは付き合い始めたばっかりなのよ。あたしのことずっと好きだったくせに数日前に告白されたんだから。」


~~


静かな図書館では学生たちが勉学に励んでいた。そのなかを2人でそっと歩いて階段へ向かった。2階にはいかにも古そうな本が所狭しと陳列されており、魔術書でも置いてありそうな雰囲気だ。



ハルヒ「そろそろ昼食の時間ね。国立歌劇場の近くにオススメの店があるからそこに行きましょ。」

キョン「で、何で行くんだ?」


ハルヒは慣れた感じで路面電車に飛び乗った。俺も遅れまいと慌ててついてゆく。


ハルヒ「そういえばキョンはトラム初めてじゃない?」

キョン「ウィーンでは初めてだな。ていうか朝の通勤時間帯のバス並みに詰まってないか?」

ハルヒ「電車よりバスの感覚に近いと思うわ。電車にしては本数多すぎるわよ。それにトラムの路線って多いしかなり複雑なのよね…。慣れれば便利だけど初見だと絶対迷うわよこれ。」


大通りを走り抜け、道路を挟んでウィーン国立歌劇場の反対側に到着した。

ハルヒ「ここね。人気なのもあるけど少し混んでるわよ。」

キョン「肉っぽいものが見えるけどここはなんの店なんだ?全く分からん…」

ハルヒ「店名そのままのレバーケーゼの店ね。要はファストフードのようなものよ。挽肉・野菜・スパイスを蒸し焼きにしたものね。オーストリア名物だしせっかくだと思って連れてきたのよ。」


店内は地元の人に人気のファストフード店といった感じで、メニューによればプレーン以外にも種類は多そうだ。


ハルヒ「こうハンバーガーみたいな感じでパンに挟んで食べるのが普通ね。厚切りだし美味しいでしょ?」

キョン「レバーケーゼ本体だけでも満足感あるし、パンもカリッとしてて美味しいな。」

ハルヒ「このパン美味しいのよね。ゼンメルとかカイザーロールっていうんだけど、レバーケーゼと同じでオーストリア発祥なのよ。」


ハルヒ「この店はLeberkas-PepiのOperngasse店なんだけど、Operngasseの意味は分かる?」

キョン「目の前の通りにOperngasseって標識があっただろ。それに歌劇場が近いからそのままオペラ通りじゃないか?」

ハルヒ「その通り! 120点満点ね。意外と英語に似てる単語もあるから意味だけなら分かるでしょ?」


店を出て大通りを東に進み、かつての将軍の名がついたプリンツ・オイゲン通りへ入れば次の目的地が自然と目に入る。俺とハルヒは南側からそこへ入った。

ベルヴェデーレ宮殿の敷地ははかなり広い庭園で、凍り付いた池と18世紀に建てられた宮殿が出迎えてくれる。


ハルヒ「これからまた中心市街地に戻るわよ! まだ見てない所も結構あるし今日はこれからが長くなるわよ。」

キョン「中心市街地に行くなら買い物しないか? どっちにしろチョコとかは買うだろうしな。」

ハルヒ「いっ言われなくても分かってるつもりよ。楽しみにしときなさい!」


美術館を背にして振り返ると一面の花畑…は春までお預けだが空気が澄んでいて遠くまで見渡せる。ハンガリーまで見えているのではないだろうか。

美術館の東側にある門を抜けて通りへ出て、再びトラムへ乗り込む。途中までは同じ道を戻り、ウィーンのど真ん中を目指して進んでゆく。歌劇場の前で降りてケルントナー通りへ入る。ここからは車は入ることができず歩行者天国になっていて、歩きながらゆっくりと観光を楽しむことができる。


宝石屋や衣服店が多く、靴・婦人服・男性服・鞄・腕時計・香水などの専門店に分かれていて、古くから営業している店から最近できたであろうショッピングモールまで軒を連ねていた。


キョン「お土産店に入らないか? プラハ城みたく『SOUVENIR』の看板を掲げた店が沢山あるわけでも無さそうだろ。」

ハルヒ「それもそうね…。小物でも買いましょ。」


キョン「とりあえずコップとキーホルダー類でいいか?」

ハルヒ「少し待って。 あとこれでいいわ。」


店を出てそのまま進むと大きな教会が目の前に現れる。一列に並んだ馬車とモーツァルトの格好をしたコンサートの客引きを横目に中へ入った。


ハルヒ「ここでモーツァルトの結婚式と葬儀が行われたらしいわよ。だからあんなカッコしてるのね。」


観光名所の一つでもあるシュテファン大聖堂はとにかく大きく、道の反対側でも一枚の写真に収めることができなかった。正面は白っぽく、側面が黒っぽいのはゴシックとかロマネスク様式の違いだろう。屋根はタイルで覆われていて、一部は工事の足場が組まれていた。

内部は聖人の彫刻や宗教画など美しい装飾が多く、壮麗という言葉がよく似合う。壁には大きなパイプオルガンがあり、定期的にコンサートが開かれるらしい。



ハルヒ「ねぇキョン、こっち向いて。」

キョン「何だ?」

ハルヒ「ほらせっかく教会にいるんだしアレごっこするわよ。」

キョン「アレ?」

ハルヒ「何となく分かるでしょ! ほら左手だして」


ハルヒ「汝 健やかなるときも 病めるときときも、愛し、敬い、命あるかぎり私を愛することを誓いますか」

キョン「誓います……」

ハルヒ「ん……」


周囲に人がいるということも忘れていた。いつの間にか本物の結婚式だと錯覚していたのかもしれない。


ハルヒ「この指輪あたしも持っておくからあたしが日本に帰ってくる時まで持っといてくれない?」

キョン「ああ分かった。数年後にはちゃんとした指輪に換えてやるから。」

ハルヒ「…………」

キョン「ハルヒさーん?」

ハルヒ「……」

ハルヒ「あ、あんたねぇ……」

ハルヒ「プロポーズしてどうすんのよーーー!」

ハルヒ「バカキョン……」


大聖堂には2つの塔があり、展望台から町を一望できるのだが、南塔では350段近くの階段を登らなければならないので北塔をお勧めしたい。


ハルヒ「見晴らしはいいけどプラハの街並みに負けちゃってるんじゃない?」

キョン「確かに昔ながらの建物と新しいビルが混ざってるからな。」


大聖堂を出て右手にあるのは「マナーショップ」で、ウィーン土産の定番として有名なウエハースの「マナー」の店になっている。

ピンクの包装でおなじみで、店のお菓子以外にもマナーグッズが売っていて観光客がひっきりなしに出入りしていた。



ハルヒ「こっちの箱になっているのでもいいけど袋の方がスーツケースに入れやすいんじゃない?」

キョン「多分スーツケースの隙間に詰めると思うしちょうどいいかもな。」

ハルヒ「こっちの一袋は大学っていうかゼミで配る用ね。残りはお土産の分でいいわよ。」


ハルヒ「今あたしたちが向かってるのは喫茶店なのよ。」

ハルヒ「ウィーンの喫茶店といえばザッハーとデメルの2つが有名ね。ザッハーは名門ホテルとレストランで、デメルは洋菓子店で日本にも進出してるのよ。」

ハルヒ「今日入るのはデメルの方なのね。まあ楽しみにしといてよ。」



また別の教会のそばを通りカフェデメルへ向かう。数100mしかないのですぐ到着するのだが。

店の中は観光客と常連で結構混雑していた。英仏独など各国の言葉が飛び交う中、受付嬢が忙しそうに行きかっている。


ハルヒ「ここは単にケーキを食べるだけの場所じゃないのよ。普段あたし達がドリームに集まるのと同じで話をしに集まる所って言った方がいいかしらね。」

キョン「要はカフェが社交場や政治の場になった…ってことだろ?」

ハルヒ「キョンのくせによく予習してるじゃないの。ほらクリームあげるから口開けて。」

キョン「王室御用達だけあって美味しいな。濃厚だし皿に生クリームが添えられてるのな。」

ハルヒ「このザッハトルテにはエピソードがあってね、昔ザッハーとデメルがザッハトルテを売る権利をめぐって争ったことがあるのよね。結局ザッハの方がオリジナルっていうことになったのよ。」


~~

キョン「ごちそうさま。美味しかったよ。」

ハルヒ「あんたはとりあえず何も考えなくていいからあたしについてきなさい!」

キョン「って早くないか? どこに行くんだ?」

ハルヒ「別にすぐそこよ。あと混んでるから手離さないでね。」


数分歩いた先にあったのは、なんてことはない本屋のようだった。

キョン「で、この書店がどうしたって?」

ハルヒ「ここは地図の店ね。日本だと大きな書店なんかに行くと海外の地図が少し売ってるじゃない。ここはそういう地図専門の店なの。」


ハルヒ「前うちのゼミの教授がウィーンに来た時にこの店に寄ったんだけどさ、4時間もいたのよ。確かに日本じゃ手に入らないレア物ばかりでそれもそのはずだわ。」

キョン「折角だしオーストリアの地方図でも買っていくよ。あとツーリング専用図ってのも気になるな。ウィーンの市街図なら帰った後でも手に入るし、激レアの方が希少価値があるってもんだ。」


戦利品を片手に地図屋を出て、カフェデメルの前を通って南へ進むと馬車で囲まれている小さなミヒャエル広場へと到着する。


それからちょっとしたドームになっているホーフブルク王宮と庭園の中へ入った。庭園にはベルリンのブランデンブルク門、パリの凱旋門のようにウィーンにも凱旋門がある。庭園の中にあるのでパリのようにひっきりなしに車が走っている訳ではない。


ハルヒ「もう夜になったことだし、あたし達はこれからレストランに行こうかと思うのね。もう夜だしどっかの店に入らないと混んできちゃうでしょ。」

ハルヒ「いくつか店はあるけどキョンに任せるわ。」

キョン「じゃあここから1㎞先にある店に行こうか。」


シュテファン大聖堂の近く、モーツァルトの家のすぐそばにある店に入った。

グーグルマップで"Gulasch restaurant"と検索してヒットした店で別に知っていた訳ではない。

高級レストランで格式張って無かったし、観光地の中心ということもあってか常連達が占拠していることも無く外国人観光客にとってはありがたい。


ハルヒ「店名が"Gulaschmuseum"なのにグヤーシュを注文しない訳がないじゃないの。とりあえずあたしは牛肉とジャガイモのグヤーシュを注文するからあんたも選びなさいよ。」

キョン「じゃあ俺は子牛肉と野菜の肉団子のグヤーシュだな。あとはパンとワインでいいか?」

ハルヒ「あ、うん。」


ハルヒ&キョン「乾杯~!」


~~~


ハルヒ「本当に美味しいと無言になるってこういうことを言うのね。グヤーシュも美味しかったけどワインが止まらないわ。」

キョン「せめてその位にしておけ。美味しいのは分かるがベロンベロンに酔ったら誰が担いでくんだ?」

ハルヒ「ふぁーい。仕方ないわね。」

キョン「お勘定お願いしまーす。」


キョン「帰りは大聖堂のとこから地下鉄で帰るぞ。ほら手を離すんじゃありません。」

ハルヒ「んーーー。」

キョン「仕方ないから抱いてくぞ。しっかり捕まっとけよ。」

ハルヒ「んー。」


20分でホテルに着いてハルヒをベッドに置くないなやそのまま眠ってしまった。シャワー?明日の自分に全て任せよう。

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