第4話 城
2月18日土曜日
―――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……。
ミ~ミ~ミラクル! ミ~クルンルン!
俺とハルヒのスマホの目覚ましが騒音を立てて朝を知らせる。自宅近くのホームセンターで購入した、ヨーロッパ規格のコンセントアダプターに繋いだままの電子機器はすべて100%を表示している。
ハルヒ「ん…」
キョン「ん~~~」
ハルヒ「何また寝ようとしようとしてるの?二度寝は帰りの飛行機だけにしときなさい!」
キョン「朝から元気なこった…。」
ハルヒ「あたしは常に大マジよ。」
キョン「とりあえず着替えて朝食を食いに行くか。」
ハルヒ「当ったり前でしょ。早く行くわよ!」
顔を洗って身支度を整え、コインを枕に置いて部屋の鍵を閉めた。いわゆるチップというもので、盗難防止にも有効らしい。
階段を下りて地下へ向かい、入り口で朝食の券を渡して中へ進み2人席を確保した。いわゆるバイキング形式だ。野菜や肉類は日本と大きく変わることはなかったが、なによりも異なるのはもちろんのこと主食だ。チェコでは黒パンが主流で、香辛料のクミンが入っているものが人気だという。
キョン「初めて食べたけど黒パンって美味しいな。普段食べてる朝食の食パンとは勝負にならないんじゃないか?」
ハルヒ「ウィーンでも黒パンは食べられるし、それに今食べてるのはライ麦100%の黒パンって言うよりも小麦が混ぜてあるんじゃない?ライ麦だけの黒パンはもっと黒くて硬いのよ。古くなるとナイフも通せないって言われてるわ。」
ハルヒ「普段の朝食だと黒パンにジャムかバターをつけて、あとコーヒー、ヨーグルトってのが多いみたいね。」
それから手短に身支度を整えて、10時前にホテル入口の重い扉を開いた。
ハルヒ「ウィーンではあたしが案内するんだからプラハでは先導頼んだわよ。一応彼氏だしね…。」
キョン「一応は余計だが団長様の頼みとならば仕方ないな。ほら行くぞ。」
駅の東側を回るようにして散策しながら、プラハ西部を目指した。ここで初めて気づいたのだが、プラハの通りの名前は、ベルギツカ―やポルスカーなど、国の名前になっているものが多いのだ。その中の一つであるイタルスカー通りを歩きながらプラハ中央駅を眼下に眺める。かなりのスピードで通過していくトラムとともに高架下をくぐり、中央駅に次いで大きなプラハ・マサリク駅を過ぎてお目当ての博物館がある…はずなのだが、入口がない。
ハルヒ「この先じゃない?Museum is hereって書いてあるわよ。」
キョン「とりあえずこの中庭を抜けてみるか。」
ハルヒ「扉が左右2つあるんだけど、右ではなさそうね。」
キョン「(Com)munismって文字が見えるし多分こっちだな。」
扉を開けて赤絨毯の敷かれた階段を登ると、レーニン像とソ連国旗が出迎えてくれる。ここは共産主義博物館といい、共産党政権時代のチェコスロバキアについての展示を見ることができる。入口に座っているおばあさんにチケットを渡し、フォトは撮影出来ますか?と聞いてOKをもらってから中へ入る。中は大まかに言うと社会主義時代の暗黒面がメインになっていて、黙ったまま展示物に食い入るように見て回った。当時の配給所や家の様子が一部再現されていたり、特にプラハの春までの歴史が詳細に示されている。
お土産に「怒りマトリョーシカ」を買った。これはチェコスロバキアのマトリョーシカ=ソ連に対する心情そのものだという。
博物館を出て中庭で回る順番を決める。
キョン「これから旧市街を回ってからプラハ城に行くけど、順番はどうしようか?」
ハルヒ「旧市街はどっちにしろ通過するんだから先に寄ったらいいんじゃない?」
キョン「じゃあカレル橋を後にして、左回りでいいか?」
ハルヒ「うんっ!」
キョン「あー、あとハルヒ、手を離さないでくれるか?城とか混んでそうだし…」
ハルヒ「わ、わかったわよ。一応彼氏だしね。そうよ!あたしを守りなさい。団長命令よ。」
敷地を出て表通り―ヴァーツラフ広場の北端へ進む。一見すると大通りだが、通り全体で長い広場になっている。そのまま通りを進むと細い路地へ繋がっていて、お土産店などの店が軒を連ねており、主要観光地を結ぶ最短ルートであるせいかかなりの混雑ぶりだ。
路地を抜けると、目の前にプラハ市内の観光名所として有名なプラジュスキー・オルロイ、すなわちプラハの天文時計が現れる。天文図を示す文字盤と時間ごとに動く4つの人形仕掛け、暦板からなっている。ここ旧市街広場には他に2つの教会、美術館があり、中央にチェコの英雄であるヤン・フスの像がある。
キョン「なあハルヒ、」
ハルヒ「なあに?」
キョン「やっぱり旅行先の歴史を知ってると楽しくないか?」
ハルヒ「そうね。何も知らないと楽しみ半減って感じ。ただ観光じゃつまらないと思うわ。」
キョン「ハルヒに言われなければ高校の時世界史選択じゃなかったかもな。ありがとな、ハルヒ。」
ハルヒ「別にいいのよ。あの時は勉強見てあげなきゃいけなかったし、その…キョンと離れたくなかったから…」
スメタナの「わが祖国」で有名なヴルタヴァ川を渡る。このマーネスーフ橋からは川を行きかう船に対岸の景色と南隣のカレル橋を望め、絵はがきになるような風景である。橋を渡り切ったら右折して大通りを進み、庭園を眺めながら階段のある通りを進む。もう一つの通りと合流すると、プラハ城の入り口である「黒の塔」がある。
キョン「なんか人が並んでると思ったら手荷物検査か。結構並んでるな…」
ハルヒ「これ上着も脱ぐ感じじゃない?」
キョン「スマホとかバッテリーも出すっぽいな。」
塔の前には警察官が数人いて、小さな検問所のようになっていた。順番が回ってくるのにはそれほど時間はかからなかった。
「ヴィー!」
そうか、予備のバッテリーを鞄に入れっぱなしだった。そして金属探知機らしきもので全身をチェックして検査は終わった。
脱いだ上着を着なおししつつ、先に歩き始めた。さっきの塔も含め宮殿の一部になっている。その中にカフェやレストラン、さらにはおもちゃ店や美術館までもが揃っている。
ハルヒ「城の敷地って広くない? 城っていうより城郭都市って感じがするけど。」
キョン「プラハ城は世界で一番大きい城らしいな。見て回って飽きることは無さそうだな。」
城内を見て回りながら奥へと進むと、目の前に周囲の建物よりも古そうな教会が現れた。
ハルヒ「建築様式のことは分からないけど、見た目で大聖堂ってのは分かるわね。キョン-!ガイドー!」
キョン「聖ヴィート大聖堂はゴシック建築だな。チェコ最大の教会で、中にはボヘミア王の墓があるぞ。大聖堂を造ったのがヴァーツラフ1世で、現在のチェコでは守護聖人でもあり民族の英雄だな。ほら、ヴァーツラフ広場に像があっただろ?」
ハルヒ「それにしてもあんたってヨーロッパに詳しいわね…。高校の頃あたしが教えてあげていた頃が嘘みたい。」
キョン「さすがに下調べしたけどな。それに俺が詳しいのは中欧とか東欧だし、西ヨーロッパは弱いからな…。 ハルヒは独仏なら強いだろ?」
ハルヒ「う、うん…。」
ハルヒ「ほら中に入るわよ!」
奥に向かって吸い込まれるような広い空間に、ステンドグラスから光が差し込んでいる。細かなところにも彫刻や紋章などがあって美しい。
ハルヒ「ねぇキョン、」
キョン「何だ?」
ハルヒ「結婚式ってこういう教会で挙げることになるのかしら?」
キョン「まあ“洋”だったらそうなるんだろうな…。」
ハルヒ「キョンが旦那さん……。」ブツブツ
キョン「何か言ったか?」
ハルヒ「なっ何でもない!」
大聖堂を出てさらに奥に進むと宮殿から外に出ることになるが、プラハ城一帯には教会や美術館、お土産屋やレストランなどがあり、さらに観光を楽しむことができる。
門を抜けて開けた場所に出る。景色を眺めようと端に移動すると、2人だけの世界に飛んでいる人々が鴨川の河川敷のように一定距離に配置している。
「ロレタンスカー通り」を進むと工房やお土産屋、ホテルなどが両側に軒を連ねている。所々にチェコ・EUだけではなく大使館だろうか、スウェーデンなどの国旗が掲げられているのを見ると、ここが今も昔も政治の中枢であることが分かる。
途中で一軒のお土産屋を見かけ、細かい品々を眺めようと中に入った。
ハルヒ「ねえ見て、これなんか可愛いんじゃない?」
ハルヒが手に取ったのは小さいコップだった。
俺は皿と小さなプレートを選んだ。
店主「絵が傷つくからこの皿はブラシを使っちゃ駄目だよ。一応包んでおくね。」
キョン「わかりました。ありがとうございます!」
緩衝材で包んだ割れ物をしまってさらに奥へ進んだ。広いプラハ城の敷地の西端に位置するここには、カフェやレストラン、美術館が集中している。そんな歓楽街を後にして道を上へ奥へと進むと、一軒のレストランが現れる。ここを右折するのだが、その道に入った途端に目の前が白くなる。無論冬に城の奥まで歩く物好きは限られている。一瞬引き返すことを考えたが、
キョン「ここまで来たし、先に行きたいんだがハルヒはどうだ?」
ハルヒ「これこそ冒険家精神ってやつよ。断っ然面白そうじゃない! 行くわよ!
キョン「この先歩きにくいからしっかり掴まっとけよ。」
ハルヒ「見たところ深くないし大丈夫だと思うわ、あんたこそ気を付けなさいよね…。」
人が通った跡を歩いて上へ登ってゆくと、枯木の先にプラハを一望できた。季節柄寂しい感じがするが、地元の人が入ってきて散歩しているのを見るとなんてことはない日常の一部であることを感じられる。さらに背後には3m程度の城壁があり、所々に出入口がある。マスケット銃を持った門番に「どこの回し者だ?止まれ!」などと言われることはなく通過した。
ハルヒ「このまま進むと完全に城の敷地の外で観光地から外れるし戻りましょ。」
キョン「そうだな、じゃあカレル橋に向かおうか。」
来た道を戻り、途中から行きに通った道の一本隣の通りへ入る。行きよりも混んでいるようで、上へ向かって一方通行なので車も詰まり気味のようだ。このネルドヴァ通りはお土産屋やカフェなどが非常に多く、非常に賑わっているようだ。
ハルヒ「ねぇあれ美味しそう! 食べたーい!」
キョン「分かったから飛ばすんじゃありません。」
太いチュロスのような本体にアイスが乗っかっていて見るからにカロリーが高そう……だが旨い。揚げパンアイスのような危険な美味しさだ。
道を下る間、自然とカバンと満腹中枢が満たされてゆく。
この通りを直進すると行きと同じ橋を通ることになってしまうので、道を外れてフランス大使館の方へ向かった。一見ただのペイントのイタズラ書きに見えるこの壁は、「ジョン・レノンの壁」といって
‘’Stop wars” “Peace” などと書かれている。チベット国旗など、それ以外にも色々なメッセージ?があり壁を埋め尽くしている。
ハルヒ「Love and Peaceは分かるけど“Yes we ken”って何よ…?」
キョン「ちなみにイギリス英語だとkan、アメリカ英語だとkenっぽく聞こえるぞ。関係あるかは知らないけどな。」
ハルヒ「カナダとチリ、韓国の国旗も描いてあるわね。文字が重なって見えづらいけど…。あと左上にあんたが描かれてるわよ。」
キョン「どれどれ…」
ハルヒ「“ジョン”違いに決まってるでしょ。スミスさん。」
壁を後にして、欄干に錠が大量に付けられている小さな橋を渡ってカレル橋へ向かう。
ハルヒ「流石に人が多いわね…。」
キョン「M**sterって漫画にここが出てきたんだよ。」
別にエナジー飲料のことではなく、日本の某有名漫画家作の、ドイツ・チェコを舞台にしたサスペンス漫画のことである。
キョン「ドイツ語版もあるし読んでみたらどうだ?」
ハルヒ「気になるし読んでみようかしら…。」
キョン「橋で大道芸とか楽器を演奏している人がいるだろ。あと人形劇は有名だな。」
明日の移動は4時間以上かかる予定なので、昼食を今日のうちに確保しておかないといけない。そのため、旧市街広場を通り、昨日寄ったショッピングモールへと向かった。そこでサンドイッチの類と飲み物を足早に確保して30分もしないうちに出てきた訳なのだが、これならスーパーの方が早い。わざわざここを選んだのは、夕食の都合があったからだ。
昨日プラハ市街の地図を見ている時、"naše maso"という店を発見し、俺の貧相なロシア語ボキャブラリーをヒントに"our meat"、すなわち精肉の店だと分かるまでには時間はかからなかった。評価も高さが決め手になって行くことにしたのだ。
その店はかなりの人気店らしく、混雑していた。ハンバーガーなどを注文したが、肉がとにかく厚くこれぞ肉を喰らうといった感じだった。人気なだけあって混雑していたので、食い終わってすぐ店を出た。
地下鉄に乗り20分ほどかけて帰り、明日のタクシーを予約してから部屋に戻った。
―
ハルヒ「先に入ってて。」
キョン「ああ、分かった。」
ハルヒ「ん~~、一応こっちの下着の方がいいわよね…。」
ハルヒ「あ、あたしがひ、ひょんと……」
ハルヒ「……」カアッッ
ハルヒ「あ――――!」ジタバタジタバタ
ハルヒ「ってゴム持ってないわよ……。」
キョン「ハルヒ-!もういいぞ-。」
ハルヒ「って早くない?」///
キョン「そうか? まあシャワーしかないしな。」
ハルヒ「じゃあ浴びてくる。」
キョン「おーう。」
―――――
ハルヒ「上がったわよーって、寝てる?」
キョン「……」
ハルヒ「もう…寝ちゃったの?」
キョン「……Zzzzz…」
ハルヒ「…馬鹿キョン」
ハルヒ「今日は寝せてあげるわ。明日はもっと攻めないといけないわね…。いっそのこと襲っちゃおうかしら?」
ハルヒ「おやすみ。」
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