第3話 情景

 11時を回って、ゆっくりとプラハ中央駅を後にした。


キョン「なあ、ハルヒ…」

ハルヒ「久しぶりに会えたんだしこれくらいどうってことないでしょ。寒いんだし腕くらい組みなさいよ。ジョンさんや。」

キョン「分かったよ。ほら。」


ハルヒがジョン・スミスの正体を知ったのは、去年のことだった。


~~~


 大学に入学して3ヶ月経ち、初めての学期末試験を乗り越えたころだったか、俺は古泉、朝比奈さんとともに長門のマンションへ向かった。「極めて重大な話」とのことで正直身構えていた。


古泉「現在涼宮さんの精神状態は極めて安定した状態にあります。我々の正体を明かしたとしても小規模な閉鎖空間の出現だけで済むのではないでしょうか。」


長門「特別な不確定要素は発見できない。涼宮ハルヒが世界改変を行う確率は極めて低い。」


古泉「そしてあなたもですよ。」

キョン「って、ああ、アレか…」

キョン「『俺はジョンスミスだ』って言わねばならんのか。」

古泉「ご明察の通りです。」

キョン「いくらハルヒが落ち着いているからってまとめて言うのはどうなんだ?ハルヒが混乱するだけじゃないか?」

古泉「もしあなただけが後に言うとすれば、涼宮さんに疑念を抱かせる可能性があります。そのような可能性は出来る限り無くしていくべきです。」

キョン「ああそうかい。俺には選択肢は一つしかないみたいだな。」

みくる「キョン君、これは私たちにとって確定事項なんです。どうかお願い…」


という訳で、決行が決まってしまったのだった。


決行の日は3日後で、場所は同じく長門のマンションだった。

ハルヒ「4人から話があるって何?珍しいわね。」

キョン「ハルヒ、」

ハルヒ「な、何?」

キョン「6年前の七夕の時のこと覚えてるか?」

ハルヒ「当たり前でしょ。そんな昔のことがどうしたの?」

キョン(高1の冬と同じようなやり取りをするのが面倒になったのか、うっかり俺は手順を飛ばしてしまった。)


キョン「ジョン・スミスって知ってるか?」

ハルヒ「なんであんたがジョンのことを知ってるのよ?あたししか知らないはずなのに!」

キョン「とりあえず見てもらった方が早いだろ。」

キョン「朝比奈さん、お願いします。ハルヒ、目を閉じて力を抜け。」

ハルヒ「何すんのよー!」

キョン「ハルヒ、少し我慢しろ。」


キョン(上空に向かって落ちていくような不快指数の急上昇を感じながら、6年前へ向かった。初めての時間移動でこれは乱暴だったか… ハルヒには正直申し訳ない。)

――――

朝比奈さんの膝枕で眠るハルヒを起こして、立ち上がる。東中の屋上だった。


ハルヒ「ん… 夜? ここどこ? 何がどうなってるのよ? キョン、説明しなさい!」

みくる「涼宮さん、今わたしたちは6年前の七夕にいるんですよ。簡単に言えばタイムトラベルです。」

ハルヒ「ってことはみくるちゃんは未来人なの?」

みくる「その通りわたしは未来人です。キョン君も説明してあげて。」

キョン「高1の七夕の時に俺は朝比奈さんに連れられてここに来て、お前に会ったんだぞ。校庭がそこにあるだろ。そこに高1の俺と中一のハルヒがいるはずだ。」

ハルヒ「ジョンがあんただったなんて信じられないけど本当なのね…。あんたに初めて会った時にジョンに少し似てるかと思って『あたし あんたとどっかで会った事ある? ずっと前に』って聞いたのよ。まさか本人だったなんてね。」

キョン「随分飲み込みが早いじゃないか。」

ハルヒ「今は驚きよりも未来人がいるってことの方が嬉しいわよ。このころのあたしに教えてあげたいくらい。」


キョン「ハルヒ、そろそろ戻るぞ…。長門、頼む。」

長門「帰りは私が担当する。」

ハルヒ「有希も未来人なの?」

長門「そうではない。」

ハルヒ「じゃあ宇宙人とか?」

長門「そう。私は通俗的な呼称で言えば宇宙人に該当する存在。」

ハルヒ「じゃあ有希は何ができるの?」

キョン「長門は万能だからな…。なんでもできるんだよ。」

長門「時間遡行と座標移動を行う。」

――――

長門「出発してから62秒後、戻ってきた。」

キョン「―そうか」


キョン「ハルヒ、どっか行きたいところはないか?」

ハルヒ「う~ん、暑いし海に行きたいわね。」

キョン「長門、ビーチを作ってくれないか?」

長門「局地的非侵食性融合異時空間を単独発生させる。」

――――

ハルヒ「何これ? 海に移動したの?」

キョン「長門がこの空間上に作ったんだよ。言ったろ?長門は何でもありだって。」

ハルヒ「まあ有希がすごいのは分かったわよ。じゃあ古泉君は超能力者で合ってるわけ?」

古泉「お察しの通り超能力者ですが、普段の僕は何もできないんですよ。力を使うためにはいくつかの条件が必要なんです。いずれかお見せする機会もあるでしょう。」


――――――


その後ハルヒに閉鎖空間を見せてからというもの、ハルヒは髪を伸ばし始めたようだった。


~~~


 プラハ中央駅を出て、独立当時のアメリカ大統領であるウィルソンからつけられた「ウィルソン通り」を2分ほど南に歩いて博物館へ向かう。

 見た目がガイドブックの写真と全く違うのは別に間違いではなく、来年で設立200周年を迎える国立博物館は現在工事中で、

 その間は隣にあるこのガラス張りの真新しい建物で展示されているという。


中に入り受付の中年女性に話しかける。


 キョン「大人二人で、あと学割あります。」


 大学の生協で発行してもらった手作り感満載のこの「国際学生証」は、博物館などを回る時に学割を適用できる。


係員 「別館と本館全てを含むこちらと、本館主要展示のみのチケットがありますがどうなさいますか?」

キョン「他に見て回りたいところもあるし、時間を考えるとこっちの本館だけのにしないか?」

ハルヒ「そうね。それでいいわ。」


 展示の入り口でミシン目を切ってもらい、展示へ進む。

 オフシーズンということもあってか係の人は暇そうにしていた。


 1階は女性のファッションの歴史とレトロ展だった。昔の自転車やタイプライターなども展示してあり、実際に動かすことができた。

 両方ともハルヒが好きそうな内容で、これこそ不思議の宝庫だったんじゃないだろうか。ハルヒが目をキラキラさせていたのは少なくとも見間違いではないだろう。その上はいかにも「ザ・博物館」という感じの、標本や剝製が並んだ生態系を再現した展示になっていた。

 ヨーロッパの動物が中心なのは言うまでもない。


 その上の恐竜の進化の展示を見終わり、お土産コーナーでキーホルダーやマグネットを買ってから博物館を後にした。


ハルヒ「キョ~ン~~ おなかすいた-!」

キョン「わかったわかった。広場行ってからな。」


 博物館を出てすぐに、ヴァーツラフ広場に着く。民族の英雄の名を冠したこの広場は、数々の歴史の舞台になった場所である。

 ヴァーツラフの像の下には、チェコスロバキアが独立した日が刻まれている。かなり賑わっていて、カフェやバー、カジノなどがあり、

 若者がこぞって集まる場所でもある。今は観光客が多いようだった。

 それから広場からすぐのレストランで遅めの昼食にした。ローストポークとチキン、スープを注文して分けたが、正直チキンがかなり大きくて白旗寸前だった。


キョン「チェコ料理ってオーストリア料理と似てるとこあるよな?」


ハルヒ「当たり前じゃない。受験の時一緒に世界史勉強したでしょ。」


ハルヒ「『オーストリア料理』っていうのはドイツやハンガリーの料理が混ざってるし、トルコ系の移民が多いこともあってトルコ料理も含むのよ。だからオーストリアの料理は何かって聞かれても一概に言えないわよ。」


キョン「ハプスブルク帝国時代を考えれば料理もマジャールってか?」


ハルヒ「いいからちゃっちゃと食いなさい!」


 レストランを出た後、地下鉄A線で2駅移動してヴルダバ川のすぐそばに移動した。

 ヴルダバ川が方向を変える角にあたるこの辺はユダヤ人地区になっており、かつてのゲットーに該当する。

 ここにはユダヤ教の教会堂であるシナゴーグが多くあり、見学できるものも多い。

 そのうちいくつかを回ったが、そのうち1つは750年以上の歴史があり、2番目に古いものは内部の壁一面に、戦争中に犠牲になったユダヤ人の名前と死亡年月日と場所がびっしりと書かれていた。最後にスペインのアルハンブラ宮殿に似ていることからその名が付いた「スペインシナゴーグ」を最後にしてユダヤ人地区から東へ向かった。

 10分ほど歩いてショッピングセンターへ向かった。中は日本と大きく違っているわけではなく、どこか百貨店っぽい印象がした。

 日本円をユーロとチェココルナに替えて明日とウィーンに備え、エスカレーターを上がった。こうして見ると西宮ガーデンズに似ているような感じもしなくもない。

 チョコの店に入りハルヒのセレクトでお土産の分を購入した。日本では関税や輸送代のお陰で値段が跳ね上がるが、それからしたら信じられない程安くなっていた。

 紙袋をカバンに詰めて再び歩き出す。日没まで1時間程だったので今日最後の目的地へ向かった。

 トラムと地下鉄を乗り継ぎ、プラハ中央駅を挟んで反対側の地区へ移動した。地下鉄の駅を出ると公園で、教会が右手にあった。そこから歩いて2分程度でジシコフテレビ塔に到着する。216mあるこの塔は、文字通り電波を飛ばすためのものだが、東京タワーと同じく展望台が付いている。よく見るとタワーの側面に黒い赤ちゃんがくっついており、これは後から彫刻家によって付けられたものらしい。


中に入って、有料のエレベーターに進む。


ハルヒ「ほら上に行くわよ!」

キョン「待て待て」


 緊張していたせいか、先に歩くハルヒの手を握った。単に安心したかっただけかもしれない。


ハルヒ「何よ?」

キョン「ほぼ夜だしな、女を一人にできないだろ。」

ハルヒ「わかったわよ。ほら。」

ハルヒ(ドキドキしちゃうじゃないの…キョンって時々積極的なのよね。)


 216mしかないものの、歴史的建造物が多いプラハでは遠くまでよく見渡せる上に街並みが美しい。それもあって日没前に間に合わせたかった。朱色の屋根の建物とあいまって、頭の中の「ヨーロッパ」のイメージに近い風景が広がっていた。


 20分程で日が沈み、普段目にするものとはまた違う落ち着いた夜景がそこにあった。


キョン(今日しかチャンスないんじゃないか…)

ハルヒ(雰囲気良いし告白するのは今しかないわね。頑張れあたし)

ハルヒ「ねぇキョン、」

キョン「何だ?」

ハルヒ「あたしがどうしてプラハまで来たか分かる?」

キョン「もしかしてハルヒも寂しかったのか?」

ハルヒ「別に寂しくてメソメソしてたわけじゃないわよ。ってあんたはどうだったのよ?」

キョン「ハルヒに会いたくなければわざわざ飛行機に乗ってくる訳ないだろ。結構寂しかったんだぞ?」

ハルヒ(キョンもあたしに会いたかったの?考えただけでもドキドキしちゃう…)

ハルヒ「あたしも半年ずっと会いたかった。」

ハルヒ「ねぇキョン、あたしに会いたくて来たなら何か言うことがあるんじゃないの?」

(何言ってんのよあたしー!もう恥かしくて死にそう…)

キョン「今言わなきゃどうしてもダメか?」

ハルヒ「当たり前じゃない!ニブキョンには分からなかったかもしれないけど、あたしがこんなに我慢強いなんて知らなかったわ。」

キョン「ハルヒ、今まですまなかった。だがこれだけは言わせてくれ。」

ハルヒ「分かったわよ。」

キョン「ハルヒがいなくなってから気づいたんだけどな、俺はハルヒのことが好きだ。それまではただ自信が無かったんだ。ハルヒがいなくなって初めて俺のものにしたいと思ったさ。」

ハルヒ「な、な、なにを...」(えっ?キョンが今あたしのこと好きって言ったわよね?)

キョン「こんな俺でも良ければ付き合ってくれないか?」

ハルヒ「キョンでなきゃダメに決まってるでしょ。あたしもキョンのこと大好きなんだからね!」

ハルヒ(キョンはあたしのことを優しく包み込んでくれた。今のあたし幸せ…)


俺はそっと目を閉じて、ハルヒにキスをした。


―――――


 それから地下鉄でホテルへ戻った。少し休んで7時を過ぎた頃に再び外出した。

 夕食のためホテル近くのレストランに入り、クネドリーキ(小麦を団子にしてゆでスライスしたもの)と野菜スープ、マスのバター焼きを食べた。パンをちぎってスープに漬けて食べるのがチェコ流だ。本格的だったが高くなく、夜になると地元の人がビールを求めてやってくるような店だ。割と空いていて、他には地元の人達が数グループいる程度だった。

 その後ホテルを挟んで反対方向にあるスーパーへ向かった。Googlemapの評価で綺麗な正規分布曲線を描いている程度の普通のスーパーだ。水道水は飲まない方が良いので当然水を買うことになる。まず飲料水のコーナーに向かうのだが、炭酸水の方が多いので判別に困るのだ。パンを掴むトングは無く、ビニール袋越しに掴むらしい。それに加えてジュースやビールの類も日本より安い気がする。チェコ語は分からない上に、ロシア語と英語の知識から推測できる単語は限られていたが、スーパーの値札の表示や特売品の札は日本とあまり変わりない。強調されているのが安いのだろうと思い、とりあえず水の巨大なペットボトル1本とジュース類とヨーグルトをかごに入れた。それから9時前になってホテルに戻り、

 2日振りのシャワーを浴びた。それにしてもパリ同様水の流れが悪いな…。これは日本が快適過ぎると考えるべきだろうか。


ハルヒ「眠いわ…朝早かったからかしら?」

キョン「俺もだ。流石に4時起床からこの行程は疲れるな。」


ハルヒ「おやすみ…」

キョン「おやすみ。」

―――

ハルヒ「むぎゅ」

キョン「!!!」

ハルヒ「Zzz」

キョン「…」

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