第2話 ローンで買った殺人鬼
殺人鬼は日没後にしか現れない。
だから、日が沈んでいる間は家の中で大人しくしていれば絶対に安全……というわけでも無かった。
ごく希に、家の中まで強引に入ってこようとする殺人鬼も居るのだ。
それに対抗するべく作られたのが<住み込み型殺人鬼>という"商品"。
開発したのは政府と民間大手企業が出資・経営する『殺人鬼対策研究所』という第三セクターで、無限に湧き出る野良殺人鬼を捕獲し、無差別殺人性を取り除いて飼い慣らせるようにしたものである。
剣には剣、銃には銃、殺人鬼には殺人鬼を……と言うわけだ。
実際、殺人鬼を買っておいたおかげで、野良殺人鬼に襲われた時に見事撃退して惨事を免れた、という噂をよく耳にする。
もしかすると、それは商品を宣伝するためのものではないか……と考えないことも無いが、家族の安全に勝るものは無いというのもまた事実。
ただ、問題はその価格。
ざっくり言うと、殺人鬼を1人買うのに一般的な乗用車一台ほどのお金がかかる。
恥ずかしながら僕の安月給じゃとても簡単に手がでるものじゃないのだが、息子にせびられ続ける事数ヶ月。
ついに、購入する決断を下した。もちろんローンで。
「ねえパパ。殺人鬼まだ? ねえまだまだぁ??」
「ハハッ、焦るな焦るな。もうすぐ届くはずだから」
僕は、テレビ画面の端に表示された時計を見ながら、息子の頭をポンッと叩いた。
と、その時。
ピンポーン
「きたきたきたー!!!」
「ハハッ、良かったな。よし、じゃあ一緒に出るか」
「うん!!」
そう言ってソファから立ち上がり、息子と一緒に玄関に向かおうとすると、キッチンで洗い物をしていた妻も水を止めてタオルで手を拭いてから合流した。
「じゃあ、開けるぞ……?」
僕の問いかけに、二人はコクリと頷いた。
この扉の向こうに殺人鬼が居るのかと思ったら、手のひらが汗でじんわり滲んできた。
ちゃんと処置を施されているとはいえ、殺人鬼は殺人鬼であって──
「ねぇ、早く早くぅ!」
「あなた、何してるの?」
と、二人の急かす声で我に返った。
そうだ。殺人鬼を買ったのはこの二人を守るためじゃないか。
その思いに背中を押されて、僕はドアを開けた。
するとそこには、いかにも殺人鬼といった雰囲気の殺人鬼が立っていた。
使い古されたジャンパーに、年季の入ったジーパン。
足下は古びたブーツ、顔にはいかにもなホッケーマスクを被っていて、虚ろな目がじっとこっちを見ている。
そのいずれにも血の跡が付いていて、購入時にそういう仕様だと聞いてはいたものの、思わずドキッとしてしまった。
「おおお……!」
息子は、目の前に現れた殺人鬼の姿を見て感嘆の声をあげつつ、怖さも少しあるのか僕の手をギュッと握っている。
「ど、どうも……」
僕は僕で、若干その姿に圧倒され、モジモジしてしまった。
そして妻はといえば……
「いらっしゃい殺人鬼さん! さあ、どーぞどーぞ!」
と、まるで友達が遊びに来たかのように、笑顔で手招きしていた。
さすが母は強しといった所だが、そのおかげで少し緊張が和らいだ気もする。
そして、殺人鬼が玄関に入って来て、ゆっくりブーツを脱ごうとしたその時。
『ゴロスゥゥ』
と、いう声が聞こえて、僕は驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
ゴロス……ころす……殺される!
僕はその恐怖と共に、どうやってこの殺人鬼から二人を守ろうかと必死で考えたものの、上手く行きそうな気が全くしなかった……。
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